第86回 「コーンなにいっぱい!」
学校が終わって、帰りがけにバイトに寄って、そそくさとアパートの部屋へ帰宅。
鞄を置き、うがい、手洗い、制服をハンガーにかけ、諸々済ませて部屋着に着替えてから、ヘッドギア型のログインデバイスをかぶって、ベッドに転がる。
ログイン。
リアルでもお金稼ぎ。
ゲームでもお金稼ぎ。
間違えるな学生の本分はって大人にゃ怒られ。
何やってんだろってぼやけば。
"帰宅後のルーチンにメイク落としがないだけましだと思え"
なんて、友人のつれない言い草。
こんな風に帰宅次第Thebesで落ち合うって日は、風呂も夕飯も遅くなりがち。
一旦抜けて、深夜近く再び集合、なんて日も。
ああ、うん。健全な女の子の生活、とは言えないんじゃ、ないかな。
◇◆◇◆◇
週半ば。ひたすら農場区画から商業区画まで荷物を運んで。
精神的に余裕があると思った日は動物を狩ったりして。
でも、殺すと、やっぱり何かがすり減って。
ログインしてみれば。
石畳で舗装された円形の広場。
漆喰と色煉瓦を組み合わせた建築に囲まれた西の大庭。
学校。本屋。道すがら。アパート。
の次が魔術記念学校付随都市。
ってのも、並べてみれば笑っちゃうような組み合わせ。
すごい時代になったもんだ。
広場の外縁にあるベンチから立ち上がってみれば、ぽーんと気の抜けるような音。
ああ、この音は確か。
視界の端に明滅する便箋アイコンに、誰かからのメールだと気が付く。
これは俺が首を振れば、置き去りになることなくずっと視界の端についてくるんだが、それでいて本人の指でタップしやすい位置が考慮されていて。
さらにどう識別してんのか、他人が間違って押してしまう事はない。俺にしか見えないし、俺の指でしか押せない。
まぁ、誰かが俺の腕を掴んで、当てずっぽに押すくらいの強引な手段で、不可能ではない。
よく、できてるよな。
ちなみにThebesはゲームの継続に月額定額料金とかは発生しない。所謂基本プレイ無料ってやつ。
ゲームの起動ディスクが現品販売しかされていないし、そもそもログインに必須のデバイスが結構な高額だが、それを圧してなお、圧倒的に採算が取れない、と、素人の俺でも思う。
や、余計な感想はいったけど、めーるめーる。
視界の端の便箋アイコンをタップしてみれば、差出人の名前とキャラクター肖像、本文が目前に展開される。
From:フユキ
To :なつぴこ、きゃみさま
件名 :みつけたよ!
本文 :バトル絡まない奴で、ちょっといいお
仕事見つけたんだ!
日曜の畜産農家の近くなんだけど、週
末辺りみんなで行ってみない?
それは。
とても。
とても、たすかる。
今日もイノシシ殺さなきゃかなぁって、ちょっと鬱々しいもの抱えてた俺としては、高坂の報に深く感謝しながら、今日の所はひとまずゲートクリスタルへと向かうのであった。
◇◆◇◆◇
で、来たる週末。
2046年 9月 22日 土曜日。9:00AM。
妖精王国自治領、ウェストガーデン。
快晴。
「なっつーん!」
「こっちこっちー」
農場区画側のゲートクリスタルへテレポートしてみれば、先に来ていたきゃみさまと高坂がぶんぶんと手を振って。
連れてこられたのはトウモロコシ農家。
ここで何すんの? って高坂を振り返ってみれば。
"収穫を手伝うアルバイトなんだ、ひたすらトウモロコシを収穫するんだよ"
と。ニコニコしながら言う。
仕事を依頼しているのはなんとプレイヤーの"ウェイン"という方。
どっしりとしたガテン体格に短く刈り上げた黒髪、浅黒い肌。
最初、こういうお仕事を依頼してくるのはNPCだと思い込んでいて、通常NPCであれば頭上に表示される名前を(NPCに何かを伝えるのに必ず名前を正しく発語して指定する必要がある為)確かめようとして、何も表示されてないのに気が付き驚愕して。
し、しつれーしましたー! って平謝りする俺に朗らかに笑うウェイン氏。
よく見れば、左手と右足が義手、義足。
なんでも、昔はバトル専門の冒険者として活動していて、ある時例の"魔導聖域ダンジョン"で、冒険者としては致命的な怪我を負ってしまったのだそう。
"魔導聖域ダンジョン"
例の、この付近にあるっていう、危険区域。ケンちゃんさんの話を思い出して思わずドキリとしてしまうのを、出来るだけ悟られないように。
"大変ですね"
なんて社交辞令に
