第78回 「まっさか~!」
先日の佐藤君の件で恥をかかされた校長が、逆恨みで俺を排除しようと画策。
しかしながらどういうわけか。
学校の内外から、所謂校長の権限ではどうにもならないような"権力"から釘を刺されたという。
"──お前、誰なんだ!?"
大人の男に肩を掴まれて、ちんぷんかんぷんなこと言われて凄まれる。
情けない話、今となってはそれは怖い。恐怖だよ。
そんで知らない。何の身の覚えもない。
いや校長の言う、内部的な圧力。
それは先の世良先輩の言動で、彼女の親御さんがこの学校の理事長だと推測できる。
"クソおやじ"って言い方から察するに、不仲を圧して、俺の為に口利きしてくれたってとこだろう。本当、感謝しかない。
だが"外部"の圧力って?
校長の立場など吹けば飛ぶような"巨大な資本"からの圧力だと言っていた。
俺を、優遇しろ、とかでもない。
"神谷夏日子の当学校卒業まで、いかなる優遇、不遇に関わらず、不当な扱いは許さぬ"
つまり、俺に"触れるな"と。
なんで、そんなことをする?
何処の、誰が?
考えてみれば、何かに巻き込まれる割にはいつも俺自身は蚊帳の外。
もやもやする。
気持ち悪くてしょうがない。
「それがさ。何処の誰かもわからないんだよ」
「えっ」
屋上。
先日、高坂と昼食をとったベンチで、世良先輩と並んで。
横目に世良円香──ゼラを盗み見。
日本人とも思えぬ、浅黒い肌に染色でしかあり得ないほどの鮮やかすぎる金髪。
高く括ったポニーテールがそれでも背に届き。
多分、おろしたら、俺より長いんじゃないかって。
なんならその顔には、ゲーム内の方の、踊り子の様な衣装こそがしっくりくるというか。ぶっちゃけ学校指定のセーラー服からはだいぶ浮いている。
そういえば、ゲーム内外、どちらでも身に着けていた、あのひときわ目を引く金の輪の耳飾りが、今日はない。
「校長の動きを察知して、不本意ながら親父に泣きついた。"めずらしいな、お前が"って顔して条件付きで承諾してくれた」
──条件、付き。
「で、笠原ァ、てめぇなにやってんだって釘さしに行ったら、校長の野郎すでに狼狽えててさ」
「聞けば、大手電子機器メーカーの取締役、自衛隊の装備品を手掛けるような重工業の重役、県記念病院の院長だとか、とにかくいろんな重鎮が一斉に、"神谷夏日子に手を出すな"って言ってきた。何が起こってる? アイツはいったい誰なんだ!? ──ってさ」
正直、頭を抱えた。
何が何だか分からなくって、自分にはどうにも手におえなくて。
困り困って、情けない顔して。
「誰なんすか、俺」
「それが、聞きたいんだけど?」
「俺が聞きたいっすよ!?」
半ば混乱して、語気荒く、返す。
まるで出来の悪い小説の超展開。
なんで?
どうして俺、何処の誰ともつかない"大物"たちに、理由もわからず守られてんの?
あとで清算しろとばかりに何か請求されそうな不安って言うか。
恨まれるいわれは有ってもそんなことしてもらう理由なんて思いつかない。
いや、まてよ?
「県記念病院……?」
「やっぱそこ、引っかかる?」
見れば世良氏も同じく勘ぐるところがあったようで、苦笑しながらこちらを覗き込む。
「それって○○県庁所在都市にある◇◇県記念病院……ですか?」
「そう」
つまり、俺が度々カウンセリングみたいなことしてもらっている、あの鳥山主任研究員が居る。実験棟がある、あの。
そんでもって。
世良氏──ゼラの追う、Thebes開発チームが、俺の検査入院に指定した場所。
でも、院長?
なんなら、俺と関わりがある病院の職員なんて、例の主任研究員、鳥山茶助氏しか知らない。
何か。
どうにも、喉に引っかかるような気持ち悪さがあるものの。
いまいち、だから、どう、と結びつかず。
「あそこの院長は鮫島とか言う引退間際の爺さんだ。──しってる?」
調べたのか、世良がそう投げかけるも、俺は黙って首を振るほかなく。
「あの爺さん本人は大した人物じゃないらしいんだけどね。オヤジの言う事にゃ、でかいスポンサーがついてて、金には困らないからって理由で、色々やりたい放題でね」
「まぁ悪い話ばっかりじゃなくて、資金潤沢なおかげで、あの病院は県内だけでなく、全国的に見ても国内最先端って程の技術を持ってて」
「で、そのスポンサーって奴が、これまたVR技術の国内第一人者、みたいな奴らしくってさ。ようはアンタが入院した"併設実験棟"の方のボスだな。資金援助するかわりに、最新VR技術の医療転用実験なんかをそこでやってるらしい」
「察するに、今回の病院側からの圧力はそのスポンサー経由だと思う。なんつったかな? ほらテレビとかにもたまに出てんだけど、知らない?」
でかかった名前が出ず、思わず俺に振るも。
俺とて努めて最新VR技術の話題を追いかける立場とかでもない。
そんなんつい最近全感覚投入型バーチャルリアリティを搭載したゲームが出始めて。
まさに今やってるThebesWorldOnlineがその最たるところで。
まぁなんならその開発陣をこそ世良先輩の探す先なんだけど。
やーすごいですよね、おもしろいですよね。
──くらいの感想があるだけで。
そんなん医療転用とか最新技術がーとか、ましてや第一人者の名前なんてこれっぽっちも興味ないし、知らない。
