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第88回 「醤油しか勝たん」



 ウッキウキで無料引換券(チケット)もって、焼きトウモロコシ屋台へ。

 店主の義足を見て、あ、って。

 勢いを削がれつつも。


「まぁ食いなよ。それ、ウェインさんとこに配ったチケットだろ? 塩バターとプレーンあるけどどうする?」

「し、しおばたーで、おねがいします」


 怖ず、と少し上目遣いになりながら注文すれば、"ちょっと待ってな"って、そこから焼く。出来立て提供。すばらしい。


 屋台傍で立ち食い。


 "熱いから気を付けなー"


 店主から渡され様に注意されるも、わかっちゃいてもあちあちって。

 そう言うのもまた、良い。


 ガブリと齧りつけば有塩バターの塩気と脂がじゅわってひろがって、トウモロコシ本来の甘味が其れを追いかける。


 結局俺ときゃみさまが塩バター、高坂がプレーン。

 塩バターって聞いて飛びついちゃったけど、トウモロコシって甘いも辛いもウマイよな。

 甘辛ってのは基本濃厚だ。もともと甘いものを無理矢理辛くしたようなものは、甘さの下地みたいなものがあって、味に深みがあるっていうか。

 あーうん。理屈はこの際どうでもいいとしてウマイ。


 ひと口齧ったきゃみさまが


「VR飯ってホント便利よね」

「なんでまた、今?」


「や、コレが現実(リアル)なら、塩分コレステロール気にしてプレーンにしてたかも、って」

「年配かー(笑)」


 しみじみと塩バターを味わう一方で

 一人プレーンの高坂。


「甘いのどう?」

「おいしいよ? 一口食べる?」


 差し出される、真っ新な、齧ったのと反対側。

 思わずはむり、と。

 ただ甘いだけかと思いきや、焼き目の香ばしさが単調を許さず。


「うまい!」

「ふふ、おいしいよね」


「塩バタもうまいよ?」


 そう言って自分のを差し出せば、"え" って顔の高坂。

 そりゃもらうばっかじゃ悪いだろ、と首を傾げれば。

 高坂は覗き込むように "いいの?" と。


 ああ、そういや自認は男だって。

 迂闊だったか?

 いやしかしな。


「いいんじゃないか? どっちかっていうと、もう男と女の間接キス、ってんじゃなくって」

「じゃなかったら、なに」


 顔を赤らめて、高坂。長くなった前髪に、隠れるみたいに、俯いて。

 上目遣い。

 おいおいこれじゃどっちが女の子だか。


「高坂か(・・・)、高坂でないか(・・・・・・)、だよ。多分」

「ふふ、なにそれ」


 顔を赤らめたまま、苦笑して。

 少しおっかなびっくり、俺のトウモロコシに口を付ける、高坂。


「うわ、濃厚」

「だろー?」


「あ、何それずるい。あたしも! あたしもひと口頂戴!」

「きゃみさま"間接キス"したいんじゃん?」


「あ、ほら、ここ、まだ口ついてないよ?」

「齧ったとこで良いのよォ?」


 ちょっと強引なきゃみさまに、翻弄されてるような高坂がまた可愛くて。

 俺も、フフって。


 改めて自分のをかじる。

 さっきひと口甘いのが入ったのもあって、ギャップというか。再び塩バターの濃厚さが口いっぱいに広がる。

 塩気。うーん塩気。そして脂。


「うンまぁぁい」


 余程緩んだ顔してたんだろう。

 ふと気が付けば、隣でまだすったもんだしてたと思ってたきゃみさまと高坂が、なんか真顔でこっち見ててさ。

 え、な、なに? ってモロコシから口を離せば、二人は申し合わせたように苦笑というか、失笑というか、してさ。


 きゃみさまなんか途中からツボに入ったように肩揺らして、中半腹抱えるように笑ってさ。


「な、なんだよう」


 流石に俺とて赤面、仏頂面で返せば。

 目尻の笑い涙を拭いながら、きゃみさま。



「アンタってほんっと、可愛い(・・・)わねェ」



 揺れる桃髪。長い睫毛。雫の舞う様に。表情を変える、唇。

 どっちかって言うと破顔して笑う、キミの方が。何倍も。


 なんだかこっちが見ていられなくって。

 トウモロコシに隠れるみたいに、首をすくめる。


「い、いつもは"はしたない"とかって、怒る癖にっ」


 照れ隠しにそんな突っぱねたことを言ってみれば、帰ってくるのは睫毛に隠れてきってしまいそうな、細められた眼差し。

 ほんと、この人は。

 可愛くて。綺麗で。カッコ良くて。

 きっと、俺が男のままなら放って置かない。


 そんな美少女に改めて"可愛い"なんて言われて。

 俺、なんて返せばいいの。



 俺。



◇◆◇◆◇



「ごちそうさまでした」

「……ゴチソウサマデシタ」


 食べ終わったごみ捨てといてくれるっていう、若い店員さんの態度に首をかしげて。トレーみたいな奴とトウモロコシの芯を手渡して。

 お粗末様、とかじゃなくって?


