第89回 「(偽)」
明けて日曜日。
2046年 9月 23日。
本当なら休日の今日は、朝から晩までトウモロコシ収穫して、少しでも稼いでおきたいところであったが。
きゃみさまが急な用事で、今日は一日来れないって言う。
高坂と"どうしよっか?"ってSNSで相談して。
"帰りの旅費の件も目途が立ったんだし、そろそろセーラムさん、探してみる?"
なんて。
今日は各々西の大庭市街地内を散策、という事になった。
商業区、マーケット。
ヴァルハラと比べると圧倒的に茣蓙敷きの路商が多い。
商品の見えやすい、シンプルな柄の敷物を敷いて、自分はその後ろに座布団みたいなものに座って。
銀細工。何のかわからない獣骨と鳥の羽のアクセサリ。柄の強い織物。
流石魔術の都みたいに言われるだけあって、俺には用途不明の、恐らく錬金術の素材アイテムみたいなものとか、単純に魔杖であったりとか、その素材の木材であったりとか。
平日、夜に来てびっくりしたのが、むしろ昼より明るいって事。
ところどころ石灯籠みたいなものが設置されてるんだけど、有志の魔術師プレイヤーがそこへ光源の魔術を置いていく。
光源の魔術、ってのはちょっと特殊で、魔法を使いたかったらいちいちその瞬間に悪魔を召喚しなければならないこのThebesにおいて、例外的に柔軟であるらしい。
つまり、光る珠を、発生していてほしい時間に合わせた魔力──ゲーム的に言うならMP──を消費して作り上げ、術者の手を離れてやり取りができてしまう。
MPは平時、時間経過で回復していくものなので、街側としては"ここにお願いします"っつって石灯籠を設置しておくと、誰かがやっといてくれる。みたいなものらしい。
さらに深夜帯にはマーケット中心部上空に複数魔術師による合作、例えていうなら"疑似太陽"の様なものが焚かれ、通常の照明より陽光に近い明るさがある。
とはいえ、今は昼間。
普通に明るい中、セーラムさん探すっつったって、何を当てに? と、ぶらりぶらりとマーケットを散策。
途中、来訪初日あたりに見かけたりんご飴の様な物が目に留まり。
眺め。眺め。眺め。
棒付きで、俺の拳より小さいくらいのミニリンゴみたいな奴に、色とりどりの飴をかけたやつ。
"各種一本20シルバー"
このThebesでいう食品価格としては少し割高なイメージ。
しかしながら安価。
このくらい──
立ち寄りかけ、首を振って一度通り過ぎ。
何をするかって、どういうわけか一度行政区画まで行き。
荷運びのアルバイトを請け負って、30分ほどかけて200シルバー程の賃金を得る。
憂いなし。
満面の笑顔で"りんご飴の様な物"を注文している俺が居て。
ぺろり。
ふむ。飴は飴。現実で言う所の所謂水飴みたいな味と大差ない。
少し薄くなったなってところで、パキリと端に歯を立て、中身のリンゴっぽいところごとかじり取る。
「っ!」
シャクリとしたリンゴの食感を想像していた俺は、中身の柔らかさに目を見開く。
なにこれ、ジャムとかゼリーみたい。なんていう果物なんだろう。
そもそも実在するだろうか。
なんにしろ、ほんのり酸味、それが苦痛にならないくらいの甘さ。
ジャムソース入りのキャンディ──の大型版って感じで。
飴を器に、零さないように、時折啜る様に、少しずつかじり取る。
「ん~ッ」
頬に片手をやって、漫画表現みたいに言うなら、フキダシに言葉なくハート一文字。
みたいな顔をして、しばらく夢中で食べてた。
ふと。
冷静に。なって。
"こういう顔"は、出来るようになっちゃったな。なんて。
これは女の子だろうか。
──いちいち確かめようとしているうちは、たぶん、違う何かなんだろう。
◇◆◇◆◇
セーラム。セーラム。セーラム。
つったって、顔も知らん。
そういや金髪ポニーテールの女の子みたいな顔って。
金髪ポニテ。金髪ポニテ。金髪ポニテ。
キョロキョロと、"金髪ポニーテール"を捜して歩くも、そもそもそんなに都合よくその辺に居ないし、いたとして、金髪ポニテってだけで"貴方セーラムさんですか?"ってわけにもいかないし。
なにか。探し方を前提から間違えているような気がして、ふと立ち止まる。
その動きが予想外だったのか、俺の後ろを歩いていたらしい誰かとぶつかってしまう。追突されるっていうか。
「わっ」
「おわっ」
各々声を上げて。
