第82回 「だが、嫌いじゃない」
前日。
ゼラとThebes内で会って。
鳥山先生に探りを入れた一部始終を報告。
話してもいない"彼女"との言に、恐らく何らかの関与は決定的。
向こうが提示してきた"セーラムを捜せ"等という提案など無視して、真っ向から病院側を糾弾しても良いのではないか。
俺としてはそう思ったのだが、当のゼラは"せっかく協力的であったなつぴこサンや鳥山主任サンが立場を悪くする"と首を振る。
一年以上も行方不明のお姉さんの手がかり。
ゼラにも葛藤はあっただろうに。彼女は義理立てした。
「言ったろ? セーラムを捜せ、なんて言われたら心当たりの一つ二つくらいあるんだ。まずはそっちを当たってみるさ」
「何か手伝えることは……校長の件だってノーリスクってわけじゃなかったはずです。俺だって、迷惑かけたままではいられない」
「あれはアタシが勝手にやったし、そもそも理由はわからないけど、"第一人者さん"が何とかしてた。気負う事はない。それに──」
「それに?」
「"セーラム"の目撃情報って、実は"ウェスト・ガーデン"に集中してるんだ。このThebesの西の端っこだよ。行った事、ないだろ?」
ない。
以前、ケンちゃんさんに転移結晶石で連れて行ってもらった旧ユリシャ連邦だって現行の正式名称で言えばセレクトリア領ユリシャ市。
つまりあくまで普段生活しているヴァルハラ市を含むセレクトリア国内。地図で言うと西側の半ば頃の街だ。
そこですら自力で到達困難な遠方。その更に向こうなど一朝一夕行ける場所ではない。と、言う事だけはわかる。
「アタシ一人なら、ポータル開放してるからゲートクリスタルからすぐにテレポート移動できるんだ。……気持ちは嬉しいけど、サ」
「わかり……ました」
そう言われてしまっては、返す言葉もない。
歯噛みして、それを見送った。
◇◆◇◆◇
燻るものを抱えた翌日。
2046年 9月16日 日曜日。
ヴァルハラ市、商業区、リバーサイドマーケット。
ケンちゃん武器防具店。
そう、なんか困ったら、ここ。
「で、ここに来るわけか」
「ごめんなさい」
目の前には短い金髪の頭上に、引っ掛けただけのファッションサングラスのお兄さん。顔だけ見ればイケメンの部類ながら、スリムのジーンズはともかく、今日も今日とて"酒は心の海"とか謎な文言が達筆に書かれた白Tシャツ。
来訪した俺の顔を見るなり、めんどくさそうな顔して後ろ頭を掻く。
つまりいつもの街鍛冶師、"ケンちゃん"
「素直に謝れてえらい」
溜息、苦笑、して、俺の頭をぐりぐりと撫でる。
すこしの、掻痒感に顔をしかめながらも。
寄っかかってる自覚はある。
だから彼からのこんな露骨な女扱い、妹扱いみたいなのも、文句を言えた義理もなく。
「まぁ座れよ」
ケンちゃん氏はやりかけていた金属防具の補修を中断して、いつもの丸太椅子に俺を招いた。
◇◆◇◆◇
「なるほど。以前言ってた"ゼトの彼女"だな」
「その、あまり相手のリアルを喋る訳にもいきませんが、だいぶ助けられたんです。それに──」
俺の所為でスケジュールに支障でも出させたろうか。
ケンちゃん氏は最初、俺からは不可視のステータス画面を開いて、メールでも打つ様なしぐさ。
途中から向き直って。
「人探し、ねェ。どういうわけか、"現実"で探してる人を見つけるのに、Thebesで探さなきゃいけないやつがいる、と」
「はい」
「助けたい?」
「はい」
「でも、遠まわしに"足手まとい"って言われた、と」
「…………はい」
袴の膝あたりの生地を握り締めて、歯噛み、する。
俺は、両親にも相談することなく、学校での立場を悪くし、ともすれば退学になるかという憂き目にあった。
それを"あんまり権力を笠に着るのは好きじゃないんだ"とか"親父に泣きついて、条件付きで承諾してもらった"とか、そんな風に助けられておいて。
何も返さない、の、では。
そんな不義理、俺が耐えられない。
「ふぅむ」
ケンちゃんさんは顎に手をやって、無精ひげでも擦る様にすりすりと。
考えている風。そう言うパフォーマンス。誤魔化しの様で、でも俺のこと軽く考えてはいませんよって言う意思表示。
彼のそういう所は嫌いではない。
それに、前述もしたが、"寄りかかる様に"上目遣いを向けてみれば。
鍛冶師は肩をすくめるように、一度視線を外してから、またもどってくる。
「お前ぇ、そりゃ相手にとっちゃ有難迷惑──つまりは自己満足だ」
「っ!」
そう、言われて、息をのんで。
返す言葉なく、返せず、見返す目尻に涙が滲みかける。
俺は──
こんな、"泣き落とす"みたいな態度、何時から、無意識にするように、出来る様に、成ってしまったんだろうか。
溜息。ケンちゃんさん。
妥協、させたろうか。彼にとって望まぬ選択を。させたろうか。
俺が。女の子だから。その涙が。
今や無意識にそれが出来てしまう事に、自己嫌悪して。
「──だが、嫌いじゃない。そういうの」
だから彼のそんなセリフ。すこし、意外で。
え。
って。
ぽかんとした顔で彼を見上げようとしたら、またもや髪に手を置かれてぐりぐりとやられ、わ。わ。って。肩をすくめる。
「──つーわけだけど、二人はどう思う?」
そんなセリフにぎょっとして。
ふたり?
俺以外に誰が、と目をやれば。
ケンちゃん武器防具店の在庫置き場。テントの陰から、人影。
"勇者"のカッコしてた時のマリーさんみたいなティアードのミニスカート。白基調の意匠の服に真っ赤なマントのきゃみさま。
落ち着いた茶系のフードワンピースみたいなのの上から、若草色の丈長の上着を緩く羽織った、高坂。
「ちょっとー。タダで西の大庭旅行させてやるって言われてきてみたら、これはどういう事?」
「みずくさいよ、なっつん。まず最初に僕らに相談、して欲しかったな」
新衣装をお披露目するみたいに、ででーん、と、登場。
きゃみさま、と、高坂。
今度こそ絶句して、呆けた顔でそちらを見ていれば。
含み笑うようなケンちゃん氏の声。
あ、さっきのメール!
なにそれ、何なら答えは決まってたって事?
もう、なんていうか、自分ではらしくないつもりで。
でも抑えが利かず、ぷっくーって頬を膨らませて。
"精一杯拗ねた顔"でケンちゃん氏を振り仰げば。
「と、言うわけだ。行ったらまずゲート登録しろよ? オレもさすがにそう何回も出来ないからな」
にこやかに、"転移結晶石"を砕く、ケンちゃん氏の姿。
嬉しい様な、むず痒い様な、それでいて何だかくやしくて、ありがたくて。
ちょっと扱い切れない感情に、涙ぐみながら口の端を吊り上げて、さ。
「ありがとう。ケンちゃんさん。行って、来ます」
そう言って、袴の裾を翻した。




