第84回 「ニセモノ」
「セーラムを追っている、って、言ってました」
『……セーラム……だと?』
その名を出せば、俺以外の三人、ケンちゃん氏、きゃみさま、高坂までもが、すわと目を見開き、俺に注目する。
「なっつんそれ……」
「わかって言ってる……?」
高坂までこの反応ってのはちょっと予想を超えているが、今回ばかりは"またしても何も知らない神谷さん"ってわけでもない。
鳥山先生の説明で、ある程度のことは俺も知っていて言ってる。
三人のこの反応は織り込み済みと言えば、そう。
「その、"原作最強の暗殺者"なんだとか。簡単には俺も聞きかじってます」
『なるほど。"ゼトの彼女"がお前を置いてった理由はわかった』
「そん──なに、危険ですか?」
映像通話の向こう側で、ケンちゃん氏ははっきりわかるほどにがりがりと後ろ頭を掻いた。
『……今年になってまた、その名前を聞くことになるとはなぁ』
「どういうことです?」
『たしかに、"セーラム"の目撃例は西の大庭に集中してる。去年の夏から秋にかけて結構話題になったよ』
『問題なのは"セーラム"その物じゃないんだ。所謂本物に遭遇しても、最悪その場でシステム上殺されるだけで、セーブポイントに戻されるだけなんだが』
「他に、何か問題が?」
もったいつける様な逡巡。ケンちゃんさんは、息を、吐いて。
一度逸らした目を、もう一度、俺へ。
『問題なのは、"偽物"の方』
「偽物……ですか?」
『昨年、"セーラム"がゲーム内に存在するって話題になった、その同時期に、セーラム・テリィ・フォースの名を語る、"模倣プレイヤー"が現れてな』
『所謂犯罪者プレイヤーだよ。西の大庭市街地から最寄りの危険区域である"魔導聖域ダンジョン"を利用して、ポータル拉致型のトラップで何十人と殺しまくったらしい』
──危険区域。
ケンちゃん氏を除いた、こちら側にいるメンバーは三様、息を呑む。
危険区域ってのは以前説明された。
その区域内で負った傷はどう回復しても治らない。あとの残るような傷は残り、四肢切断ともなればそのまま欠損したキャラクターになってしまう、と。
「危険区域って……」
「じゃあ、被害者は……」
『散々も散々、酷い奴なんか四肢全部切断、自分でログアウトも出来ず、人に手伝ってもらってゲームを終了、それっきりなんて奴も。とにかく引退者続出の阿鼻叫喚だった』
「最悪……」
「なんの得があって……」
きゃみさまと高坂は口々に言うが、犯罪者プレイヤーの価値基準など分かったもんじゃない。
現実はおろか、ゲーム内で使用する仮想通貨すら足しにならなくたって。
"テメェの悔しがる顔を見るのが楽しいからだよ!"
ただその一点、それだけあれば、彼らはやるだろう。
それでこちらの半年、一年、積み上げたゲーム実績が台無しになろうと、きっとお構いなしでやってくるだろう。
彼らをそういう行動に駆り立てるに、もしかしたら他での鬱積があるのかもしれないが、そこまで"他人"がうかがい知ることはできないし、それこそ"される側"が知ったこっちゃない。
なんにしろ──
『"セーラムに接近する"ってことは、同時に"そいつらと関わる可能性を持つ"ってことだ。気を付けておくに越したことはない。お前達──』
「は、はい」
『少し事情が変わった。"ゼトの彼女"が何でアレを追いかけるのかはわからないが、場合によっちゃ白羽根もそっちへ行く。自力で解決できそうにないことになったらすぐに呼べ』
「真白の羽根が動く様な事、ですか?」
『あくまで、"場合によっては"だよ。ナツヒコ、"ゼトの彼女"は努めて探さなくていい。恐らくセーラムの方を追いかけていればどこかで会う』
「わかりました……」
◇◆◇◆◇
「なんだか、大変なことになっちゃったね」
「ご、ごめん。なんか巻き込んじゃった……」
悪びれて見せれば、隣の高坂はふるふると首を振って。
「きにしないでよ。それこそ真っ先に、頼ってほしいな!」
ガッツポーズ。
今の格好になってからは、可愛い反面幾分か頼りない。
ちょっと乾いた笑いでそれに応え、そういえばきゃみさま黙ってんなって、辺りを見回せば。
少し遅れたところを歩きながら、何やらブツブツとつぶやいている。
「"あの人"がらみ……? ……の"ゼトの彼女"……まで知って……?」
「きゃみさま……?」
何やら不穏な呟きを漏らすきゃみさまに、恐る恐る声をかけてみれば。
彼女はすっと顔を上げると、無言で俺を見て返す。
思わずウッとなって軽く仰け反ると、彼女はこれ見よがしに溜息を吐いて、すれ違いざまに俺の肩をポンと叩いて、そのまま市街地の方へ。
「なんでもないわ。ソレよりまずは"生活基盤"でしょ? まだこの周辺でモブ狩ってお金稼ぎできるかすら確かめてないんだから」
うわぁ、コレ絶対なんでもなく無いヤツぅ……。
そういえばきゃみさまは虚像事件の時、何故だか運営に近しい立ち位置に居るっぽかったし、なんなら鳥山先生と旧知であるとか。
え、えっと。もしかしてもしかしなくても、きゃみさま実はあっち側?
ど、どうしよう。
ゼラときゃみさまの間で板挟みなんて、なったら。
その時は。
俺。
俺は──
「ほら、置いてくわよ?」
「あ、ま、まって……!」
しかしながら言われることももっともで。下手をすれば帰りの旅費すら稼ぎ出すことができず、西の果てで立ち往生、なんてことになりかけない。
今、今は……余計なこと考えていられない。
慌てて追いすがれば、高坂ときゃみさまは既に次の算段を考えていて。
「どうする?」
「まず西の大庭のハンターズギルドじゃない? ……クエストのオーダーでバトル絡まない奴があるか、とか、発行されてる下限レベルとか知りたい」
「そうね。ド最悪時間さえかければ、危険なくヴァルハラへ帰れるって保証があれば、だいぶメンタル違ってくるわね」
「セーブポイント更新はそれ見てからでも遅くないと思う。どうにも無理なら"死に戻り"しかないし」
「う。高坂もきゃみさまもめっちゃRPG慣れしてるよな……」
頼りになるんだが、だいぶ置いてけぼりな感じでぼやいてみれば、二人はキョトン顔で俺を振り返る。
「基本でしょ?」
「基本……かなぁ?」
と、口をそろえて。
くそう。なっつん、ふたりが息ぴったりでウレシイナー。
一人難しい顔してれば、高坂が長い髪を揺らして笑う。
「なっつんはどっちかって言うと"直感でゲームするタイプ"だよね」
「なにそれ、ホメてんの?」
「得手不得手ってことでしょ」
まとめあげる様にきゃみさまが俺と高坂の背を押して。
ハンターズギルドが在るであろう行政区画へ移動するために、俺たちは再びゲートクリスタルへ。
ああ、よかった。
不穏になんなくて。
でも先送りしたろうか。
"ゼラときゃみさまが対面した時"
その時の身の振り方、考えておいた方が、良いだろうか。




