第83回 「西の大庭」
眩暈にも似た白濁。浮遊感。
Thebesではもう何度も経験した、テレポート移動。
視界が戻る。床に埋まるバグ回避のための地表数十センチ上の到着に、難なく着地してみせるくらいには慣れもあって。
石畳で舗装された、円形の広場のような場所。
遠目には背の高い木々に囲まれ、周囲何処を見渡してもそれは変わらず、大枠には森林をくりぬいたような林間都市であると知れる。
しかしその範囲たるやまごう事なき都市規模。
広大な森林の中を、街ひとつ、ぽっかりと沈むように佇む。
遠目に、教会の様な、或いは学校の様な、漆喰と色煉瓦を組み合わせた様な大きな建物。
それに付随するように街並み。
ヴァルハラの方が近代的だが、こちらが単純に古めかしいローテクのそれかと言えば、アンティークのような趣がある。
そう、ここが。
「西の大庭……?」
ゼラの語ったその名前をなぞるように。
しばし呆けた様に街の景観を眺め入るが。
咳払い。
声からして、きゃみさま。
「ほら、まずは"ゲート登録"……でしょ?」
振り返れば見上げる様な巨大な八面体。
どういうわけか広場の中心に浮かび、ゆっくりと右回転を続ける。
詳しく言及したことが有ったろうか、コレが所謂"ゲートクリスタル"
主に同市街地内を無料でテレポート移動できる装置で、これを地点登録しておくことで、ある程度の費用で都市間のファストトラベルも出来るというモノ。
まぁ大陸中心地であるセレクトリア領王都ヴァルハラ市から、この西の最果てウェストガーデンまで飛ぼうとすればそれなりに費用は掛かる。
それでも、今回例によってケンちゃん氏が奮発してくれた"転移結晶石"に比べれば1割にも満たない額だという。
何だったら毎度毎度、世話焼いてもらって。
あの人には感謝しかない。
ヴァルハラに残してきた頼れるお兄さんをに思いを馳せていると、何やら聞き慣れないコール音。
なんだなんだ、ときょろきょろ──するまでもなく視界の端に明滅する受話器のマーク。
どうやらほかの二人には見えても聞こえてもいないらしく、挙動不審な俺をきゃみさまが覗き込む。
「どうしたの?」
「や、なんかケンちゃんから"映像通話の申請"とかなんとか」
「あーテレビ電話みたいな奴ヨ。"客観視可"で受諾して」
「う、うん」
恐らく俺の指でしか押せないそれに触れてみれば、きゃみさまの言う様に個人通話だの客観視可だの選択肢がある中を、"客観視可"で受諾する。
ほどなくして目の前にスクリーン投影されたように浮かぶ、ケンちゃん氏の顔。
なんだなんだときゃみさまと高坂も顔を寄せて。
画面の中では困ったように後ろ頭を掻く、金髪の鍛冶師。
『あ、あー。さっきのさっきですまんな。なんか、"恩人を追いかけるか追いかけないかが主題"って感じだったんで、つい何も聞かずに送り出しちまったけど』
「あー……」
たしかに、俺が何でゼラを追いかけたいかまでは説明しなかったし、そもそもこの西の大庭がどういう所かも聞けていない。
『ゲート登録は済んだか? 少し長くなるかもしれん。中央広場なら円形の広場の外周がベンチになってんだろ? 何なら一旦腰を落ち着けてくれ』
そう言われていそいそと、三人で手近なベンチに移動。
このテレビ電話みたいな奴は俺から前方1メートルくらいに固定された様に追随してきて、結局ベンチの上で三人、覗き込むような形に収まる
かくして始まるケンちゃんさんによる西の大庭講釈。
まず、このThebesの世界には南半球にある扱いか、現代日本人には寒暖の南北が逆転した大陸があって。
そこに俺たちの暮らす、最も大きな大国たる「セレクトリア王国」なるものがある。
南へ離れれば「シルヴェリア自治領」、昔であれば「コーレリア古帝国」等。
東は永遠の未実装ながら、「東帝国」なる、セレクトリアとは戦争状態にある軍事大国。
北はセレクトリア最北端の街、ノースポイント市を越えれば「無法地帯」とされる。古には「カルサレア」と呼ばれる荒野が広がり、独自の文化があったそうだが、現在の大陸人類史において長らくの連絡途絶中。
表題都市「テーベ」はその彼方向こうだというのだから、恐らく運営はしばらくプレイヤーに開示するつもりがない、とみていいのだろう。
そして西側。
