第79回 「ウシロメテウスの袖余り白衣」
日付は進んで、裏切りの土曜日。
○○県記念病院技術実験棟。
いや、まぁ俺だって今まで散々お世話になった鳥山先生に対して、真っ向から"裏切る"ってんでもないんだけどさ。
しいて言うなら、そんな恩人がさ。
なんだったら"誘拐の片棒担いでるかも"なんて疑いをかけられてるってことなんじゃん?
それは、晴らしておきたい。
そう思ったって、おかしくはないじゃん。
で、相談したいことがあるって、一人先生の個室兼診察室を訪れて、単刀直入聞いてみたんだよ。
先生Thebes運営に関わってない? って。
そしたらさ──
「ふむ。神谷ちゃんには悪いけど。そのことについてキミに話せることはないな」
なんて言うんですよ奥様聞きまして?
ふぁっつ!?
なんすかそれ!?
いやそこはさ、もうっとこう、"えー? まっさかー、そんなはずないでしょ"とか。
俺としてはまともに取り合うでも無しに否定してもらいたかったんだよ。
それを。
それじゃ。
まるで。
「なん、スか。そんなの。知ってるけど言いたくないって、わざわざ言ってるみたいな……!」
アポは取ったけど、ある程度突然の来訪。オフに非公式ってのもあって、今日の先生の出で立ちはいつもに輪をかけてズボラ。
長めの直黒髪の後ろだけをゴムでひっつめ、ずり落ちた丸眼鏡、白衣は普段よりさらにダボついた袖余り。
"袖越し"にマグの取っ手を掴み、涼しい顔をしてコーヒーを啜る。
場合が場合であったら"あ、ちょっとかわいい"とか思っちゃったかもしれない。
「うん、だから、話せることは、ないよ」
目は合わせず、淡々と。
俺は思わずと言った体で椅子から立ち上がる。
今日は俺もオフなこともあって、ベージュというかライトブラウンというか、明るい茶色の薄手のロングスカート、白のカットソー。きゃみさまに対する建前で買った小さな肩掛け鞄。
わなわなとスカートの横生地を握り締めて。
「俺、先生の事疑いたくないんスよ」
「うん、僕も神谷ちゃんには嘘をつきたくないからだよ?」
しれっ。
あーもう。そーだった。こういうひとでしたー。
俺は溜息を吐いて、すとん、と椅子に座り直す。
「どうしても教えてくれないんスか?」
「やーそれこそボクの上司に対する"裏切り"になっちゃうかんね」
俺の出だしが
"俺が先生にこんなこと聞くのは、裏切りみたいで気が引けるんですが"
みたいに話題を振ったからか、そんな返し。
「逆に聞くけど、なんでそんなこと聞くの?」
眼鏡をくいって持ち上げながら、鳥山先生。
それこそ。
何処まで──話していいか。
ここで世良先輩の名前を出せば、下手をすれば"敵に塩を送る"というか。
今度は世良先輩への裏切りになりかねない。
結局、名は伏せ
「Thebes開発に関わって失踪した、家族を追っているという人と会ったんです……」
とだけ話してみれば。
すわ。と、あれだけ飄々としていた鳥山先生が目を見開いて。
せっかく持ち上げた眼鏡が、カタン、と再びずり落ち。
カシャン。
何の。音。
と、目で追えば。
鳥山先生が白衣の袖越しに持っていたコーヒーのマグカップ。
それが床に落ち、割れ、びしゃりと残ったコーヒーが飛散する。
しばしあわわ、おたおた、と。
大丈夫? かかってない?
あ、大丈夫ス。ソレより拭かないと。
みたいなやり取りがあって。
片付け終わった先生が何やら冷や汗をだらだらと。
目が泳ぎに泳ぎ切って。
精一杯普段通りを装っているものの、隠しきれない動揺がその表情から読み取れ。
「──先生?」
「あーうん。かか、彼女のことかぁ。それはちょっと……その……ますます、話せないなァ」
彼女……
俺は、ゼラが女の子だ、とも、探しているのがお姉さんだ、とも言ってない。
この人がこんなに取り乱すの。めずらしい。
覗き込んで
「教えて、もらえませんか?」
再び問う。
鳥山先生はいよいよ手元で指をちくちくやりだして。
「たたたたたのむよぅ。ホント。ボクだけの問題じゃないんだよぅ」
明後日の方向に目線を逸らして、半笑い。
「──後ろめたい?」
「…………だいぶ」
それだけ返すと、今度は口をへの字で引き結んで酸っぱい顔。
まぁ、後ろめたいし、嘘つきたくないし、俺に対して誠実で在りたいと思ってるのは本当っぽい。
俺は──溜息を吐いて、身を引く。
俺が追及を諦めたとわかったのか、鳥山先生も長く息を吐いて、姿勢を正す。
「わかりました」
「ごめんね」
「納得はしてませんけど」
「ごめんて」
で。っていうのもなんだけど。
で。
弱り切った顔でポリポリと後ろ頭を掻いていた先生が
「そうさなぁ。神谷ちゃん、"セーラム"って、しってる?」
「なんすかそれ」
「キミはThebesの"原作"とか知らないクチだっけ?」
「"原作がある"と言う事だけは」
──逆にアンタは何で知ってんだよ。そんなんもうThebesと関わりがありますって言ってるようなもんなんだけど、あくまで鳥山先生ははぐらかす。
先生のスタンス、というか立ち位置は何処にあるんだろう。
俺をだましたくはない。そこに俺を陥れようとか言う悪意はない。
それは安心できる。半面、なら何で隠さなきゃいけないのか。
いや、"上司に対する裏切りになる"とも言っていた。
やはり組織ぐるみ。関わりがあるのは鳥山先生だけじゃなくて、"第一人者"サンを含めた病院全体……
"僕だけの問題じゃない"
"彼女のことかぁ"
どういう、ことだろう。
うーん。
「その原作の、まぁ作品の中では超有名なキャラクターなんだけどね。作品が有名かどうかはとりあえず置いといて」
「その話と今回の件とどういう関係が」
そして、再び持ち上げられる丸眼鏡。
「まぁ聞いてよ。誰と何がどう、とかはいえないんだけどね。関係はあるんだよ」
「はぁ」
俺が話聞く体勢になると、先生は一呼吸おいて、戸棚から新しいマグを2つとりだして。
"砂糖とかフレッシュ、要る?"
"いっぱいください"
手早く入れられたコーヒーを手に手に、再び腰を据えてから。
鳥山博士は重苦しい口を開く。
「セーラム・テリィ・フォースという人物──キャラクターが居てね」




