第71回 「羨ましいと、思っていた」
前回に引き続き、Thebes内、マーケット端にある服飾店Agesの試着室兼事務所。
いつもの格好に長い、腰上くらいのアッシュブラウンのウィッグ。
途中で買い足してた革裏打ちの外套とかグローブは流石に合わないってんで外してはいるけど。
高坂はなんだったら、それだけでとても可愛かった。
やはり髪から最初に、というのは良かったと思う。
服はこれからきっといくつも買う。色々試す。でも髪は。ひとつ、彼──彼?──彼の、アイデンティティであったかと思う。
サキさんに前髪を整えてもらった高坂が、椅子から立ち上がろうとして、ふいに顎が上がる。
「んっ」
そのまま自分の腰裏を確かめようとして、でもいまいち追い切れず、身体のひねりに合わせてふわりと毛先が広がる。
「どしたの?」
声を掛ければ、何だか高坂はそれすら新鮮と言った感じに顔をほころばせて。
「髪って、結構、重いんだね」
「フフ。そうね」
苦笑して、きゃみさまと、俺。
何ならそれは俺もあった。
きゃみさまは女の子になる過程で伸ばしていったんだと思うが、俺や高坂は"次の瞬間突然髪長い"みたいな経験だから。
俺のは背中くらいだが、自覚してすぐは後ろ頭に重みを感じて仕方なかったし、振り返ればいちいちなびく。
"うわ、遠心力~"
ってな塩梅で。
俺にしてみれば、それがうっとおしくて仕方なかった時期があった。
でも高坂はそれが欲しくて仕方がなかった。
ひとつひとつ、煩わしさすら、愛おしい。そんな顔で。
何かになりたくて。憧れて。努力して。
成って、見せた。
はにかむ高坂の笑顔が眩しくて、なんだか、羨ましくて。
俺は。
どうなろうかな。
なりたい姿なんて、あったかな。
ふと、思い至る。
きっと。
たぶん、だけど。
俺は。
"元の姿に戻りたい"
なんて思っているうちは、きっと何者にも成れないんだと。
そんな気がした。
「いいわね、すてきよ。──でもちょぉっとダメ押し、しておきましょうか!」
「だめおし?」
はつらつとした声で、サキさん。
またも考え事の向こう側から引き戻され、いかんいかん、と。
にしても、ダメ押しとはなんぞや?
俺たちはそろって首をかしげる。
サキさんは高坂の横について何やらごにょごにょと。
指示されたらしい高坂は何やら手元をごそごそ。
察するに他人からは不可視化されたステータス画面を操作している様子。
「そう、そこ。全体の装備フィギュアの横にアイコンで今どんな服着てますってのがひとつひとつ書いてあるでしょ? タップしてもらって~」
「サイズ調整? え、こんなのあるんですね」
「そう、それを、そうねぇパンツは+1、上はどっちも+2くらいしてみて」
不思議そうな顔した高坂が手元を操作すれば、俺ときゃみさまが首をひねるその目の前で。
こう、ぽん。ぽん。ぽん。って。
高坂の着ている衣服装備が次々とサイズアップし、緩んでいく。
もともと緩いイメージのカーゴパンツは靴に垂れ下がり、シャツは大きく襟口が空き、裾は股間まで隠れるくらいに。
空いた襟口はうまい具合にカーディガンみたいな上着で隠れるも、その袖口は大きく余り、所謂"萌え袖"と言う奴に。
新しい服買うのは無理だけど、今着ている服をオーバーサイズ化してよりガーリーに。という事らしい。
なるほど、どんな服でもピッタリサイズになるのは、所謂"折角拾った高価な装備が着られない問題"の為かと思っていたが。こんな機能もあるんだな。
服の緩んだ高坂はこう、ちょっとフワフワした感じのおねぇさんって感じ納まる。
やはり高身長感は否めないが、随分小柄に見えるようになった。
俺たちと並んでしまえば、どうしても"お姉さん"なのだが、男性の隣に立てばまごう事なき"女の子"ってやつだ。
うわ、すご、変わるもんだねって、みんなで驚いていれば、サキさんはさらに奥から何か取り出してきて。
「あとこれ、サービスしちゃうから、良かったら使ってみて」
「え、いや、わ、悪いですよ」
「まぁまぁ、先ずは試してみて」
そう言ってもう一度椅子に座らされ、少しごつ目のレザーのブーツだった靴が、なんかこう、かかとのないベタ付きのパンプスみたいな、すっきりした白い靴に履き替えられる。
「????」
「最初のうちは、薄くて地面がダイレクトに感じられて気になっちゃうかもだけど、丈夫に造ってあって破れたりとかは心配ないから」
たちあがってみれば、すごい、2cmは低い。
なるほどさっきの靴、靴底がほとんど無いのだ。
「まだよまだよ~」
「わ。わ」
焦っちゃダメ、とばかりに捕まえられて、椅子に戻される高坂。
サキさんは、何処から取り出したのか。そもThebesにそんなものあったのか。いつもリアルできゃみさまが持ち歩いてるみたいな、化粧道具。
緊張の面持ち、ちょっと及び腰の高坂にさらさらと。
眉を整えて、少しだけ目を大きく見せる様なアイライン。
控え目な色味でチーク、リップ。
「できあがり~」
陽気な声で、見てみてって感じで、サキさんは脇に退く。
ちょっと恥ずかしそうに。
余った袖口を指内に抱えて、"ど、どうかな"って、両手を広げて見せる、高坂。
いやなんだったら、元から女顔だったよ?
でもすごいんだ。今の高坂は、もう誰がどう見たって"可愛い女の子"ってやつでさ。
大きく開いた襟口に、それでも下着の気配のないそれに思わずドキリとしちゃったりして。そういや男だったよねって、その白い鎖骨から目を逸らして。
何なら当の本人は"性自認は男性"とか言ってて。
今も、アバターの性別は男性のまま。でも可愛くて。
すごい。すごいな。
世の中にはいろんな人が居て。
なりたい姿がいっぱいあって。
その夢をかなえるための、先人の知恵って奴が、いっぱい、あるんだ。
「すげぇ! 高坂、めっちゃ可愛い!」
「ねー! 言ったでしょ! 可愛いって、作れちゃうんだから!」
「うん、うん、ありがとう。ふたりとも。サキさんも」
嬉し泣き。じわりと目尻に涙が浮かび。
あ、化粧落ちちゃう、どうしよ、ってそれを持て余す、高坂。
何だか優しい気持ちに、なって。
「いいと、思うよ」
「え……?」
なにが? って感じで。隣ではきゃみさまも首をかしげて。
そんな高坂に微笑みながら。
「泣いちゃっても。いいと思うよ。ここはThebes。くずれちゃったり、しないから」
いよいよ涙をあふれさせ。
でも、歯を見せて笑う高坂が、ホントに、ホントに綺麗で。
俺は、きっと、その顔を羨ましいと思っていた。




