第80回 「セーラム」
「セーラム・テリィ・フォースというキャラクターが居てね」
そんなセリフから始まる鳥山先生によるThebes講釈。
いやなんだったら今までだって、俺の性と年齢の食い違いを説明するのに"ベースレベルとジョブレベル"なんて表現出したり。
若者向けのRPGとか詳しい人なのかなーとか、何の気とはなしに思ってたけどさ。
でもどっちかっていうと、俺たちの娯楽とは何だか住む世界の違う大人だと思ってた人の口から。
突然のThebes話だよ。
そこんとこ飲み込むのに、少しかかって。
あ。え? あ、はいはい。って。
すこぶる甘く淹れてもらったコーヒーを啜りつつ。
まぁここまで来たら腰を据えて聞くしかないよなって。
俺は全然詳しくないんだけど、今現在俺の没頭してるオンラインゲーム、ThebesWorldOnlineには原作となる小説があるらしい。
そんな話はここまでにゲーム内で知り合った色んな人から聞いた。
世界を同じくする、複数の主人公の視点からなるシリーズ小説で。
南方の雪国から装甲客車に乗って、行方不明の父親を捜しに行く少女だったり。
西端の魔術学校で、大魔術師の卵として籠の中で生きることに疑問を抱いて、少女が自由を求めて逃げ出す話。
訳有りの若き騎士見習いが、正騎士になる為の試練として地方都市を巡って事件解決する話だったり。
古帝国の遺構に挑む少年が、遺構の最奥で正体不明の怪物に出会い、"ここではないどこか"に行ってしまう話だとか。
それらのエピソード群の主人公たちは。
ひとことで言えばバッドエンド──割と悲惨な結末を迎えたりすることが多いらしくて。
物語に中で散々な目に遭った主人公たちが、最後に頼るよすがであったり。
自暴自棄の末に行きつく夢物語であったり。
そんな、最後の希望のように"塔"の存在がある。
大陸最北の文明の果て。
漠砂と塵の彼方に、実在するともしないとも。
"伝説"
或いは、そう、"夢物語"
オアシスに縋る様にして、逃れられぬ砂の中心。
"テーベ"
そしてそのテーベ市で語り継がれるという、前人未到の巨塔の存在。
"テーベの塔"
旅人が最後に見た砂嵐の中の幻か。
行って、帰ったものなど居らぬものをまことしやかに。
踏破すれば全てが叶う。
その先端は黄金郷へと。
不可能が存在しない"落獄にして聖地"へと繋がっているという。
そもその前哨たる北の荒野を突破したものすらいない。
"テーベの都"など、"塔"など本当は存在するはずがない。
それでも絶望の果てに。
届かぬ希望に手を伸ばして。
或いは失った大切な何かを取り戻すために。
物語の最後に各語り手は"塔"を目指して終わる。
それらの語り手たちの物語を指して"Thebes"という。
長い前置きのその後に。
そんなエピソード群に
"セーラム"
という人物が登場する。らしい。
フルネームを、セーラム・テリィ・フォース。
"彼"を一言で言ってしまうと"最強の暗殺者"なんだとか。
長い金髪をポニーテールの様に高く括っていることが多く、華奢で小柄で色白。
これで耳でも尖っていれば、森人か何かか、といった容姿端麗。
しかしながら十代後半の女性の様な見た目を裏切るように、その実男性。
魔術の心得があり、表立っては雷術師として振る舞う。
また、時代を違える複数のエピソード群のいずれにおいても、どういうわけか十代後半という見た目で登場する。
柔和な笑みのまま、まるで無感動に殺すことができるが、暗殺者、と称される割に、その不意打ちが成功することは実は稀。
しかしながら仕事それ自体はほぼ完遂。
即ち正面から対象を殺害。"最強"たる所以。
おかしな話、"暗殺していない"とも言える。
"殺す為の剣"だとか、単に"殺し"だとか呼ばれ。
差し向けられれば、すなわち死。
時代時代の裏で暗躍する死神の様な象徴。
でー。
結局。結局、だ。
「その"セーラム"さんが、今回の件と何の関係が……」
