第75回 「フィッシュ&チップス」
「せーのっ」
「「「おつかれさまー!」」」
テーブルを囲んでジョッキをぶつけ合う。
ここはThebes内、ヴァルハラ市行政区はハンターズギルドのテーブル席。
ストーンゴーレム撃破後。
"これで討伐報酬ゲットだ"
と、ホクホク顔で帰路に就こうとする俺ときゃみさま。
それを尻目に高坂が、粉々になったストーンゴーレムの残骸を何やらごそごそ。
何やってんの?
って当然戻って様子をうかがう。
"滞留魔力に中てられて、魔力を帯びるって、言ったじゃない?"
うん確かに?
って、残骸から高坂が見つけ出したものを覗き込む。
ニッコニコな笑顔で振り返る高坂。
その手には何やらきらきらと光沢のある、水晶のような鉱物。
"魔力結晶石"というらしい。単に"魔晶石"と略されることも。
なんか見たことあるなって思ったら、なんと以前ケンちゃんが使ってたような、転移結晶石とかの材料なんだって。
高坂は依頼書の内容というか、ゲーム背景みたいなところをちゃんと楽しんでいて。
自然環境下で魔力に中てられた所謂"天然ゴーレム"であるならば、当然それの核に相当する魔力体があるはずだ、と推測したようだ。
結果は的中。残骸からはドロップアイテムとして魔晶石が、というわけだ。
で、それが何だよ?
テレポートアイテム欲しかったの?
ってなるじゃん?
ちゃうんすよ奥さん?
以前にきゃみさまも語っていたが、このThebesではテレポートアイテムはとにかく高価い。
ならばその素材アイテムの価値も推して知るべし、ってやつでさ。
まずゴーレムの討伐報酬が1000シルバー。
この一人当たりの割り当て333ってのは、俺たちのキャラクタ―レベルでの、一晩の稼ぎとしては順当な額だ。
と、そこへ加えて換金した"魔晶石"の売却額が何と1500だという。
いきなり跳ね上がった報酬に、一同歓喜して。
今日くらいはいいよねって、そのまま報酬を受け取ったハンターズギルド──酒場みたいになったその施設内で打ち上げ、というわけだ。
で、話は戻って冒頭、カンパイからって奴で。
木造の店内。白熱灯みたいなオレンジがかった暖色の照明。クエストボードや、受付のジョセフ氏は入り口付近に寄ってて、奥の方は丸テーブルが並んでてさ。
奥側の4人掛けの席に陣取って。
んぐんぐと、しゅわしゅわ泡立つ透き通る液体を流し込み、どんとテーブルを叩くようにジョッキを置く。
「あ゛~たまんね!」
「ちょっとなっつんオヤジ臭いわよ」
「まぁバトルクエストの後の飲み物は格別だよね」
「現実のアタシ等、指一本動かしてないんだけどネ」
「……言うなよォ」
けちょん顔でぼやけば、桃髪の彼女も苦笑でかえす。
ここがVR世界の中である以上、肉体労働もへったくれもない。現実の俺たちにはダイエットのダの字にもなっていない。
しかしながらアバターとはいえ脳信号を疑似接続された、ほぼほぼ"憑依体"のような第二の肉体。これを駆使して戦闘行為ともなれば脳疲労もそれなり。
となれば労働後のこの一杯はやはり格別。
しゅわりと炭酸の利いた透き通る液体。
え? ビール? ちがうちがうソーダ水。
──そういやお酒、って。あるのかな。
あったとして、全感覚投入型のVRで酩酊したりするんだろうか。
一瞬考えかけるも、そもそも俺たちは未成年。
リアルですら飲んだことのないものを、Thebesで再現されたとて、そのありがたみすらわからないというもの。
俺はバスケットに山盛りにされたチップスの中から、骨付きのチキンバーみたいな奴をつまんで、むしるようにひと口。
「あ、うま」
「ハンターズギルドって、こんなフィッシュ&チップスみたいな軽食出してくれるんだね」
つられたように高坂も骨付きチキンバーを手に取って。
