第91回 「只者なんて、何処にも居ないさ」
「キミが、学人サンと呼んだ、女の子のことだ」
2046年 9月 23日 日曜日。
西の大庭の中央にある広場。
ゲートクリスタルを囲う様にして配置された、外周のベンチ。
赤髪の剣士、ユージンを挟んで、俺と、"元偽セーラム"ことセイラン。
──学人サン。
ヴァルハラのカフェですれ違った、"白い少女"
きゃみさま曰く、彼女が悪いんじゃないんだけど嫌いになる理由がある、相手。
それ以前に銀髪紅眼の小柄な美少女にして"学人"呼び。
ネカマ?
リアルとかけ離れた姿のアバター?
それにしてはThebes内で初めて見かけたらしいきゃみさまが、一目でわかる"丸わかりな格好"だったとか。
目の前の赤髪の剣士、ユージンが言う所の"マナ"さん。
何故知っているか? と聞かれれば、上記が全てだ。
つまり知ってるのはきゃみさまで、俺自身はほぼほぼ知らない。
それをそのまま伝えてみれば、ユージンはふうむ、と顎に手をやって考え込む。
「"きゃみさま"……? もしかして、だけど」
ぽつりと話し出す、赤い髪の剣士に何故だかドキリとして。
ベンチの端で隣を見上げる。
彼は中肉中背。男としては決して高いとは言えないくらいの身長。
高坂よりちょっと高いかなってくらい。
今やそれさえも見上げる位置。
溜息半分まじまじと見つめ、いやいや初対面相手に何やってるんだ、と目を伏せかけたところへ。
「それは、真一君の、ことだったり……?」
「────!」
目を、見開く。
思わず、といった体で口が動き。
「なぜ、彼女のことを?」
「いや、オレは彼と面識はないんだけど、藤堂さんの実子で、マナとは姉弟の様なものだと……」
そこでお互いの言のすれ違いに気が付いたように。
「彼女は──」
「彼は──」
確かめる様に言い直し。
理解に苦しむ。が、何とか腑に落とそうとしている様な、しょっぱい顔。
なんだか。偽セーラムの方はともかく、このユージンの方は、どう転んでも根っからの悪人、ということはなさそう。
「藤堂……真一君の話をしているんだよな?」
「藤堂真一君の話をしています」
「?????」
困り困った顔。にゅぅ、と滑らかな動きで首をかしげる。
溜息。
対して俺は迷っていた。
「俺の口から喋っていいのか」
「無理にとは言わない」
赤髪が目配せすれば、金髪の方──セイランは鼻を鳴らして席を立ち、少し離れた街路樹に背を持たれる。
最低限の配慮に感謝し、でも迷い迷って。
今思えば、初対面の人物、それも元プレイヤーキラーと同伴しているような男に、何故話してしまおうと思ったのか。
この男、考え無しというわけではないが、なんとなく裏はなさそうというか。悪どいこと考えつかなそうっていうか。
気が付けば、俺は"他言無用"と念押ししながらも、俺の知る限りの彼女の素性を話していた。
彼女が、その言が本当であれば十にも満たない幼齢ともいえる段階で、男性器の切除によって性転換していること。男性として二次成長期を過ごすことが無かったせいか、ほぼほぼ女性のように見える事。
"きゃみさま"はあくまでニックネームで、俺自身もごく最近まで本名は知らなかったこと。携帯端末で連絡を取り合い、行動を共にする仲であるが、実際の所何処の誰なのかも、正確な年齢すら知らないという事。
どういう、めぐり合わせか。
彼女を見、同伴すらしているが、彼女を知らない俺と。
彼女を見た事すらないが、誰であるかを知っているらしい赤髪の男が。
彼女──藤堂真一の伺い知らないところで、出会ってしまったのだ。
彼女の性転換の話をしてみれば、赤髪の剣士はぽかんと口を開けてあっけにとられるというか。
そりゃそうだろう。世間一般じゃそんなにありふれた話ではないと思う。
