第90回 「赤い髪の男」
「セーラムを知ってるにしちゃ、迂闊に口にすればどうなるか、自覚がねェとは」
首筋に押し当てられた仕込み刀。
暗い色のフードローブ。話に聞く通り、金髪ポニーテール。きれいな、でも線引きの上では決定的に男性の顔で、凄まれる。
西の大庭のマーケットの路地裏で。
建物裏の壁際に追い詰められて。
冷や汗が頬を伝い。
──万事休す。
しかし。
「おい! 何してるんだ! セイ!」
見れば、俺の連れ込まれた路地の入口。
再度取り落とされた、リンゴの紙袋。
手を伸ばし、拾いかけたまま固まったような姿勢で、こちらを見ている赤い髪の優男。
一瞬後には──紙袋を拾い上げる余裕は何故か見せつつも──こちらへ駆け寄ってくる。
偽セーラムは俺の首に押し当てていたブレードを離し、しゃこんと音を立てて腕甲に収納。
た。
たすかっ……た?
「チッ。何でもねェよ」
「何でもないってことはないだろ」
「一年経っても迂闊なお嬢さんが居なくならないんで、ちょっと"お勉強"してただけだろうが」
「どういうことだ?」
「どういうことです?」
俺と、赤い髪の男の声が重なる。
こんなに置いてけぼりなのは久々だ。
あ?
って顔で"偽セーラム"が固まりかけ。
少しの間の後、溜息。再び方眉が吊り上げられ。
「言葉通りだ。それが西の大庭じゃ迂闊に口にしない方が良い名前、だからだ。嬢ちゃん」
"それ?" "殺しがらみだよ"
なんて会話が赤髪との間でひそひそと。
なんだか、この人。
俺を陥れようとしているにしては──
「やり方ってもんがあるだろ」
「ケッ。相変わらずナァイトさまはお優しいことで」
「あの」
「ああ、ごめん。キミ、見たとこ初心者っぽいけど、なんで、その、セーラムを?」
困った顔で俺を覗き込む赤髪の男。
それと目が合った時、なにか、既視感というか。
どこかで、見たことがある。
どこだ? 誰だったか。
中肉中背。黒いシャツに、ジーンズ。腰のベルトに黒鞘の日本刀を帯刀した、赤い髪という以外にどうにも特徴をあげづらい優男。
あ。
俺は思わず、失礼にも初対面? の相手を指さして、声を上げていた。
「学人サンの彼氏さん!?」
夏休み中、ヴァルハラのカフェ・サニーメルトの入口ですれ違った。
きゃみさまの知り合いらしい女の子の、彼氏さんだ。
いや、恋仲かどうかはわかんないけど肩抱いてたし、多分。
半ば叫ぶようにそういう俺に対して、先程から偽セーラムよりは幾分か穏便に事を運ぼうとしてくれていた赤髪の眼が、すぅ、と。
警戒するように、細められた。
◇◆◇◆◇
金髪のやり方は乱暴ではあったが、この街で迂闊にセーラムの名前を出すのは危険だと、本当に教えてくれていただけの様で。
マジのマジで害意はない、とわかった時にはさすがに変な顔になった。
しかしながら何を間違えたのか、ある程度あたりの柔らかかった赤髪まで不穏な顔をしだしてしまって。
"どうやらお互い、落ち着いて自己紹介が必要なようだ"
赤髪にそう促され、ちょっとおっかなびっくりしながら、ゲートクリスタル前の広場まで。
外周のベンチの空いてるひとつに腰を落ち着けて。
俺を挟み込んで座ろうとする金髪に、無言で真ん中に陣取り、反対端をバンバンと掌で叩いて見せる赤髪の配慮に、ちょっとだけホッとしながら。
「ええと、何からだろうか。いや、キミの素性も気になるが、まず自分からが筋か」
おほん。と、ひとつ咳払い。赤髪。
「オレはユージン。しがない剣士だ。こっちは元偽セーラムのセイラン」
「元……?」
赤髪──ユージンと名乗る剣士は、実にバツの悪そうに目を逸らしながら。
