第10回 「"今からキミの肩に触れるけど"」
「──でさ、結局このカッコでチャンバラし続ける限り、時間の問題だと思うわけよ」
「膝下のスカートって十分な防御力だと思うけど……」
「いやあの、なるべく見ないように気をつけますっていうか……」
「はーい、武器屋ケンちゃんとしてはー。他人の店先でだべる会話なのかなーって正直思いまーす」
日付変わって翌金曜日、日も暮れかけた宵口。
ヴァルハラ市、商業区はリバーサイドマーケットの一画、"ケンちゃんの金属武器防具店"の店先。そこに屯している俺、きゃみさま、そして高坂。
個人用のテントに在庫を突っ込んで、店先のテーブルに商品を並べただけの仮設店舗。昔は何もなかったから立ち話だったというそこには、丸太を程よい円筒形にカットしただけの簡単な椅子があって、体よく雑談の場となっていた。
流石に都合よく入り浸ってる自覚は有ったので、"ごめんなさい"とジェスチャーしてみれば、店主の金髪のお兄さんはため息をついて頭を掻いた。
「で、結局何の話?」
「そーそ、聞いてくださいよ」
で、結局何の話をしていたかというと、だ。
ほら俺やきゃみさまはスカートじゃん? Thebesはゲームじゃん? あーるぴーじーってやつじゃん? 一歩街から出れば、そこにはモンスターっていう体のいい絶対悪がいるじゃん? チャンバラするじゃん?
もっかい言うけど俺やきゃみさまはスカートじゃん?
いやこれがさ? 一昔前の低画質グラフィックに、自分とはかけ離れたお人形みたいなアバターだったならさ。
やれ"下着を覗かれた恥ずかしい"だのなんだのと。
ゲームキャラに何言ってんだよハハハハ。って思うよ?
そういう意味じゃThebesはリアル過ぎるんだ。
今は接触感に至るまで再現された完璧な全感覚投入ログインデバイスが主流で、今着ている装備品たる服が"肌に触れている感触"すらある。"ゲーム内でされたこと"はモロに"自分自身がされたこと"という認識だ。
ええと、つまり、何が言いたいかっていうと。
「パンチラすんの恥ずかしい、と」
「……はい」
武器屋の店主、ケンちゃんは顎に手をやって、実に"めんどくせぇなァ"って顔をする。あ、はい、すんません。
「んー。前にも話したと思うけど、オレは所属ギルドで"初心者支援プロジェクト"なんてもんに携わってる。──ここまでオーケイ?」
めんどくさそうにしてたケンちゃんがめんどくさそうな顔のまま、そんなことを言いだして、何事かと、皆注目する。
きゃみさまが訳知り顔で頷いて
「知ってる。ギルド、真白の羽根よね? たしかリードプレイヤーばっかりの凄腕集団だって聞いてるわ」
「えっケンちゃんそんなすごい人なの?」
「や、その辺は今は置いといてもらって」
話が反れそうになって、ケンちゃんは口を挿む。
皆が黙って注目したのを確かめると、語りを再開した。
「いい機会だから、お前ら三人に説明しとくよ。ほっといたら今日明日にもなんかあるかもしれないしな」
「どういう事?」
訝しげなきゃみさま。丁度いいとばかりに頷いて、ケンちゃん氏。
「一言でいうと、ここThebesの中では、所謂"性犯罪"が起こり得る」
「えっ」「はぁ!?」「っ!」
三様の反応をして押し黙る俺達初心者組に、ケンちゃん氏は凄む様な、脅すような、そんな顔をして人差し指を立てた。
「システム的な防犯や、罰則はもちろんある。しかしいつの世でも起こる事ながら、それを実に巧妙にすり抜けてやっちまうのが所謂"犯罪者プレイヤー"って奴でさ」
「防犯システム?」
「え、でもすり抜けって……」
「やってみた方が早いか」
そう言ってケンちゃん氏は立ち上がり、俺の前に立つ。彼の身長は180はあるだろう。俺とて以前はそのくらいだったわけだが、今は悲しくも160無い位で、座っている状態からでは首が痛いほど見上げる形だ。
「えーと、なつぴこちゃん? 今からキミの肩に触れるけど、いいかい?」
「え? は、はい」
「フユキはきゃみさまを触ってみな」
そういって、ぽん、と、俺の肩に手を置く。
え、なにこれどういうこと?
