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第77回 「うちのくそオヤジはアンタの言う所のなんだっけ? って言う話」



 翌、13日。木曜日。

 "佐藤君"が居なかった。

 欠席か。まぁあんな後だ。出てこれないのも仕方ないか。


 そのこと自体にはそれほど感慨もわかなかったが。


 ただ、担任がそのことに触れなかった。

 "佐藤は今日も欠席か"と言う一言が、なかった。

 かといって彼がどうなったとかもなく。


 まるで最初から居なかった体。

 その扱いもどうだ。

 彼に同情はないが、無言のうちに見せつけられる"大人の都合"に辟易と。



 振り払うように、窓の外を見る。


 俺、何がしたいのかな。

 どう、成りたいのかな。


 きゃみさまや高坂が輝いて見える。

 二人と一緒に居たら、そのうちわかるの、かな。


 そんな、漠然とした気持ちがあって。

 昼休み、やはり高坂のいるクラスへと足を向ける。

 約束はしてないけど。


 そう何度も連れ出したら、"冬紀ちゃんとお友達"の関係を崩してしまうだろうか。

 それは申し訳ないなんて思う反面、今は俺が誰かに縋りたくて。

 話したくて。聞いてもらいたくて。



 廊下を、行く。



 ふと、視線に気が付く。

 廊下の先に校長が立っている。

 普通、"何か"なければ"校長"が一年生の廊下で、何かを待ち構えるように佇むことなどない。


 何か。

 ああうん。恨まれた自覚なら連々(つらつら)と頭に浮かぶ。


 ぎくり。と、思いながらも努めてこちらからは触るまいと、顔には出さずにその隣を過ぎ行こうとする。



「──神谷夏日子」



 昼休み、半日の授業が終わり、解放感に沸く同級生たちの大かたは、さして気にする様子もなく、その脇を通り過ぎて思い思いの場所へ。


 内心で溜息、しかしながら名指しされてなお無視できる立場でもなく。



「──はい」



 短く答え、振り返る。

 まいったな。本格的に恨みを買ったろうか。


「──二年前に原因不明の性転換。紆余曲折の末、本人と証明。当時一時の中傷から母親は精神に変調、通院治療中」

「…………」


 調べられている。

 まぁそんなことはかつて色々なニンゲンにされてきたことではあるし、なんなら、入学当初、目のまえの校長に一度説明したことではある。


 しかし、先日のそれで恐らく恨み──逆恨みとしか言いようがないが──を買ったろう今。自分のことを把握されているのは、なかなか心中穏やかで居られない。


 迂闊なことは言えない。

 ただ、読み上げる様に挙げられる、自分の事実。

 "それが何か?"

 というような虚勢を張り付けて、見返すほかない。


 そこで校長も振り返り、憎々しげに顔を歪める。

 ああ、もう。

 そんな顔。やらかした方(さとうくん)に向けてくれよ。


 そこに"小賢しい女が喚きやがって" "お前さえ黙って居れば"というような、弱きをくじく悪習というか、遠慮ない差別意識を感じて、辟易とする。

 この学校、そう言うのに寛容なとこなんじゃないの?

 アンタ、そこの代表者なんじゃ、ないの?


 二の句を待てば。


「──だが、それだけだ。お前が突然女に変わったという以外変わったところのない、何の後ろ盾もない"中流階級"ですらない一般家庭だったはずだ。それを……」


 校長はいよいよ顔を歪めて、憎々しげにそんなことを。


 俺としては。

 ──いや、そうだが?

 としか。あと、こんなほかの生徒にも聞かれかねない、学年の廊下で校長が一生徒を「お前」呼びはどうかと思います。

 ホント、知れば知るほどなんで校長なんかやってられるのか、わからない。この人。


 雲行き怪しくなり始めた言動に、わずかに眉をひそめる。

 ひそめて、さらに先を促す様に、ただ無言で首を傾げれば。



「先日の件で、学校内外双方から"圧力"があった」


「内部はわかる。世良(・・)の末子が居たからな。だが外部の方──」



 その先。

 ああ、その先も気になるっちゃ大変気になるんだけども。

 今聞き捨てならんことを言ったな?


 "せらのすえごがいたからな"……?


