第87回 「ぺかー」
ぺかー。
って。
いま、おれのずじょうにさんぜんとかがやくいちまいの──
──引換券。
ああ、ひかりかがやいてみえるそれわ、いまはなににもかえがたく。
りょうてにもってかかげ、ああ語彙、まって語彙。おいてかないで語彙。
あなたがいなくなるとおれぜんぶひらがなになるの。
「うぉーい。かえってこぉーい」
「ふふふ、嬉しそう」
「う、はっ! つ、つい」
「いやぁ、そんな喜んでもらえると渡し甲斐があるっていうか」
俺の目の前で"正気かー?"って手をパタパタさせるきゃみさま。
微笑ましく横でニコニコしてる高坂。
苦笑に肩を揺らす、農場主のウェイン氏。
──順を追って、話そう。
あの後俺たちは無心でトウモロコシを収穫しつづけ。
休憩をはさんで午後一に差し掛かるころ。
いや、単純作業って心荒んでる時には良いっていうか。
久しぶりにいい汗かいた(ヴァーチャルなんだけど)っていうか。
没頭、して。
背負いかごに俺一人で30杯も収穫したろうか。
ウェイン氏が"今日はそろそろ切り上げようか"なんて言うので、俺としてはまだまだやれます! なんて強がり言っちゃったんだけど。
ほら、出来高制だし、俺の我儘で西の大庭に滞在してるから、帰りの旅費稼ぎきるまで居たたまれなさでムギュゥってなってるのもあって。
"だから、無理すると熱中症になっちゃうって言ったでしょ"
ウェイン氏にそう優しく諭されて、しょんぼり肩を落とすまでがセット。
理由まではわからずとも、なんとなく俺の焦燥はお察しされてしまったのか、ウェイン氏は俺の肩をポンと叩いて。
"見ての通りまだまだいくらでもあるから、日を改めてまた来てくれると助かるよ"
"平日夜とかでもいいですかぁ?"
俺は余程情けない顔してそう言ったんだろう。
まぁフォローの意味合いも多分にあったんだろうけど。
"お嬢さんたちみたいな、かわいい子ならいつでも大歓迎さ"
一時、目を丸くして。
こう、俺としては
元男と元男と実は男。
なんだけど、世間一般には俺たちはやっぱり
笑ってりゃ美少女と
黙ってりゃ美少女と
座ってりゃ美少女なんだな、と。
いやさすがに学習するさ。
処世術っていうの?
余計なことは言うまいな? っていうきゃみさまの目線にアイコンタクトで答えつつ。
"あ、ありがとうゴザイマスぅ……"
実は冷や汗たらたらで返したその物言いは、なんだか可愛いって言われただけで恥ずかしがっちゃう初心だと受け取られた様で。
"ははは、じゃあ可愛いお嬢さん方にはこれもオマケしとこう"
そう言われて、手渡された紙切れ。
綺麗にカットされているが、羊皮なのか厚みは有って。
ん? あれ? 現地語? これあれか? またアイカーソルっていうか注視しないと翻訳出てこない奴か? ヴァルハラの行政施設の看板みたいに。
なんか手書きみたいな味のある適当さで、焼き目のついたトウモロコシの絵が描いてあって。
"マーケットの焼きトウモロコシ屋台の交換チケットだよ"
翻訳を読むまでもなく横からウェイン氏。
"や────!?"
絶句。
そん時の俺はこう、キュガッ! ってすごい勢いで目を見開いて。
ある意味ずっと信じてた何かに裏切られたときの様な。
"すぐには理解できない"って顔してたと思う。
そんなこんなでチケットを両手でつかんで頭上に掲げて
"ててててー♪"
"みんなには、ないしょだよ?"
って感じに喜びを表現しつつ冒頭へ戻る。
…………
いやほらあれだ。
西の大庭来てから、街ん中歩いてみて、こっちはこっちで色々美味しそうなものとか脇目に見えるんスよ。
でもさ。前述もしたけど、きゃみさまと高坂は完全なる俺のワガママへの巻き込まれで。
ゼラを追うにしたって先立つものが圧倒的に不足してる現状。
せめてヴァルハラへの帰還旅費を稼ぐまでは、"なんか食べたい"とかあまりに後ろめたくて言い出せないっていうか。
こう、ウェスト・ガーデンって屋台が多いんすよ。
りんご飴みたいなのとか、トルコアイスみたいな粘り気のあるアイスクリームとか。串物なんかも豊富で。"ヤクー"ん時みたく謎なお肉の串焼きとか。
噂の魔術記念学校の購買には名物のサンドイッチとかあるらしくて。
何度。
そう何度。指をくわえて眺め、頭を振ってその場を離れたか。
其処へきて「ヤキトウモロコシヒキカエケン」ですって?
え、今なんて? 奥様もう一度仰って?
あてくしの聞き間違いじゃござぁせんか。
まさか"換金しよう"だ等という無粋は誰も言いだすまいな?
これはバイト代の一部の現物支給なのであって、焼きトウモロコシと引き換える以外に使いようのないもので、きっとウェイン氏も食べてもらいたくて言ってるんだろうし、し、仕方なく! そう仕方なく!
焼きトウモロコシ食べられるヤッタ―――――――――――!!!!!!
振り向いて、俺以外の三様、苦笑を堪えてるのに気が付いて。
俺とて曲がりなりにも今は女の子。
羞恥に萎れるまでがセット。
ぺすん。
◇◆◇◆◇
色煉瓦の建築がカラフルな街並み。舗装路。
現代日本からしてみればレトロでアンティーク。
ここがファンタジー世界って考えればそこそこ近代的、というか文明的。
敷布の直敷きの路商もちらほらある中を横切って。
で、"はやくはやく"ってチケットをフリフリ、はやる気持ちでマーケット。
後ろから苦笑しながらきゃみさまと高坂。
何だよぅふたりともすました顔しちゃってさ。
これじゃまるで俺だけが食い意地張ってるみたいな?
え? 間違ってないだろ?
あ、ハイ。
「や、焼きトウモロコシくださいっ」
息を切らせながら屋台先でチケットを掲げる。
やってしまった後、そういや売り子がNPCだったら、ガン無視されて終わりな注文の仕方だったと気が付いて。
あ。って顔して覗き込めば。
「あいよ。無料交換チケットだね。プレーンと塩バターとあるけどどうする?」
ガタイの良いおっさんが団扇でパタパタやりながら、そんな返事を返す。
店主、またもプレイヤー。
仰天。ウェイン氏もこの人も。
なんだこいつらファンタジーRPG世界に来てまで、なんか他にすることなかったのか。
いや、ロールプレイって意味ではある意味究極のロールプレイ、なのか?
異世界みたいな魔術記念学校附属都市で、日がなトウモロコシ焼く屋台経営。
っていうロールプレイ。
「普段リアルじゃなにされてる方なん……いや、ごめんなさい。忘れてください」
「はっはっは。まぁ剣と魔法のファンタジーは半年やって満足しちまったなぁ!」
がははと豪快に笑って、店主。
徐に見せつける顔面と左腕に刀傷。
そして次の瞬間持ち上げた右足の先が──
「──満足、だったさ」
──義足。