びっくりして振り向けば、俺とぶつかったことで紙袋を取り落としてしまったらしい、誰か。
金髪──
暗い色の外套。
紙袋からこぼれたリンゴを拾い上げようとするその姿。屈んだその襟元を流れるしっぽ。
ポニーテール──
「ああ、くそっ」
悪態に。
見れば、こぼれたリンゴを拾おうとしている相手の、その右手首から先。
ロボットアームみたいな、機械じみた義手。本物の様には動かせないのか、リンゴごと地面に押し当てる様にしてから手首をひねる、そうすると"掴み動作"をする仕様なのか、義手が握り込まれる。
数個散らばったリンゴを、実にもたつきながら、わざわざ使いにくそうな義手側の片手だけで拾い上げていく。
えって思って逆の手を見れば、こちらはなんと、手首から先が無い。
予想を超えたペナルティに、なんと声をかけていいか分からず、戸惑って。
しかしながらたった数個のリンゴを拾うに手間取る姿にハッとして。
「す、すみませんっ」
事ここに至ってようやく、自分が突然足を止めた所為で、こうなったと気が付き。
慌てて残りを拾い上げ、差し出す。
ん。
って感じでぶっきらぼうに紙袋を差し出すので、向こうが片手に義手という事もあって、零れないようにゆっくりと、その中へ。
身を起こしたその姿はすらりと細身ながら、歴然とした男女の差。見上げる175センチ程度。
長い金髪、を高く括り、中性的、何方かといえば優"男"か。
きれいな、顔立ちだな。と。
思いながらも何も言えないでいると。
「チッ」
男は舌打ちし、目を細める。
その優美さをいっそ台無しにするほどの、目つきの悪さ。
踵を返えして立ち去ろうとするそれに、理由のわからない焦燥。
いや、単純に降ってわいた"手がかり"
それを逃すまいと。
「あ、あのっ」
思わず声をかけ。
「あ゛?」
濁点。
こわっ。
やっぱやめときゃよかったかなって、そこはかとなく涙目、俺。
二の句を待てぬように、男が方眉を吊り上げ。
怖気づきそうになる自分を叱咤して、その目を見返し。
「あの、失礼かもなんですけど、その両手……もしかしてセーラムがら──み?──」
言うが早いか。
言葉の途中で目まぐるしく変わる視界に、混乱して。
何。と思う間もなく、男に義手で口を塞がれ、あっという間に裏路地へ連れ込まれる。
そのまま建物の裏手の壁に追い詰められ。
しゃこん。と、何もないと思っていた左手の腕甲から、仕込み刀の様にカタールじみたブレードが飛び出し。
ぴたり、と、首筋に当てられ、動けなくなる。
「いけねェなァ、お嬢ちゃん」
「っ!!」
しまった。
なんて迂闊。こいつ、偽物の方……?
動揺隠せず、口を塞がれたまま、悲鳴すら上げることも出来ず。
男はその綺麗な顔立ちのまま、ただ下卑た表情で。
方眉を吊り上げた左右非対称な目で、抉り込むように俺を覗き込み。
「──その名前を知ってるにしちゃあ、迂闊に口にすればどうなるか、自覚がねェとは」
いま、思い知っても、後の祭り。
俺はある程度覚悟してしまって、硬く目を瞑って。
ふと、口を塞いでいた義手が離れる。
え。って。
少し、呆けて、目を開ければ。
視界の端に一瞬だけ写り、即消え失せるペナルティ警告文。
この場合、無理矢理触ってくる相手に、俺の方が罰則を執行するかどうかって奴。
──そう、言えば。
ここはまだ、西の大庭市街地で、セーフティエリア内。
安堵しかけたのも束の間、仕込み刀の方は未だ以て首筋に食い込み。
くそ。なるほど。
これ、ブレードしか触れてないし、現時点でダメージは発生していないから、このままではペナルティ警告がでないんだ。
「──しってるぅ~?」
なにが。なにを。
言葉には出来ず、目線だけで先を促せば。
男は綺麗な顔のまま、眉を吊り上げた方の口の端をニィ、と吊り上げ。
首筋に当てたブレードは油断なく、俺に顔を寄せて、囁く。
「一撃でLPゼロまで持ってくと、ペナルティ警告なんて表示されねぇんだよ」
「!?」
俺にとってそれは、宣告。
このまま誰に咎められることなく、俺を殺害することなど容易いぞ。っていう。
もちろん、ここはまだセーフティエリア内で、キャラクターをキルされるということそれ自体に大したペナルティはない。
しかし、先程の台詞から察するに、こいつ、やり慣れている。
どうしよう。
どう、したら。
万事休す。
そう思ったところで。
「おいっ! 何してるんだ! セイ!」