古コーレリア遊牧民族が北上の末定住したコーレル市や、Thebesの時代背景において時期次第では外国であった「旧ユリシャ連邦」は現在ではセレクトリアの属領である。
ユリシャを越えた西側はそこを玄関口とした北西へと広がる巨大な森林地帯で、森人──所謂エルフ種の領域とされる。彼等が正式に国家の体を人間種に宣言したことはないが、人間の定義で言うとその領域を指して妖精王国という。
基本的にフェアリーズランドは人外の領域であるが、境界地に交流の証として人間が設営に関わった「フェアリーズ市」と森中、西の最果てにぽっかりと開いた空隙に大陸魔術協会が隠れ潜むように作り上げた魔術師の聖地がある。
その魔術師の聖地。
初代大陸魔術協会会長が興した魔術学校が有り、学長を兼任した会長ジェファーソン・マクドヴェルの名をとって"マクドヴェル魔術記念学校"という。
学舎が中心で有り、そこで暮らす生徒の為に、その周りに構築されたインフラ群はやがて一つの街の体を成した。
それらすべてを指して西の大庭というわけだ。
「ふぇー。なんか、すごいですね。"原作"アリとか聞いてましたけど、街ひとつになりたちっていうか、設定みたいなものが、ちゃんとあるんすね」
『ゲート登録しても、ヴァルハラ迄ファストトラベルするにはそれなりのゲーム内通貨を取られる。どのみちすぐには帰れないだろうから、しばらくそっちで暮らす算段を立てて置けよ』
「う。は、はい。その、ホントはもっとかかってるんですよね。何時もすみません。こ、今度、なんか、埋め合わせを」
行った事がない所へのテレポートはその比じゃない額を取られる。今更ながらに悪びれて、しょぼくれてみせれば。
『まぁそこはもう気にすんな。ああ、そうだな。そっからでも見える、一番でかい施設があんだろ? "マクドヴェル魔術記念学校"』
「え? は、はい」
『帰ってくるときに、そこの購買で"ヤキソバパン"と"ヒレカツサンド"買ってきてくれよ』
「……あるんすか」
『フユキ、そこに居るか?』
「は、はい」
突然話を振られた高坂がどきりとした様に。
おずおずと画面を覗き込めば。
『何度も言う様に、魔術の聖地だ。ヴァルハラじゃ手に入らない魔術のスクロールがたくさんある。可愛くすんのもいいが、ちょっと金を溜めていくつか買って置け』
「! ……わ、わかりました」
「スクロール?」
「あ、うん。Thebesは新しい魔法覚えるのに、単純にレベル上げただけじゃ増えていかないんだ。何らかの方法で一度でも使ったことのある奴は、次から独力で発動出来て、熟練していくんだけど、その"一度目"を体験させてくれるのがスクロールってわけ」
「あー、で、魔術のメッカだからレアもの一杯売ってるわけね」
『そゆこと』
反対から覗き込んで感心したように頷くきゃみさまに、にこりと、ケンちゃん氏。
『ちなみに"ゼトの彼女"はそっちで何を追いかけてるんだ?』
そう、新しい街、あくまでここはゲーム内。
観光とか楽しみたいこといっくらでもあるんだけど、本題はそれ。
しかしながらどこまで話したもんか。
まず彼女の所属するゼト教? を内包する"大陸聖教会"って奴がそう身綺麗でないという話であった。
それぞれが"自分こそが神聖である"と主張する複合組織なんて、どれかは自分と真反対を向いているものだ。よくひとつの枠組みに収めようなどと思ったな、と。
正直字面はともかく"魔術協会"の方がいくらか真っ当なのではないか。
そんななか、あのゼトの教義である。
"漁夫の利こそ至高、とか言っちゃう連中だぞ"
とは、ケンちゃん氏の言。
俺から見て、あの"ゼラ"が理由もなく人を裏切るような人物には思えないが、Thebesでは世間一般からみて"ゼト信者は胡散臭いもの"という常識が出来上がっている。
そもそも彼女が実は同じ学校の先輩でしたとか、現実に彼女のお姉さんが行方不明になってますとか、俺の口からそのまま言いふらすわけにもいかない。
「その」
重苦しく口を開けば、集まる視線。
眉を寄せ、唇をかむ。
さて。
「プライバシーとかあるんで、俺の口から話せることも限られてくるんですが」
『お、おう』
もったいつけて語る俺に、代表するようにケンちゃん氏が相槌を打ち。
俺は意を決して、"件の名前"だした。
「セーラムを追ってる、って」
俺以外の三人の眼が、すわ、と見開かれるのが、わかった。