なんなら俺たちが異常。俺や高坂のことも詳しく話したら、こいつはどんな顔をするだろうか。
と、間抜け面を晒していた赤髪が、我に返る様にハッとした顔になり。
口元を隠して目を逸らす。
そのまましばし黙考。
「そういう……ことか」
ぽつりと、零す。
その呟きに、そわりと耳を立て。
赤髪の剣士──ユージンはこちらへ向き直り、居住まいを正す。
ここまでに増して、真剣な顔で。
「性転換、と言ったね。それはやはり、従来的な方法で?」
「逆に聞きますが、従来的ではない方法、とは?」
なんだったら、この俺もそうか。
"朝おん"だ。革新的すぎんだろ。
それはまぁ例外的であるとしても、人為的な性転換で、従来的ではない方法、とはなんだ。
薬塗ったらアレが消えちゃうような新技術でもあるって言うのか。
……生えてくる方も造ってくれよ。
俺の方はウンザリ顔。
赤髪も、一旦、何だか苦く口を引き結び。
「ありがとう。その答えで十分だ。そうか……そういう、ことか」
「俺の方は何が何だかさっぱりなんですが」
「真一君が、マナを嫌っているという事にも、そしてそれがマナの所為でないと理解しているという事にも、合点がいった」
「え」
「彼、真一君は──」
「ッ!!」
赤髪が、何か決定的にそれに触れる前に。
気が付けば手を広げて、目のまえの男を制止していた。
「ま──って、ください」
絞り出す様に、そう言ってみれば。
赤い髪の剣士は口を噤み、戸惑った様に首を傾げた。
正直、知りたい。
赤髪を押しとどめる様に、手をかざしたまま。
顔だけ下を向いて、目を見開く。
知りたい、と思っていた事だった。
でもいきなりすぎる。
聞いて良いんだろうか。
彼女の知らないところで、彼女以外の口から、俺が。
俺は。
──俺は。
「 が ら」
「……うん?」
「言える時が来たら、ちゃんと言う、って。"彼女"の口から、教えてくれるって。そう言ったんだ」
「うん」
「だから。貴男から聞いて、しまう、のは。なんだか不義理な気が、して」
「そうか」
言わないでください。
俺に、彼女の正体を、教えないでください。
そう言うつもりで、顔を上げてみれば。
赤髪の青年は、何だか眩しそうに目を細めていて。
それが苦笑するように、くしゃりと、破顔する、みたいに。
「じゃあ、おしえない」
「あ、りがとう、ございます」
呆けた様に返せば、赤髪はいよいよ含むような笑い声を漏らし。
いや、教えないって言われて、ありがとうございます、もなかったか。
今更ながらに、問答のおかしさに恥じ入って。
「大切に。思っているんだね」
「え……?」
◇◆◇◆◇
別れ際。
もしよかったら、って、フレンド申請を受ける。
フレンドカードは交換制で、こちらだけ受け取るということはできない。
Thebes内で携帯端末のコールナンバーを教える様なもので、知らない男相手においそれと……みたいに、きゃみさまには言われた。
直感、だが。
この赤髪、ユージン、だったか。
信用してもいいのでは、と、思う。
申請に、受諾ボタンを押しながら。
「あの」
「うん?」
「いっぺん断っといて何なんですけど、その、きゃみさま──真一、君は」
「うん」
「"只者じゃない"っていうか、一般人じゃないっていうか、なんか、すごい人なんですか? こう、ふわっとした言い方、できたら」
耐えきれず、そんな風に聞いてみれば。
赤い髪の剣士、ユージンは、一瞬きょとんとしたような間抜け面を晒し。
そうであったかと思えば、眩しそうに目を細め、柔和に笑う。
「只者なんて、何処にも居ないさ」
「え」
「皆、主人公なんじゃ、ないかな。オレも。キミも」
彼は、呟くようにそう言うと、俺が何か口を開く前に、その踵を返した。