"今期は嬉しい誤算の大豊作でね、この手足じゃちょっときつくてさ"
そう言って義手の方をひらひらと。
冒険者、続けたかったんじゃないか。
ケンちゃんさんは治すアイテムはあるっちゃあるけど、とんでもなく高価だって言ってた。
あきらめきれなくて、農家プレイなんてしながら、それでもこの世界に居続けているのか。
つい、って感じで、そう聞いてしまって。
ハッとして口を押さえてみれば。
ウェイン氏はクスリと苦笑、して。
"それなら、キャラを作り直して最初からやり直してるかな"
"あれは、ひとつ転機みたいなもので、今はこの生活を愛しているよ"
とかなんとか。
農場に案内されてみれば、妖精王国林中にあって、果てしなく広大とも言える、一面トウモロコシ畑。
義手がーとか関係なくどのみち一人じゃ無理な量が眼前に広がる。
背負いの編み籠に、軍手と麦わら帽子。
──を着物袴でやるトンチキ女、の出来上がり。
俺ときゃみさまがお互いを指さして、ひとしきり相手をこき下ろして笑い合う横で。
高坂がウェイン氏に
「麦わら帽子は雰囲気アイテムですかね?」
なんて聞いてみれば
「いや、このThebes、"熱中症"ってバッドステータスがちゃんとあるよ。気を付けて作業してね」
なんて返事が返ってきて、三人そろって唖然。
聞けば、鼻炎や喘息、嘔吐感なんてものまで、信じられないくらいのバッドステータスが存在しうるという。
そういや間崎さんのキャラがゲーム内で嘔吐したとか言ってたな。
ただゲーム体験としては不快感以外の何物でもないから、だいぶ緩和されていて。
なかでも熱中症はステータス画面の"体感温度"を気を付けて見ていないと、軽い倦怠感、くらいの感覚のままキャラクターが気絶してしまう事があるという。
単独でそうなると状況改善しようがないまま行動不能に陥ってしまい、他人に救助されなければどうすることも出来ず、キャラクター死亡まで行ってしまうようだ。
ほぇー。
なんて間抜け面を晒して感心していれば
"さぁそろそろ作業に移ろうか"
ウェイン氏の号令でみんな立ち上がるも、そういや軍手だけ渡されて、収穫道具は?
と、手のひらをぐっぱと握って開いて、空手をアピール。
「ああ、意外に思うかもしれないけど──」
ウェイン氏は、手近なトウモロコシの房に手をかけると、大きく実った実の部分をパキリと手で折り取る。
「節でキレイに折れる様になってる。人力収穫なら道具は使わない方がスマートかな」
ほぇー。
なんて、二度目の感嘆に、クスリと笑って。
週頭の屠殺劇から一転、何とも穏やかな時間だった。
ひたすらトウモロコシを収穫し、小気味よい音を立てて折り取り、背負いかごに放っては次へ。
ヴァーチャルリアリティの世界に来てまで何やってんだか、と一瞬冷静になってしまいそうになるも。
まぁこういうのってカントリーライフ体験っていうか。
都会の家族が田舎の畑の一面だけ借りて、植えるのだけ楽しんで世話はお願いしますねっつって、収穫時期にまた楽しいとこだけやりに来るようなサービス。
あれみたいなもんかなって。
なんにしろ単純作業。
没頭して。ひたすら。背負いかごに十数杯。
ウェイン氏に"そろそろ休憩しようか"なんて言われるまで、いつの間にか、夢中で。
納屋のひさしの下のベンチで、並んで座って。
ウェイン氏からどうぞって、冷たいコーン茶が供されて。
ほんのり甘味があって、冷たくておいしい。
「ゲーム発売初期の頃、セレクトリア北端、ノースポイント市から北荒野開拓を目指したプレイヤーの多くが、熱中症でだいぶ痛い目を見たようだよ」
「でも、結局"未実装"だったんでしょ? カルサレアって」
お茶をすすりながら、きゃみさまが横目にウェイン氏を覗き込めば。
彼は何か思い出すように顎を擦って。
「遺構の様なものはいくつか見つかったらしいんだけどね。なにしろセーフティエリアが一つもなくって、セーフティコアでつなぐにも数足りなくなって野垂れ死に続出でさ」
「あーあの任意にセーフティエリアを作るっていうアイテム」
「そう、だから実際はカルサレア以北は"カサンディア"って言う荒廃地らしいんだけど、そこへ到達したのか、そもそもそこはカルサレアなのか、誰もわからないまま全滅、ってのが正しい所」
ほぇー。
三度目。
ウェイン氏はいよいよ肩を揺らして笑って。
"さ、与太話はこれくらいにして、作業に戻ろうか"




