第76回 「独白」
望むか望まないかで言ったら、これっぽっちも望んでなんかいなかった。
俺は、何に成りたかっただろうか。
どう在りたいと思っていただろうか。
変わってしまった2年前から、幾度となく繰り返してきた疑問。自問、か。
Thebesのハンターズギルドでクエスト後の打ち上げして。
そろそろいい時間なんで、って、解散になって、ログアウト。
現実。市内。海沿いの、古い波止場町の、主幹道路から一つ裏手のアパートに、一人暮らし。
飾り気のない、白い壁紙の天井。
玄関入って短い廊下。左に対面キッチン。
右にバストイレ別。真ん中の脱衣所みたいなとこに洗面台と洗濯機があって。
奥に自室。埋め込みのクロゼット。
ベッド。デスク。デスクトップPCから繋がった、ヘッドギア型の全感覚投入ログインデバイスがベッドわきに。
床に、明日洗うと決めた、脱ぎ散らかした部屋着。飾り気のないカットソー。ウエストがゴムの"油断"スカート。
明日も着ていく学校指定のセーラー服だけが、綺麗にハンガーにかけてあって。
ベッドに転がって。
最近外では髪を下ろしているが、さりとて背中まである髪をそのままにして部屋でゴロゴロしてたら、煩いことこの上ない。
なので部屋では、ヘアゴムとシュシュの中間みたいな緩いゴムで、雑に毛先だけまとめてることが多い。
夏場だし、股下まで隠れるようなでかいシャツと、下の下着だけ。
上の下着は寝るときゃ外しちゃう。蒸れるし、寝苦しい。
男んときゃ無かった感覚で、とにかく億劫。
寝る時だって下着で矯正しとかないと型崩れがー、とか、きゃみさまなんかは言う。
こんな胴体から少しも突き出てない胸が、どっち向きに歪むってんだ。
こんなもんなんじゃないの?
普通の女の子がどうしてるかなんて知らない。
調べないし、知ろうとも思わない。
仰向けに寝転がって放と天井を眺める。
俺は、女の子だろうか。
──俺は、俺だよ。
元、男だろうか。
──俺、だよ。
結局、何方にも成れない何か、だろうか。
──だから! "俺"じゃ、だめなのか!
身体は、完全に女性の形してる、らしい。
多分、そうなんだろう。
ただ華奢ってだけの、起伏に乏しいながら細身で色白の。
なんも生えてないつんつるてん。
この身体で、もう700に及ぶほど風呂に入って、自分で洗って。
いやというほど事実として叩きつけられて。
いや、実際本当にそうか、なんてわからないよ?
自分以外の女性の裸なんて、見たこともないし。
確かめさせてっつったって、許していいものでもないだろうし。
ただ県を代表するようなでかい病院の、技術実験棟主任研究員なんて人が。
"貴女の身体は完全に女性の形をしています"
なんて言うんだから、多分そう。
ただ鳥山先生の言う事にゃ、機能的には完全な女性であっても、性徴段階としての女性性は"2歳"で。
今の俺の身体は、女性というよりは、身長だけ158ある"女児"の様なそれである、とかなんとか。
まぁ、とにかく、無いもんは無い、ので。
なので。
だから。
女の子として振る舞った方が、合理的。
今の俺の姿見た目は"オレ女"ってほどの男気すら残っていないらしく。
きゃみさまに言わせりゃ"痛々しい"ってやつで。
現に、この顔で俺が自分を"俺"だ、と言うだけで、大抵の相手は目を丸くして黙り込む。
最近、そこにはある程度納得してしまって。
かつてあれほど強く在った、こんな身体嫌だ、戻りたい、男の身体に戻りたい、なんていう。
そんな気持ちはだいぶ薄れてしまった。
虚象に突き付けられて、"死ぬほど恥ずかしい"と思ったのは。
女の身体に、男の自我を持ち続けていることか。
それとも、未練がましくいつまでも"もどりたい"とゴネている自分か。
おそらく、後者であったから、あのとき、すこし、変わった。
"男に戻りたい"と強く願う俺は、もういない。
さりとて女であるいま、これ以上どうなりたいとか、正直、ない。
かつてはどうであったか。
男の時の俺は、何か、なりたい姿が合ったろうか。
もう、覚えていない。
なら、俺は、何だろうか。
今、何者だろうか。
今、どうしているべきで。
どうなろうと思っているべきで。
今後、どうなるべきだろうか。
わからない。
こんな境遇。
望むか望まないかで言ったら、これっぽっちも望んでなんかいなかった。
最近、きゃみさまや高坂とつるんでいて、度々思う。
二人は方や女の子になりたくて、方やただ可愛くなりたくて。
なりたい自分の姿があって。
色んなものをかなぐり捨てて、それでも足掻いて、手に入れた。
そしてもっと、もっと、って。
今も、弛まぬ日々を送っている。
"じゃあ、俺はなんだ"
何かしらの男女の仲間内として、二人は俺を同列に扱ってくれる。
でも違うんだ。
俺だけが何もしていない。
労せずして二人が欲しかったものを与えられ、手に入れ。
あまつさえ"こんなものいらない"って。
欲しがっている奴からすれば、縊り殺してやりたいほどの嫉妬があるだろう。
有って、然りだと思うんだ。
それでも二人は俺に笑顔を向けてくれるんだ。
きゃみさまなんて"要らないなら寄越せって言えることじゃない、人それぞれだ"と、そんな風に言ってくれた。
きっと喉から手が出るほど欲しかったはずだ。
"要らないと言っている貴女には追い討ちをかけるかもしれない"
"アタシ、それでもやっぱり、貴女が羨ましい"
逃げ込んだいつかの喫茶店で。
それはきっと、飾ることのない本音だったろう。
窓の外に向けられた寂しげな視線が、俺から反らされた故のそれであったのか。
わからない。わからないけど。
だけど、二人は大人だ。俺なんかより、ずっと。
欲しいただ一つの為に、きっと、色んなものを諦めて、達観して。
"ねぇ、なっつん、今、楽しいね"
って。
そう考え始めると、自分が恥ずかしくて仕方がなかったんだ。
昔は、男の自我に女の身体であることが、恥ずかしくてたまらなかった。
今、それは無くなった。
いまは、あの二人に囲まれて、それでも何者にも成ろうとしていない自分が。
今も、これからも、ずっと、あの二人に囲まれて、笑っていられるはずなんだって。安心して。安堵して。ホッとして。考えるのを止めて。
それでいいんだって思ってる自分が。
たまらなく恥ずかしい、と、思ってしまった。
なぁ。
なぁ、神谷夏彦、何がしたいんだよ……




