第81回 「究極わかりゃしないんだけど」
「"セーラムを捜せ"か……」
「あまりに漠然としすぎてて、俺にはもう何が何だか」
同日夕刻、Thebes内、ヴァルハラ市、飲食街。
落ち合うなり、適当な大衆食堂みたいなとこに入って。
俺と、"ゼラ"こと世良先輩。
お父さんへの反発のように、Thebesではちゃっかり金の輪の耳飾りを身に着けていることに、思わず笑ってしまって。
照れた様に顔を赤らめて、耳飾りを指先で弄ぶ先輩が、普段より少しだけ幼く見えたりした。
なんだか強い、大人の女性、みたいな。俺としてはそんなイメージであったので、嗚呼、彼女とてやっぱり"女子高生"なんだな、と。
で、木造、少し古めかしいというか、年季の入った丸テーブルが並ぶ、外国の古民家といった体の。暖色のオレンジがかった照明の中、プレイヤーノンプレイヤー入り乱れて賑わう食堂の、奥まったテーブルを見つけて陣取り、件のご報告って奴。
二人ともリアルで夕食はまだで、こっちで食べ過ぎてもってんで、ポテトフライと、ミルクチャイ、の様な物。薬草のような独特な香りのある、ほんのり甘い飲み物をちびりとやりながら。
さて、本題だけど、と、冒頭のやり取り。
「いや、こちらとしては"セーラムを捜せ"と言われれば、心当たりの一つや二つくらいはあるんだ。ホント、たすかるよ」
「お役に立てたならよかったですけど、ええと、"最強の暗殺者"ですっけ? 俺にはちんぷんかんぷんで」
「なつぴこサンは原作とか読んでないんだっけ?」
「読んどいた方が良いんですかね……」
「いやぁ、重版もかからない様なマイナーな小説だよ。"原作"だなんて言うけど、愛好家で資産家の誰かが無理矢理作った、ゲームの方が売れちまったってだけの。面白いかどうかは読み手次第じゃないかなーくらい?」
「はぁ」
まぁでも、目のまえのゼラは読んでるって言うし、事ある毎にその"愛好家"ってヤツに出くわすし、何だったら身近なところでケンちゃんさんとかさ。
そもそもこのゲームの原作なんて謳われてるんだから、原作好きのプレイヤーがいっぱいいてもおかしくはないんだけど。
いい加減気になるって言うか。
「それと──彼女、だっけ?」
「……はい」
俺としても気になっているところを聞き返され、余計な考え事は霧散して。
そう、鳥山先生は確かに言った。
"彼女の事かぁ"
って。
ゼラが女の子だと明かさず、探しているのがお姉さんだと言う前に。
何かすれ違いの可能性があるにしろ、"思い当たる女性"が居る、ということ。
ゼラはミルクチャイ──の様な物をひと啜り。
目を、細めて。
「十中八九、黒、ってことか」
「Thebes運営が病院でって話が眉唾にしたって、何らかの関与をしてるのは間違いない、と思います」
「うーん……」
「"セーラム探し"なんてしないで、お父さん伝手に真っ向から病院を糾弾、とかは」
現実的に考えたら、ここまで分かってたら、大人が介入した方がって。
何しろ事はゲームの範疇にとどまらず、現実に人一人いなくなっている。
俺はそう持ち掛けるも、ゼラは渋い顔。
「一般家庭と一般家庭のやり取りなら、真っ先にそうしてるさ」
「"巨大な資本"?」
「そう。それに──」
「それに?」
首をかしげてそう聞き返せば、ゼラはいよいよ眉を寄せて俺を見つめ返す。
数秒。根負けした様に、溜息を吐いて。
「おいおい、見損なうなよ。そんなことしたらなつぴこサンも、その鳥山主任サンも、立場を悪くするじゃないか」
「見かけによらず義理堅いんスね」
少し。試すような口調でそう返せば。
振り払うように手のひらをプラプラとさせて。
「見かけによらずは余計だよ。──そんなに軽薄そうに、見える?」
「見たまんまの、直感的な第一印象では」
正直なところを話せば、ゼラはチャイもどきのカップを傾けつつ、方眉を吊り上げる。
またもしばし見つめ合い、またもゼラは根負けした様に。
少し、拗ねた様に唇を尖らせて横を向いて。
暖色の白熱灯に照らされた、浅黒い肌、頬、横顔、が。
長い金髪が、少しの動揺のように揺れて。
なんだか今日のゼラは可愛らしい。
少し、打ち解けられたと思っていいだろうか。
「遠慮してくれないのなー」
「俺の思うほど、俺を取り巻く"世間"って奴も、俺に遠慮してくれないって、この2年で思い知りましたから」
カップの中の水面に目を落として、そんなボヤキをつい吐き出せば。
