第8回 「それ以外の何があんだよ?」
前回に引き続き、衣料品店"Ages"店内。
高坂にバレた下着のままなのは恥ずかしい。でもこの世界の下着はおいそれと買えるお値段じゃなかった。ああ困ったどうしようってとこからだな。
俺がおろおろとしていれば、サキさんは人差し指を一つ立て、ニコニコと宣言する。
「そこでウチの出番ってわけよ」
「ふぇ?」
「えっと、なつぴこ……"なっちゃん"でいいかしら。ご予算はいかほど?」
「あ、俺ですか? ええと、手持ちが1500くらいで──」
「う、うんん???」
「え、もしかして全然足りませんか?」
「えっと、そうじゃなくって──」
そこまでやり取りしたところで後ろ頭にチョップをくらう。
あいたっ! きゃみさまだな! いったいなんの──
「だぁら、いい加減にその一人称何とかなさい! アンタの顔で"俺"とか違和感しかねェんだワ」
「いやあの、きゃみさまこそその言葉遣いは如何なものかと……」
頬をヒクつかせてすごむきゃみさまを、どうどうと両手で押さえながら。
「うるせェ毎度説明を手伝わされる身にもなれこの美少女!」
「あっはい」
「ええと、どういう事かしら……?」
困惑顔のサキさんに、かくして俺たちは"またか"と思いつつも、この神谷夏彦の境遇なるものについて一から説明する羽目になった訳で。
◇◆◇◆◇
「ははぁ~。なるほど、それでなんだか初々しかったわけねぇ」
俺達としては、すんなり話を信じてくれただけでも僥倖であるわけだが。
しかしながら俺個人としてはもう一つ確かめて置きたいところで。
「あ、あの、気持ち悪く……ないですか?」
「あっはは気にしないわよ。ウチの敷居を女の子として跨いだならその子は女の子よ」
「はは。起伏は無いんでちょっと自信ないんですけどね。その、"下"は見事に何にもないもんで」
苦笑いでそう答えてみれば。
何なら興味津々って顔で覗き込まれて。
拒絶されなかっただけ御の字なんだけど、ああもう、これはこれで。困る。
赤面して、弱り切った顔で上目遣いに見て返せば。
ちょっと鼻息荒い感じににんまり笑顔。
「ああもう! なにこれ! かわいい!」
そう言っていきなりハグされる。二十代半ばくらいのお姉さまに。
「いやっあのっちょっ」
俺が、逆にこのどうあがいても女性らしい体を。どうやって振りほどいて、というかどう触って良いかわからずに困り果てていると。
傍ではきゃみさまがにっこにこしながら見守ってくれているわけだが。いやその、見てないで助けてくれると嬉しいんだけど。きゃみさま?
俺の無言の訴えは届かず、じっくりたっぷり10秒ほどもぎゅーってされたあと、ようやく解放される。
「あははごめんごめん。なんか小動物的な可愛さっていうかもう我慢できなかったわ?」
「でっしょぉぉ?」
なんかほくほく顔のサキさんと笑顔のきゃみさま。
ちくしょうっ、そっち側かっ! うらぎりものっ!
俺がちょっと涙目になりながら赤面していれば、サキさんは俺の手を取って、ずいーって顔を寄せてくる。
あああやめてとめてもうむりはずかしくてしんぢゃうばくはつしちゃう!
