第9回 「よーよーよー、学人君よー」
「あーはずかしかった」
「さすがに免疫なさ過ぎっていうか、サ?」
エイジス衣料品店にて下着のオーダーを済ませ、"明後日くらいにはできてるから"なんて言われて店を後にする。
中では揶揄われ放題だったので、つい愚痴のようにひとこと。
呆れたような応を返すのはきゃみさま。
「や、だって最初は"女物"ってだけで見るのも恥ずかしかったんだ。こうなってからようやく二年だよ。そんなにすぐには慣れないよ」
「なるほど。たしかにそういう格好したいと"思ってから"体を変えたアタシとは事情が違うかもね」
「俺、今なら男女どっちの下着姿でも赤面できる自信ある……」
「ははは……」
乾いた笑いが返ってきた。
ふとその笑いが引っ込んで、はたと思い出したように、きゃみさまが俺を覗き込む。なんだか現実離れした、それでもきれいな桃髪がさらりと流れ落ちる。
なんだったら俺のことを散々美少女扱いしてくるこの人も、俺からしてみれば相当な美少女なんだよなぁ、と改めて思う。
「え、な、なに?」
「この際だから聞いちゃうけど、ほんとに白、着けてるの?」
「や、やっぱり変?」
おかしいなぁ? ちゃんと近隣の大きい街に行って、モールの下着売り場で"制服インナー"? みたいな奴選んだだけなんだけどなぁ?
なんて難しい顔して首をひねっていれば、きゃみさまもきゃみさまで同じような難しい顔して、俺と同じような角度で首をひねって。顎に手をやって。
「んー……いっそ"アンタだったら有り"な気もするわ」
「なにそれ?」
「"清潔感"とか言ってたけど、白とか黒単色って、貴女が思うほどお行儀の良い色でもないって事」
「よく……わからない」
きゃみさまはそこでいつもみたいな、仕方のない妹を見るような顔になって。
音を立てずに静かに溜息を吐いた。
「なんにせよ、揶揄いすぎたのは謝るわ。──そうね、"メルト"でなんかおごってあげる」
メルト、っていうのはこのヴァルハラ市の飲食街にある、テラス席のある喫茶店「サニーメルト」のことで、俺ときゃみさまが良く待ち合わせに使っている場所だ。
「……粒餡トースト」
ちょっと拗ねたみたいにそう返してみれば、きゃみさまはクスリと苦笑を返した。
「──ケーキセットでもいいわよ?」
◇◆◇◆◇
そんなこんなでThebes内はセレクトリア王国領王都ヴァルハラ市飲食街、カフェ「サニーメルト」
週半ばの木曜日ながら、世間は世にいう「夏休み」って奴で、客入りはそれなりにごった返す。
「結構人多いね」
「そうねー。テラス席、空いてるかしら」
「現実じゃ、この夏日に日差しの下なんて考えらんないけどね」
ぼやきながら店先のアーチを潜る。
丁度、今店から出てきた客とすれ違う。
男が中肉中背、女が超小柄の俺達と同年代と思しき身長差カップル。男はゲーム特有の鮮やかすぎる赤髪以外はどうにも特徴のあげづらい感じの優男。女の子の方が見ほれるくらいの美少女で、つややかな肩くらいの銀髪に、真紅の瞳。
思わず爆発をお願い申し上げたくなるほど幸せそうに笑い合う二人。
俺達とカップルが交差するその瞬間、女の子の方がこう、"夢中"といった感じできゃみさまと肩をぶつけそうになる。
それをとっさに男の方が女の子の肩を引き寄せ、ぶつからずに済んだのだが、そこではたと気が付いたように銀髪の女の子ときゃみさまの目が合う。
時間にしてほんの数瞬。一秒にも満たないわずかな時間、固まったように停止し、しかしながらそれは俺が「ん?」と思う間にもあっさりとすれ違い、そのまま通り過ぎてしまう。
「? どうかした?」
「……なんでもないわ」
すれ違ったうしろでも似たようなやり取りが聞こえる。
"知り合い?""似てたけど、違うと思う"とかなんとか。
まぁ、結局それが何やねん、と、俺達は店内へ。
◇◆◇◆◇
「ったく。なぁ~にが"似てるけど違うと思う"よ」
「あ、やっぱり知り合いだったの?」