ゼラは瞬時に元に戻る──というか、出会った頃の探るような顔に戻ってしまい。
「そっか。もともと男だったって話だったね。ってか考えて見りゃ信じがたいんだけど、ホントにそんなことあるんだ?」
「なんかの嘘や冗談なら良かったと、それこそ何百回と思いましたよ」
「あ、すまん。地雷だったか」
「いいえ? なんだったら俺が一番信じられませんでしたし──信じたくありませんでした。でも現に変わっちゃったし、むかしついてた証明なんてできませんけど、無くなっちゃったし。それこそVRゲームにログインするみたいに、次の日から"見えてる世界"が変わっちゃうんです」
ゼラが。
こう、目を見開いて。それから無言のうちに目を伏せて。
なんだったらいまさら遠慮するように。
「アンタ、強いな」
「そうですかね」
「アタシなら心折れてる」
「折れるかと言えば、何度も折れました。色んなものが怖くなって。心弱くなって。何度も泣きました」
ポテトフライのスティックをつまんでひと口齧る。
断面。カリカリにあげられた外側。中はほくりと。まるで気を逸らす様に眺めて。
「先ぱ──ゼラは、男を相手に殴り倒してしまえるけど。例えば、明日から日常的に面突き合わせるその大半が、最悪取っ組み合いになったとして逃げることすらできない相手になったら、どうします?」
「そりゃ、恐ろしい、な」
「突然。14年生きてきてある日突然そうなった。恐怖、ですよ。でも」
「でも?」
「そこで初めて気が付いたんです。俺が今まで何に気とはなしに話してた女の子たちって、少なからず同じように思ってたのかなって」
ゼラだって、きっと最初から男に殴り勝てるような女の子じゃなかっただろう。
何か、悔しいことが何度もあって。
それじゃ嫌だと思って。変わっていったんだと思う。
「自分がこうなって見なければ、気が付きすらしませんでした。だから、むしろ謝らなくちゃいけないのは、俺の方なのかなって──」
「──なるほど」
差し挟む様な「なるほど」。
何が"なるほど"なのか。
俺からはうかがい知らない得心に、言葉を止めて、ゼラの方を見る。
ゼラは、何か他意があるとかそういう感じはなくて、ただただ納得だという様に。
「なるほど、なつぴこサンはちゃんと女の子なんだな」
「えっ」
"俺は、女の子だろうか"
それこそ自信がなくて、確かめようもなくて。
きゃみさまなんかに"大丈夫、可愛いわよ"なんて言われて、それでも不安は尽きなくて。
しかしながら意外なところから"アンタはそうだ"なんて急に認められて。
とっさになんて返していいかわからなくて、無言で見て返せば。
「でも、よろしくないな」
「え──え?」
ゼラは"言いたいことは決まってるんだけど、うまい言葉が思いつかない"みたいに少し思案顔した後
「アタシは女だったことしかないから、究極わかりゃしないんだけど、そう言うのは男にもあるんだと、思うよ」
「で、でも、俺は──!」
「何も暴力の話だけ言ってるんじゃないんだ。なつぴこサンはさ、2年前に女の子になっちゃって、男の16歳は未経験なんだろ? 無いって言い切れる? 16歳の男に"暴力怖いと対になるような悩み"」
「そ、それは……」
事実としてそうなのだが、俺としてはそれは14歳までで経験したつもりであって、なんとなく納得しがたくて。
──いや、それはやっぱり、つもりなだけで。
言葉に詰まって黙り込む。
ゼラはわざと間を作る様に、言葉を切ってポテトをさくり、チャイ──もうチャイでいいや──のカップを傾ける。
「だからさ」
だから突然再開した語りに少しだけどきりと。
「男は男、女は女、それ以前にアンタはアンタ、アタシはアタシ──そんなに、気負う事はないと、思うんだよ」
かじりかけたポテトをプラプラとはしたなく。
歯を見せてにかっと笑う姉御のなんと頼もしいことか。
しかしながら屈託のない笑顔は苦笑いに変わって。
「男の苦悩も女の苦悩もなんて、一人の人間には無理だし、逆にそんな責任、負えると思ってるならなんて傲慢か、と、思うよ」
そう、言われて。
流石に今さら感極まって涙出ちゃう、とか。
そんなことはなかったんだけど。
やっぱり。
「あ、りがとう、ございます」
「うん? 何でお礼?」
「すげー、救われるものあったんで」
「そ? ならよかった!」
「かるいなぁ」
「重く受け止め過ぎんな、って話をしたんだぜ?」
齧りかけのポテトを何かの導のように掲げ、ニヤリ、と。
「ふふ。そうです、ね」