やってるゲームのオープニングやチュートリアルですら説明されない、ある意味Thebesの成り立ちに迫る講釈は、それはそれで興味深かったのだが。
その、出て当然の疑問を、当然のように投げかけてみれば。
鳥山先生は、三度ずり落ちた丸眼鏡を中指で持ち上げ、何やら難しい顔をしてピリピリと。
「ど──こまで、喋ったらいいんだか……」
「……なるべくいっぱい?」
俺も、首をかしげながら、そう返してみれば。
「だからそれはだめなんだってばー」
徐に後ろ頭をがりがりやり始めるんで、なんだか"ケンちゃんみたい"って、俺としてはそれ以上追及はできなくて。
ズ。と、甘く淹れられたコーヒーをひとすすりして黙り込む。
先生も先生で、それ見て思い出したみたいにぐいーってカップを傾けて。
音を立ててカップを置き、ため息混じりにこちらに顔を向ける。
──苦い顔、なのは。きっとコーヒーの所為だけじゃなくて。
「あんね」
「ハイ」
「今キミたちがやってるゲーム、Thebes」
「ハイ」
「原作に登場するキャラクターと完全に一致する名前は"使用できない"という事になっている」
「……」
「一方で、"原作キャラクター"なんてものはサービス開始時のオープニングイベントで開発陣が扮して以来、ゲーム内に存在しないことになっている」
だから。
なんで。
アンタはそれを知っているんだ。
なんて疑問は差し挟める空気でもなく。
先生自身も"どこまで喋っていいのか"と言う様に、下手に俺が追及したらややこしいことになりそう。
口は挟まず、聞き入れば。
「──ところが、だ」
そんな言葉に、話の流れが変わるのを感じて、疑問を一旦振り払い、先生の方を見る。
まるでドラマの演出みたいに、俯いた先生の丸眼鏡が白く、光を反射して。
「去年の夏以降、Thebes内で"セーラム"を見た。という話が相次いでね」
「! ──それは」
「前述する通り、システム上"原作キャラ"の名前は使えない。しかしながら、目撃者の話では頭上にキャラネームとかは表示されなくて──つまり、NPCとかではなくて」
「セイラムさんとか、†セーラム†さんとか」
「わからない。プレイヤーキャラクターの名前はフレンド登録するか、ステータスウィンドウを覗き込むでもしなきゃ、言動を信じるしかない」
「たし、かに?」
先生は喘ぐように、カップを傾けるが。
中身は先ほど飲み干した。自分の失念に少し、苛立ったように。
流石にちょっと、不憫、と、いうか。
"淹れましょうか"
俺から、そう言ってみれば、一瞬遠慮した様なそぶりの後
"ごめん、お願い"
って。
余裕なくしてるなぁ。
先生はブラックだから、特に考えることもなく、インスタントのそれを匙に適量ポットのお湯に溶いて。
カップを片手に給湯場から戻れば、先生は覚悟を決めた様に苦々しい顔。
"ありがとう"
カップを受け取り、熱い所をひと啜りして。
「──実際に会話した、という人の話では」
「……ハイ」
「頭上に名前はない、ってんで。プレイヤーだと思って話しかけたら、どうにも会話がかみ合わなくて」
「その、自分で"セーラム"だと名乗る人物は、察するに"ゲームにログイン"しているのではなく"自分はその世界の住人だ"と信じ切っているようで」
「え」
「"セーブポイント"だとか"ログアウト"とかのシステム的な話をしても、まるですれ違ってしまったらしい」
「二度、会った、という人の話では、二度目は"仕事を見られたから生かしては置けないんだ"なんて言われて、ろくに会話をする間もなく殺されてしまったという」
「…………」
……まいった。
オカルトじみたところのあるゲームだとは、思っていたけど。
だがそんな電子幽霊的な話をされたところで、世良先輩のお姉さんとどういう関係が……いや、いい加減、なんとなく。
「ねぇ、神谷ちゃん。その家族さんに伝えてくれないか」
「……ハイ」
「"セーラム"を捜して」
「詳しく言えないのは、ホントに申し訳ないんだけど、彼女を追いかけたいなら、現状それが最も近道だから。って」