席に落ち着くなり、これである。
白塗りの木造がちょっと素敵な、カフェ「サニーメルト」はお目当てのテラス席に通され、各々注文して一息ついたところ。
きゃみさまは出て行ったカップルを目で追う様に、そっちを遠く睨みつけながら悪態をついた。こらこら、折角可愛いのに悪い顔するんじゃありません。
「まぁちょっと因縁ってか、あの子が悪いわけじゃないんだけど、ちょっと嫌いになる理由が有んのよ。……あの子が悪いわけじゃないんだけど」
「ん? それあの子不可抗力すぎない?」
冷静にそう返してみれば、きゃみさまはムッスー!ってわかりやすく不機嫌面というか、"わかってんだけど仕方ないの!"みたいな拗ねた顔をする。
俺が頼りなさすぎるせいで、何かと姉御役な立ち回りをさせているが、彼女は本来"可愛らしい"タイプ。微笑ましくそれを見て返せば、元々本気で拗ねてるわけでもないのか、あっさりと根負けした様な溜息。
「理由があるって言ったでしょ。それにお互い"丸わかり"なカッコだったのよ? しらばっくれるってことは、あっちだって後ろめたい気持ちだったんじゃない。なー"学人君"よー」
学人君。がくとくん。
──うん? いや肩ぶつけそうになったの女の子の方だったよな?
「あれ? 知り合い、男の方?」
「ううん、女の方」
????????
女の子の方が、きゃみさまの知り合いで、学人君。
あーいや、それ言ったらこの俺は女子高生だが"夏彦君"だし、目の前のピンクは"真一君"だ。
いやしかしなんだ? 自分で言うのもんなんだが俺等みたいなケースがこう、バーゲンセールみたいにぽんぽこその辺に転がってる方がどうかしてるっていうか。ならあの子が学人君なのはいったいなぜなのか。
俺が、なんていうか例えていうなら、一昔前に流行ったらしい"宇宙を背景に真顔になってる猫の画像"みたいな顔になっていると。
「まぁ、人には言えない難しい事情が有んのよ。原稿用紙一枚に収まるけど」
「軽っ」
「言えないってとこが難しいの」
「ふぅん」
「…………」
「………………」
「聞かないの?」
「話せるの?」
「言わないけど」
「でしょ?」
そこまでにこやかにやりとりしたところで、きゃみさまが実にわかりやす~~~くしかめっ面を作って再び拗ねて見せるのだ。
「なによぅ。そこは"俺が悪者でいいから聞くね"くらい言いなさいよー」
とんだ無茶を言う。
いやもうなんだったら彼女がやるからそこそこ可愛くて始末に困る。
"じゃあ"
って聞いてしまいそうになるのをこらえて、苦笑いを返す。
「そういうのは高坂に聞いてもらって?」
「言ったら嫌われるモン」
そう言って口をとがらせてそっぽを向く、きゃみさま。
あ、何これちょっと可愛い。
モンっ、とか。
いつもやられてるお返しとばかりに、クスリと笑ってちょっと首をかしげながら、揶揄う様にピンクの彼女を覗き込む。
「"俺なら"いいんだ?」
「アンタとは"女同士"じゃないの」
おおっとそうでした。
思い出したように、長い横髪をかき上げ、耳にかける。
うん。かわいい、と思う。
──女の子を、可愛いと思う。
「なっつん?」
「おおっと、ごめん。拗ねてんのあんまり可愛くて、見ほれちゃった」
すこし、呆けていた。
きゃみさまに覗き返され、咄嗟に出たのはそんなごまかし文句。
彼女は呆れた様に溜息ひとつ。
「"心にもない"って顔ね。額面通りのお世辞と受け取らせていただくわ?」
「ごめんごめん。あ、ほら注文来たみたい」
彼女から目を反らせてみれば、ウェイターが俺達の注文したメニューをもってこちらへ歩いて来るところだった。
自分は男のように思ってみたり。
どちらだかわからなくなってみたり。
かと思えばひと口頬張ったオレンジケーキが、美味しくて思わず声を上げるくらい女丸出しだったり。
「ん~~~!」
「"オゴリ"はウマいかー? お嬢さん?」
なんだかんだ"女の子"してる。
できてる……の、かな。