首をかしげながら待つこと5秒ほど。
俺の目の前に青く透き通るメッセージウインドウが表示され、その内容を見て思わず目を見開いた。
"異性キャラクターが許可を得たうえで貴女に過度の接触を行っています"
"度が過ぎる場合13秒後からシステムに告発して相手にペナルティを与えることができます"
とかなんとか。
最初は20くらいだったろうか。気づいた時、13秒だったカウントは刻一刻と減ってゆき、あれよという間に0カウントとなり、その表示は"相手を告発しますか? Yes/No"という選択肢へと変わる。
「あ、押さないでね。それされるとオレ、細切れの血祭りにされちゃうから。比喩じゃなく、衛兵キャラクターに」
比喩じゃなく。こま、ぎれ……。
そう言えば先日、きゃみさまにけしかけられた高坂に迫られたとき、同じようなメッセージウィンドウが表示されていたのを思い出す。あれを押してしまっていたら、高坂がどうなっていたか、と想像してゾッとする。
ブンブンと首を縦に振っていると、ケンちゃんが俺の肩から手を放して数秒後に、メッセージウィンドウは消滅した。
「これが防犯システム。告発ボタンがYesで押されると、その段階で"視界に入ってない一番最寄りの角"の先に衛兵キャラクターが"発生"して、弾丸みたいな速度で駆け寄ってくる。ほぼ無敵に設定されていて、恐らく現存するどんなプレイヤーも敵わない」
「説明した通り、ペナルティはキャラクターの"殺害"によって実行される。防犯システムで助かった、とほっとしてる目の前で"殺戮"だよ。それがトラウマで辞めちまったやつもいる」
「さっき断りを入れたろ? あれが無いだけで猶予は5秒くらいになっちまう。もしもの時は迷わず行使してほしいが、使うときはよく考えても、欲しい」
すぐ隣では、恐らく俺と同じものを見たであろうきゃみさまと高坂が青い顔してた。先日は俺に自覚を促すためとはいえ、一歩間違えば……みたいなことを知らず、けしかけていたのだ。事故にならなくてよかった。
「でさ、このシステムによってキャラクターの貞操は守られてる」
初心者組が神妙な顔をしてうなずいたところで
「──って思うじゃん?」
「え」
ぽかんとする俺達を他所に、ケンちゃんは苦い顔をする。
"できればやりたくないんだけど"感をひしひしと伝えながらって感じだったので、俺もパフォーマンスでやってるんだろうなってわかってはいたんだけど。
「なつぴこちゃん、もうちょっとだけ失礼するよ?」
「あ、はい」
そんな問答の後、今度は何をされるか予告されず、いきなり両手首を掴まれる。
え? え? と、ちょっと焦って腕を引っ込めようとするも、ケンちゃんは相当高レベルなのか、高坂の時とは違って体勢云々関係なく、本当にびくともしない。
今度は無許可だったので、ほどなく先ほどと同じ警告メッセージが表示されるが……。
「押せる……? 告発ボタン」
押せない。
そう、押せない。
なるほど、何らかの手段で体の自由を奪えば、防犯システムをそもそも行使できない状況を作ってしまえるのか。
俺がちょっと怯えたような顔でブンブンと首を振って見せれば、ケンちゃんは直ぐに手を放してくれたが。
「すり抜け、って言ったじゃん? まぁこういう事。他にも相手を麻痺状態にする神経毒なんかを使って動けないようにして悪戯しちゃおうなんてのは、"そういうプレイヤーの十八番"みたいなもんだし」
「そもそも場所によっては衛兵キャラクターが到着するまでに数秒かかるケースもある。生々しい話をすれば、どうしても事に及びたければその間に無理やりキスするくらいはできてしまうし。あと例えば、"スカートめくり"みたいな悪戯は体に触れていないから罰しようがない、とかね」
「す、スカートめくり?」
「えええ、無理やりキスされた直後に、相手がバラバラ死体とかどんなサイコホラーよ?」