「やー、お嬢さん方のキャッキャウフフが若ぇやつにはチョイと目の毒ってやつでよォ」

「「あっ」」


 親父さんの言に俺たちは三様、目を丸くして。

 今更ながら、衆人環視の中あれやってたのか、と。

 他人てやつは自分が思うより見てないし、見てる。


 親父さんは満面の笑みでカウンターから身を乗り出して。


「なんでェ。お前さん等、あれか? 百合? ってぇの?」

「「ちがいますっ!」」


「あら、いじり文句なんて言うくらいなら、こっちだって遠慮しないわ?」


 逆に身を乗り出して、きゃみさま。

 何を言うのかと、高坂と一緒に肩身が狭いアピールしてると。


「おじさま、その足、"セーラム"がらみ?」

「ちょ!?」


 三人とも、誰もがそう思って、気を使って話題にしなかったのに。

 ぎょっとしてきゃみさまの方。

 次いで恐る恐る親父さんの方に目を向ければ。


「なんでぇお嬢ちゃんたち、初心者っぽく見えて"セーラム事件"なんて知ってンのかい?」


 何とも軽い感じにカウンターに頬杖をついて、親父さん。

 え、軽っ。


 何、これ、もしかして聞いて良いヤツ?


 なにしろ帰還旅費の件でいったんそっちのけになってたけど、そもそも俺たちとて追いかけたい相手。

 情報収集できるものなら、しておきたい。


「いま、丁度調べてて。ただ後発だから噂話くらいしか知らないわ? おじさまの思い出話、してくださる?」


 少しの妖艶さ。

 きゃみさまは、こちらもカウンターに肘をついて、頬杖。首を、傾げて、覗き込む。


 おやじさんは無精ひげをサスサスと。


「そうさなぁ。つっても大した話もないさ。当時一番有名だった"ポータル拉致型"の奴を踏んじまって、噂通り魔導聖域ダンジョンにキラーもろともワープしちまってさ」


「あれって別に脱出不能ってわけじゃなくって、冷静に"セーブポイント帰還石"とか即座に使えばテレポート脱出できるんだよ」


 それは、ちょっと覚えておきたいな。


「ただ、やっぱり落とし穴のだまし討ちの直後だよ。狼狽えちゃっててさ。金髪の優男にあっさり片足撥ね飛ばされて。あ、ああ、危険区域で足を失った。これで俺の冒険者としてのキャリアも終わりだって。混乱して、命乞いして」


「こんなおっさんの、何が気に入らないんだ? オレの何がムカついて、こんな事をするんだ? って喚き散らかしたら、そいつ、なんかピタッと動きを止めて、"それもそうだな"なんて言ってどっか行っちまったんだよ。訳が分からなかった」


 確かに理解しがたい。

 けど、ああ言う手合いは他者の苦しみこそが快楽だったりするから、それはやっぱり足だけ斬って、その後をもがく姿をこそ見たかったのか。

 店主は陽気に話すが、内容が内容だけに聞き入る俺たちの表情は暗い。


「しばらく諦めきれなくて、義足で冒険者家業を無理矢理続けたよ。でも当時の仲間の足を引っ張りまくったりしてさ。さすがに無理だって。でもこの世界を諦めきれなくてさ。生産職方面にプレイスタイルを切り替えていった」


「──それがよ。素っ頓狂なのはその後でさ。そいつ半年後くらいに赤い髪の剣士と一緒に俺の前に現れてさ。俺の足斬ったのを詫びて、足を元に戻せる霊薬(エレクシル)を提供したい、なんていうんだよ」

「「えっ!?」」


 まさかの展開に俺たちは三様ぽかんと口を開けて。

 いや。

 いやいやまてまて。じゃあなんでおやじさんは未だに義足なんだ?

 疑問に、先を促して。


「──知ってる? あれって30万シルバーくらいすんだよ。そんだけあったらキャラ作りなおして、装備買った方が良くねってくらいの高額。それ以前に金払ったって手に入らない時すら在るような、レアアイテム」

「さんっ……!?」

「途方もないわね」


「オレとしてはサ、今さら(・・・)だったわけよ。だから言ってやったんだ。足はもういいから代わりに"新しい屋台買ってくれよ"ってな! ハハっ!」


「ここだけの話、ウェインさんも似たようなクチらしいぜ。あのひと畑と納屋買ってもらったんだよ。ずいぶん欲張るじゃねェの!」


 がははと豪快に笑うおやじさんに、俺たちは顔を見合わせる。


 えー何それ。

 ケンちゃんさんに散々脅された"偽セーラム"が、既に改心してる説?