 え、なに。

 佐藤君に絡まれてた時に、取り巻き連中もなんやかや知ってる風だったけど。

 世良先輩の親御さんは、校長に圧力をかけられる立場なわけ?


 なんなら、先日の件で何とか俺をやり込めようと、あの手この手を張り巡らそうとするこのタヌキオヤジに、自分の伺い知らないところで"圧力"とやらがかかっているって辺りで、だいぶ平静でも居られないんだけど。



「最先端医療、最新鋭の電子機器等、多岐にわたる業界の大手、それらをスポンサーとして動かすとある"財閥"ともいえる団体から、警告があった」


「神谷夏日子の当学校卒業まで、いかなる優遇、不遇に関わらず、不当な扱いは許さぬ、と」


 そこで、思わずと言った体で、一歩踏み込んできた校長に、両肩を掴まれる。

 瞬間、また、ぞわりと。


 ああ、治ってなどいなかった。


 頭が真っ白になって、動けなくて。

 呼吸が浅く、早く、なって。


 校長がいら立ったように肩を掴む手に力を込める。

 校長はどちらかと言えば"小太り"と言った表現が当てはまるような。

 男性としてそれほど高身長でも無ければ、肥満というほどでもないにしろだらしのない体型。

 しかし対面して、自分とは歴然と違う体躯に、やはり萎縮してしまって。


 痛い。


 ──怖い。



「私の立場など吹けば飛ぶような"巨大な資本"だ。なぜウチなんだ? なぜお前のような小娘が目をかけられる? お前──"誰"なんだ!?」

「…………!!」



 し、知らない!

 そんなの、知らない!

 校長の言う通り、両親ともしがない会社員で、共働きしなきゃ成り立たない様な経済状況の、何の変哲もない家族。その一人息子。

 二年前に原因不明で息子が娘になっちまったってだけの、普通の家庭の。

 年頃の娘を一人暮らしさせるのに、普通に心配する父。でも転換当初の中傷から俺を守っておかしくなった母と、俺の内面に配慮して、距離を置くことを許して。

 仕送り分を賄う為に母とて、元の職場に居られないながら、それでもパートタイマーに出ていて。そんなしがらみの中で生きる、普通の女子高生だよ。


 校長の言っている意味が理解できず、それでなくても"大人の男性に威圧的に触れられている"状況に、何も考えられなくなっているのに。


 混乱、する。



「──それを"不当"って、いうんじゃないっすかねぇ」



 声に。

 校長ともどもハッとして振り仰ぐ。


 見れば、すぐ後ろの壁にもたれて腕組みしている、世良先輩。


 校長は舌打ちすらして、俺から手を放す。



「監視のつもりか。世良の小娘が」

「アタシが小娘なのは否定しないけどね。ウチのくそオヤジはアンタの言う所のなんて言うんだっけ? "リジチョー"?」


「チッ "財閥"からは"優遇せよ"とも言われとらん。ああ、関わり合いなどこちらがごめんだ。せいぜい卒業まで問題は起こしてくれるなよ」



 なんだか勝手な納得をして、校長は生徒の前で舌打ちすらして去っていく。


 な、なにが、なんだか。

 リジチョー。……理事長?

 世良先輩の親御さんてこの学校の理事長なの?


 唖然として、世良先輩を振り仰げば。



「ごめん。こんな権力を笠に着たやり方は嫌いなんだけどさ」


 そう言いながら、俺に近寄ると、先程まで校長につかまれていた俺の肩──セーラー服の襟を、まるで汚れているかのように払う。


「まぁ、そうでなきゃ守れないってんなら、いくらでも振りかざすさ」

「理……事長、って」


「まぁたまたまだよ。自分の生まれた家がたまたまそんなんだっただけ。って、思いたいんだけどね。──幻滅、する?」

「あ、いえ、ありがとう、ございました。でも、外部の圧力とかって──」



「場所、変えようか。そろそろ人目を引いてる」



 校長と話してる時は見過ごされていたものが、世良氏が来ると注目されるのも何か笑えるものがあるが。何なら通り過ぎ行く同級生の好奇の目がちらほらと。


 たしかに、このまま廊下でって話題じゃなさそう。



「あ、は、ハイ……」



 昼食の予定は、変更だな。

 高坂に何か約束を取り付ける前で、よかったな、なんて。





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