唖然としながらも、そんな言葉を返せば、ケンちゃん氏はいよいよヤレヤレって顔しながら後ろ頭を掻きむしる。
「ばかばかしいって思うだろ? でも居るんだよ。そんなやつも。ホントなんでも有りなんだ、Thebesは」
そこでケンちゃん氏は再び丸太の椅子にドカリと腰を下ろし、足元の砂地からひとつまみ、砂を救いあげる。
「ほら、サラっとやっちまえるけどさ、Thebesはゲームの世界ながら、砂粒ひとつ選んで掴むことができる。これがどんなにすごいことか、すこしでもビデオゲームって奴をいじったことのある奴ならわかると思うけど」
そこでケンちゃん氏はまた俺へと目を向ける。
今度は何を言われたもんかと、目線に少し及び腰になりながら、上目遣いを返すが。
「例えばなつぴこちゃん。俺は今、キミの着ているセーラー服のスカーフだけを選んで解くことができるし、キミが全くの無抵抗で居るなら、そのまま服を脱がせてしまうことも出来る」
皆、絶句。
なんだ、それ。ちょっとゲームの範疇を越えていないか。
とは思うものの、確かに初期装備の黒シャツとミニスカから、このセーラー服に着替える時。"ボタン一つでぽん"とはいかず、インベントリから実体化して、エイジス衣料品店の更衣室で自分の手を使って着替えた記憶がある。
この世界で"着替える"とはそういう事だし、どうやらそれは自分の手であっても他人の手であっても関係ないらしい。
「え、ちょっと他人のキャラクターへの干渉が細かく出来すぎるし、無法過ぎませんか?」
それまで驚きこそすれ、口を挟まなかった高坂が、流石にと言った体で返す。
ケンちゃん氏もそれに重々しく頷きを返し
「確かに問題になったケースもある。ゲーム内で所謂"性被害"に遭ったプレイヤーがリアルでゲーム運営を訴えた事もあった。しかしながらこういうケースに対して法整備は遅れていてね。運営はプレイヤーに謝罪したらしいんだが、そもそも国がそれを"罪"としなかった。"ゲームキャラの話だろ"ってな」
「なにそれ……頭硬すぎ」
きゃみさまが嫌悪を露わに悪態をつく。
同感だ。人情で人を断罪するもんじゃあないとは思うが、決まりが無いからお咎めなしでまかり通るには余りにも不憫だ。
先にも言ったが、"ここでされた"ことはそのまま"自分自身がされた"ことだと言ってよい。それほどのリアルさが、Thebesにはある。
「まぁ、ここでは性犯罪が日常茶飯事……とは言わないが、現実のそれと同じくらいには起こり得ると思っていい。ゲームだからと油断だけはしないようにしてくれ。──二人とも可愛いから、サ」
可愛い。赤の他人に言われたらほんの3週間前ならカチンと来てたところだが。今は、なんとなく受け入れられる。
ケンちゃんから掛けられる「可愛い」は恐らく父性のような物からくるそれだ。
つまり娘可愛い。くらいのやつ。
そんな無償の愛にわざわざ噛みつくのも無駄じゃないか。そんな風に、最近になって、ようやく……。
「ありがとうございます。気を、つけます」
「こっわ。なっつんじゃないけど、アタシも少し露出を抑えた服の一枚くらい持っとこうかしら」
「ああ、露出はともかく予備は持っておいた方がいいな」
肩を抱いて身震いするきゃみさまに、思い出したようにケンちゃん氏が言葉を重ねる。
「よ、予備……汚れ残らないのに、ですか?」
神妙な顔つきで聞き返す高坂を一度振り返り、それから俺たち全員をみまわして、ケンちゃん氏は続けた。
「キミらの着てるその服、な。一応"防具"扱いで、例えば布服に"斬"属性攻撃を過度に受けすぎてシステムに"修復不能"判定されるとな?」
肝心なところをもったいぶるケンちゃん氏に、皆ごくりと喉を鳴らし、言葉を待つ。
で。
「──その場で"消滅"する。つまりアイテムロストだ。もちろん上下一体のワンピースみたいな服で、下に何も着てなきゃその瞬間丸裸だよ」
「えええええええええええ!!?」
俺達の週末の予定が、決まった。