あ、両手でもって上品に食べてる。
いや高坂は元からそうだったし、なんだったらチキンバー食うのに、上品もへったくれもあるかって話ではあるんだけど。
でも高坂が女の子みたいなカッコするようになって、むしろこう、"比較対象"になっちゃったというかさ。
俺は、チキンバーの持ち方ひとつとっても粗野な自分とつい比較して。
誰に何を言われたわけでもないんだけどこう、照れ誤魔化しにメニューを手に取る。
「"ハンターズ"ギルドって言うくらいだしな。なんかジビエの類もあるみたい。……お、鹿肉のステーキだって。50シルバー」
「こら。ここでガッツリ食べるつもりはないわよ? それにシカってちゃんと臭み取りしないとけっこうキツいんだから」
隣で見ていたきゃみさまに叱られる。
まぁ臨時収入があったとはいえ、これからお金を溜めなきゃってとこ無駄遣いも出来ない。
俺は渋々とメニューの冊子をスタンドへ戻す。
「きゃみさまは、鹿の肉って食べたことあるんだ?」
高坂が何気なくって感じでそう聞いてみれば。
きゃみさまは何を思ってか、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて。
「い、いちおー、ね」
ますますわからないな。
ホントにきゃみさまって何者なんだ。
普段の──いや、普段から俺たちとつるんでるんだから、会ってない時ってのがそもそもそんなにないはずなんだけど。その、裏の顔って言うか。
県を代表するようなでかい病院の技術実験棟主任研究員と旧知。
以前の事件で、隔離された特別病室に一人で入って来れたのもそのせいか。
俺たちと同じ年頃の高校生。それにしたって"多分"ってくらいの確度。
目にも鮮やかな桃髪。ピンク。普通の親なら発狂物。
MtF。自分で切っちゃった元男にしては華奢。
どういうわけか、その言を信じれば施術は十歳未満の幼少期。
成長過渡期前の施術により、決定的な内臓器官はともかく、ほぼほぼ女性的な体型。
俺に、少し過度な貞淑さを促すわりに、本人はそこそこガサツ。
食べ歩きするし、ホットドッグとかの片手物を頬張って食べる。
今回なんかジビエとか食べたことあるって言う。休日は狩猟に同伴したりとか、俺たちの知らない趣味があるのか。
かと思えばふとした拍子に揺るぎない信念を見せたり。
窓の外を眺めて、両手でコーヒーカップを持ち上げる所作になんだか繊細さを感じたり。
そういや、どんなに暑くても、ホットで飲むよな、なんて。
気になる。と、いえば、気になる。
でもこういうのって、こっちから聞くのってなんだか"ルール違反"な感じがする。
例えばケンちゃん氏みたいな、完全な"ネット友達"に何処の何方ですかって聞いちゃうみたいな。
ある程度気心の知れたリアルの友人にしたって、それは"親しき仲にもナントヤラ"ってやつでさ。
「何よ難しい顔して。ボーっとしてたらほらっ、チキンバー最後の一本もーらい!」
そう言ってバスケットからチキンバーを掻っ攫う。
紙巻になった柄の部分をつまんでウインクひとつ。実に彼女らしいというか可愛らしいというか。
いや、彼女らしいとはどういう事だろう。
思い返せばどんな顔だって彼女はしていた気がする。
なんにせよ──
「あ、狙ってたのに!」
「呆けてる方がわるーい」
「まぁまぁフィッシュナゲットとかポテトもおいしいよ?」
「ナゲットにタルタルソースほしー」
「ディップソース各種、別料金で5シルバーだって」
「よっしゃタルタルとケチャップ追加だ! ──いいでしょ? きゃみさま」
「いいけど、アタシ、ポテトはソルト系のがいいわ?」
「じゃ、それも追加で」
「無駄遣ーい」
「5シルバーにケチ臭い事言うなよォ」
なんにせよ、今は、まだ。
有耶無耶でも、いい。