俺は──またも──真顔で首を振るしか。
と。
「あ」
「──うん?」
呟いたまま固まってしまう俺に、怪訝な顔で覗き込む、世良先輩。
「国内初の全感覚投入型VR搭載の最新MMO-RPG……秘匿されたその運営、開発。そのメンバーが検査入院に指定してきた病院の併設実験棟のボスが国内VR技術の第一人者……」
「案外、Thebesってあの病院んなかで運営されてたりしてなー!」
「まっさかー!」
「「あっはっはっはっはっは!!」」
二人、芝居がかった動作で、乾いた笑いを漏らすも。
同時にすん、と黙り込み。
「「…………」」
とある県立高校の屋上の片隅。昼休み。
方や、やや見下ろす様に、方や下から抉り込むように。
冷や汗を垂らしながら、ジト目を向け合う。
「……まさか」
「……ね」
と、そこで世良先輩は盛大に溜息。
なにが、と首を傾げ。
「──疑わしいと思ったところで、おいそれと覗き込める相手じゃねぇナ。オヤジにもしばらくは表立って動くなって言われちゃったし」
「え。親御さんは、その、先輩が"お姉さん"の消息を追っていることを──そもそも、失踪を御存じなんですか?」
「そりゃあそうサ。姉ちゃんだってもれなく"理事長の娘"ってやつだかんね。失踪してそのままって事はないよ」
「だったら、もっと本格的に捜索、とか」
「言ったろ? おいそれと覗き込める相手じゃねぇンだ。"理事長様"でもな」
「"財閥"……?」
「っていうより、その"第一人者"サンから資金援助を受けている、各界の大物連中の集まり、って奴だな。なんか、名前があんのかは知らないけど、今回そいつらが校長に圧力かけてきたのは、おそらく"第一人者"サンからのアプローチ」
「…………」
「なぁ、アンタ、伺い知らないとこでその"第一人者"サンと関わりもってたり、しない?」
「それこそ伺い知らないとこで関わってたってわかりませんよ。──伺い知らないんだから」
「だよなぁ~~」
しょぼくれた顔して、世良先輩が紙パックのジュースを啜る。
屋上のフェンスにもたれかかって、はしたなくずぞぞぞぞって音を立てて。
俺としては困った顔でそれを眺める事しか──あ。
「あの、俺、その"併設実験棟"ってヤツに、定期的に通う用事が、あります」
「えっ!?」
世良先輩が目を見開いて、思わず、と言った体で、ストローだけで支えられていた紙パックが地面に落ちる。
カコッ
って言う間抜けな音が響いて。
「マジ……?」
「えっと、俺の素性については……」
「う、ごめん。調べたよ」
まぁ何なら、先ほどの校長との会話を聞いていれば、おおよその見当はつきそうではあるが。
理事長の権限で、俺の家庭事情を勝手に調べたことを悪びれる世良先輩。
だけど今は。俺としては。
「いえ、今はその方が話早いです。ええと、俺が元男ってのも?」
「あ、うん。その顔で自分のこと"俺"呼びなのも納得」
「ええと。俺はこの性転換の所為で色々ありましたが、自分を自分だと証明する過程で協力してもらってる医療機関があって」
「それが、件の"併設実験棟"ってこと?」
「そう言う事です。──恐らく俺の定期カウンセリングを担当している"主任研究員"って人の上司が、その"第一人者"なんだと……思います」
緩慢な、動作で。
世良先輩が紙パックを拾い上げる。
まさか探し続けたものがこんなにとんとん拍子に?
といった戸惑いが、その横顔に。
頭を振る。
長い、金髪が大きく揺れて。
「い、や、そこで神谷サンに探りを入れさせるってのは、ある意味そのカウンセラーに対する"裏切り行為"にならないか?」
「ご心配どうも。でも、俺だって理事長権限行使してもらっておいて、何も返さないほど不義理でもありません。──そう言えば"条件付き"って?」
「えっ?」
「ほら、お父さんに泣きついて、条件付きで承諾してもらったって」
「あ、ああ~~」
そこで世良先輩は何故だか、恥ずかしそうに顔を赤らめて。
うん? 何でそんな反応?
「えっと、何か、代償を払わせたってんなら──」
「あ、い、いや、そんな"代償"ってほど大げさなもんでも──」
「???」
逸らし逸らされる目線を覗き込むように追いかける。
真後ろを向きそうなところで、振り向き、なんかこう弱り切った赤ら顔で。
「あ~~~う~~~~。わ、笑うなよ?」
「え? は、はい」
「親父んとこ行って、助けたいやつがいるって、頭下げた。そしたらさ」
「──そしたら?」
どんな条件が、と、ぐびりとつばを飲み下し、二の句を待つ。
あ、なんか先輩が手元で指をちくちくやり始めたぞ?
「ピアス、はずせって」
「え、あの大きな金色の輪っかの……?」
そう言えばもそう言えば。
今日はつけてないな。なんて。
お父様いわく。
お前にはまだ早い。
装飾に相応しい立ち回りも知らぬまま、背伸びでそんな大きなリング状のものをぶら下げているもんじゃあない。
取り返しのつかないケガを負ってからでは遅いのだ。
「とかなんとか……。なんなら生意気だーとかじゃなくて、心配100%で言ってくるんで、"ア、ハイ、すんません"って言うしかなくてサ」
案外──
案外、だ。
俺の思うほど、不仲ではないのかも?
「ふ、ふふ」
「あ、笑うなって!」
「わかりました。それじゃあ立場を悪くしない程度に、ピアスの仇を討ってきます、ね」