「まかせて! お姉さんが無茶苦茶えっちなやつを──」
「無理です!!!!」
「え? ぢゃあふりっふりでかわいいやつ……」
「もう許してください……」
俺がもう、そろそろ泣き入りながらそう訴えてみれば。
「…………」
「いやあのっ、"それ以外の何があんだよ?" って顔しないでください!」
サキさんは難しい顔をして顎に手をやる。
ぐぬぬって感じだ。
なんすか。俺、そんなに難しい要求してますか。
「んー、それならサンプルが少しだけあるから、そっから選んでもらうか、"これをもうすこしこう"とか言ってもらって、オーダーかしら」
◇◆◇◆◇
そんなこんなでサキさんが奥から引っ張り出してきた、下着サンプルを覗き込んで品評会。
きゃみさまとサキさんはあーでもないこーでもないと、楽しそうに黄色い声をあげているが、俺は立場というか、元が元なんでどう触って何をどう言えばいいやら。
「これなんかどうかしらー」
にっこー。って笑顔で広げて見せる下着はなんか黒色で、その割には暗い印象の無い、というか透過し過ぎっていうか、なんだ。
一言でいうと"すっけすけ"なアレだ。
「~~~~~~~!」
声も出せずにブンブンと首を振る。
不服そうな顔のサキさんを苦笑いで見送って、自分でも下着の山の中から何気なく引っ張り出したものを恐る恐る確かめる。
えっなにこれ。
このぱんつクロッチに穴空いてんだけど何の機能──
──理解しそうになってしまったので、うっかり受け取っちゃった手榴弾をポイする勢いで山へとリリース。
「こういうのはどう?」
そう言ってきゃみさまが見せてくるのは薄ピンクでふわっふわでヒラヒラなヤツ。無駄にギャザーが重ねてあったりリボンが凄かったり。
「そ、そういうのはきゃみさまのが似合うと思う、よ?」
「えーやっぱりー? じゃなくって。なっつんはどういうのがいいのよ?」
「も、もうすこしシンプルな奴でおねがいします……」
はた。と、二人とも動きを止め、サキさんもきゃみさまもキョトン顔だ。
「しんぷる?」
「しんぷる……」
「不思議そうな顔すんのヤメテー」
俺が、もう半泣きになって羞恥に両手で顔を覆って見せれば。
二人は"ごめんごめん"と、方やぽんと肩を叩き、方や優しく頭を撫でる。
なにこれ。俺なんか羞恥プレイとかされてんの?
そこで優しくされっと、よ、余計に。涙出てくんだけど。あの。
「んー。それじゃあさ。リアルじゃどんなの着けてるか、聞いちゃって良い?」
本来禁忌とされる、"リアル詮索"に当たるからだろう。サキさんはそんな聞き方をした。
「え、えっと。大体が、腰とか胴回りのゴムがしっかりしたスポーツタイプか、"スクールデザイン"みたいな奴ですけど……」
ずびっ。と、鼻をすすりつつ、聞かれるままを応えるが。
"スクールデザイン"ってあたりで、サキさんときゃみさまの動きがぴたりと止まるので、もう嫌な予感しかしないんだけど。え、なに。今度は何。
「まさか白?」
「全部じゃないですけど、半分くらいはそうですね……?」
きゃみさまに選ぶの手伝ってもらったあたりは違うが、主に自分で買ったやつなんかはそう、なんだけど。
何々、きゃみさまなんで"あ、あーそっかぁ"みたいな顔して黙るの。
サキさんも不思議そうな顔して首傾げないで?
「え、えっと、白って汚れが目立って大変じゃない? あとアウター次第じゃ透けたりとか──」
きゃみさまは困ったようにそう言うが。
「ぶっちゃけ"どういう層"をターゲットにしてるのかしら?」
「サキさーんッ!?」
歯に衣着せぬサキさんの物言いに、きゃみさまですらツッコミを入れる。
俺は一瞬何のことかわからず、ぽかんとしてしまうものの。
「──!? だ、だから! 誰も落とそうとしてませんから! "清潔感"で選んだらそうなっただけですからー!!」
誰を誘惑する為か。
"ターゲット"のさす意味を理解して、流石にもう赤面沸騰して喚くしかない。
ぷすんぷすんと地団太踏んでみれば、"ごめんごめん"と再び頭を撫でられる。完全に子供扱いだ。実際彼女から見れば子供ではあるが。
「ふふ。ごめんなさい。今時他に見ないくらいピュアで可愛いから、つい、ネ」
「ふぎぎぎぎっ」
すったもんだの後、結局サキさんがスケッチブックにちょいちょいと描いてくれたデザインの中から、そっけない位のデザインのものを選び、オーダーすることに。
"散々揶揄ったお詫びに"って一組分のお値段で二つ選んでよいというので、Thebesじゃ汚れないんだし"必要以上いらんやろ"とは思いつつも、折角なのでスポーツタイプっぽいデザインの他にスタンダードな奴もお願いしておいた。
ちなみにオーダー価格で一組700シルバー。なんと良心価格か。貴族のお召し物とは何だったのか。
注文し終わって、ほっとして横眼を見れば、きゃみさまがさっき俺に見せてきたピンクのフワフワ買ってた。あ、うん、貴女にこそ似合うと思います。