「あー、元キラープレイヤーで、実際何度もプレイヤーキルをしていた」
「!?」
俺が警戒の色をにじませ、ベンチの上でわずかばかり身を引いて見せれば。
「ああ、いや、誓って、今はそう言う事はしていない。どうか、そこは信じてほしい」
「信ずるに足る、根拠は」
そう聞き返せば、となりで"セイラン"と呼ばれた偽セーラムが肩をすくめてみせる。赤髪は困った顔で続け
「こいつ自身、大切な人をキラーに傷つけられて不本意な別れを経験してるんだ。それで、一時期世を恨んで、他の奴も同じ目に合わせてやるって……」
「…………」
「オレが襲われたときに、それを知るに至って、何だかほっとけなくてさ。償うつもりなら手伝うけど、どうする? ってさ」
ちょっと、恥ずかしがるように、そっぽを向いて舌打ちする金髪。
苦い顔で俺を覗き込む赤髪に。
「もしかして焼きトウモロコシ屋台のオヤジさんや、ウェインさんの言ってた……?」
「ああ、彼らに会ったのか。そうだね、その二人組で間違っていないよ」
「その、セイランさんが償いにってのには、納得しました。だけど、貴方は何の言われがあって、それを手伝うんです? 聞けば、貴方も被害者だったんでしょう?」
「命に代えても守りたい女性がいてね。"守れなかった"っていう、こいつの事がなんだか他人事に思えなくって、さ」
なんだかどこかで聞いたような話。
そう言えば"ロザリー"さんの彼氏さんも、ミイラ取りがミイラ、みたいになったって。
「"ハッピーエンダー"ってのかな。オレ、自分の幸せの裏で誰か一人でも泣いてんの、知っちゃうと我慢できないタチなんだ」
どこかで聞いたようなフレーズ。
だからってこの赤髪は、何十万シルバーとするような霊薬の費用を一緒になって稼ぎだしたり、とか。いくらなんでも。
いよいよこちらを向けなくなって、舌打ちを繰り返す金髪。
なるほど、二人の間には確かに信頼関係がありそう、だが。
「──とんでもないお人よし、ですね」
「はっきり言うね」
「言われてきたので」
赤髪は肩をすくめた。
「──そろそろ、こちらが質問しても、いいかな」
「どうぞ。あ。俺はナツヒコといいます」
なんだったらもう、最近では慣れたもので。
しれっとした顔で、俺。
"俺" "ナツヒコ" との言に二人は一瞬目を丸くし。
「なんでェ、ネカマかよ」
「お前、そう言う言い方は! っと、キミはその、男の子なのか?」
"おーぉ、元ネカマの彼女もちさんは言う事が違ェ"
なんて金髪が悪態をつく横で。
いや、そっちもずいぶん気になるが!?
なんて、ぎょっとしながら。
「女性っちゃ、女性、ですよ。普通ではないかも、知れませんが」
赤髪。ユージンと名乗った、そのお人よしを覗き込むように、少し上目遣いに。
「詳しく、話します?」
俺の方も、肩をすくめてみせれば、ユージンは手を広げたジェスチャーで俺を制し。
「いや、いい。それよりキミは何者なんだ? ──何故、マナを知ってる?」
「"マナ"?」
何者だとか聞かれても、ただの剣士なつぴこだ。としか答え様もなく、困ってしまうが。示された名前に心当たりが無く、オウム返ししてみれば。
「キミが、学人サンと呼んだ、女の子のことだ」
なんと。
きゃみさまからは
"彼女が悪いんじゃないんだけど嫌いになる理由がある"
"原稿用紙1枚に収まるが、言えないってとこが難しいの"
なんて言われた相手。
話したそうだったけど、聞いちゃいけない気がして。
あの場はやり過ごした。
今になって、全然別の誰かから、俺は彼女の伺い知らないところで。
それを知ってしまって、良いんだろうか。