 いやでも偽セーラムが一人だったかもわからないし、用心するに越したことはないか。


「そのおかげで美味しいトウモロコシ食べられたんだから、アタシ等としては偽セーラムに感謝するべきかしら」


 くすっと笑って、皮肉めいた冗談を、きゃみさま。

 おやじさんは身を起こして、ぱちっとウインク。

 よかった、気を悪くしたりはなさそう。



 …………。



 ところで。

 

 こう、俺としてはなんていうか今更だし、あの話題のあとで? って感じだし、なんか聞きづらいんだけど、どうしても気になってい──


「──る、ことが」


 ハッと口を押さえた時には既にお寿司。いやトウモロコ司。


 全員の視線が集中する中、しょうもないこと言いださなきゃ引っ込みつかない状況。


「いやあの、そういや、バター醤油(・・・・・)……ないんすね」


 目の前で指をツンツンと弄び、目を逸らし逸らして、俺。


「なっつぅぅぅん」

「このくいしんぼー」


 このタイミングでー? って。

 身内二人が何とも白い目で俺を見る中。

 突然、親父さんがバン! ってカウンターに両手をついて。


「それなんだよ!!!!」


 全員、唖然。

 おやじさんは苦渋の表情で歯噛みし、耐え。

 吐き出す様に。


「無ェんだよ!! 醤油がっ!!」


 まるで懺悔でもするように、おやじさん。

 あーうんそうね。ファンタジーだもんね。どっちかって言うと欧風っぽいとか言われてるもんねThebes。


「焼きトウモロコシっつったらバター醤油は外せねぇよな!? でもないんだよ! 醤油が! 妖精王国(フェアリーズランド)中どこさがしても!」


 どうやらお店としても苦渋のラインナップらしい。

 あれでも。


「え、でも。つい最近……どっかで……」

「見たのか!? どこで!?」


 食いつき。気迫に、冷や汗たらたら、どうどうと押しとどめて。

 あれは何処だったか。

 たしかに、このThebesの世界で、"醤油"という文字列を見たぞ?


 ケンちゃんさんのTシャツだったか?


 "醤油しか勝たん"


 俺の記憶の中で白々しくも揺れる。達筆な"醤油しか勝たん"

 いや、もっと別のどこかで。


「あ」


 そうだ。

 らーめんだ。


 たしかにメニューの注視翻訳に醤油(・・)そば、と表示されていた。



◇◆◇◆◇



 店主に"ヴァルハラの裏路地で醤油ラーメンを見た"と伝えれば。

 泣いて感謝され。握手を求められ。居ても立っても居られないおやじさんはすぐさまゲートクリスタルに駆けだそうとするも。


 そんなおやじさんを不満げに眺める、俺。


 流石に無視してそのままってのも気が引けたのか、おやじさん。


「な、なんでェ? お嬢ちゃん」


 俺。


 "だっておやじさんヴァルハラ行っちゃったら、明日から塩バタ食べらんないじゃないすか"


 って、顔。



 言葉にゃしないが、顔。




「なっつぅぅぅぅぅん」

「このくいしんぼー」


 きゃみさまと高坂の白い眼が再び突き刺さる中、爆笑する店主。


「がっはははは!! ありがたいねぇ! そんなに愛してもらえて! 焼きトウモロコシ屋冥利に尽きるってもんよ!」


 流石の流石に。

 赤面して萎れる、俺。


 おやじさんはギラリと目を光らせ。


「おィ、ヤスゥ!!!!」

「あィィ!!!!?」


 ヤス。と呼ばれた若い店員は棒で叩かれたように姿勢を正す。


「明日っから向こう一週間、この嬢ちゃんたちが来たら、最っ高の塩バタ食わしてやんな」


 そこでゆらり、と店員を振り返り。

 なぜか暗転するおやじさんの顔面付近。眼光だけがギラリ、と。

 なにこれオートエモーショナルコントロール?


「"味が落ちた"なんて後で聞いた日にゃあ、テメェ、わかってんな?」

「あ゛ぃ゛っ!!!!!!!!!!!!!!」




 店員さん。ごめんなさい。



「ふふっ。ふふふっ」


 きゃみさまが苦笑に声を漏らして、悪戯っぽく俺の顔を覗き込む。


 な、なにさっ。


「それじゃあ、明日から稼ぎの後には、ちょっとだけ"ご褒美ごはん"しちゃおっか?」

「えっいいの!?」


 とたんに目を輝かせて、俺。


「だあって。遠慮してるのバレバレなんだもん」

「あ……」


 巻き込まれただけの二人に"無駄遣いしたい"なんて言い出せないって。

 そんな風に考えてたのなんて、しっかりとお見通しで。



「食べたかったんでしょー?」

「やったー! ありがと! きゃみさま!」



 微笑む彼女に。

 思わず腕を回して、抱き着いてしまうのであった。


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