第70回 「長い髪、憧れます」
「ここが、"エイジさんのお店"……?」
「そーそ、ここならきっと、高坂のこと"可愛く"してくれると思うんだ」
高坂と屋上で昼めし食ったその夜。
俺たちは"ファッションで困ったらまぁ、ここだよね"って。
Thebes内、ヴァルハラ市、商業区はリバーサードマーケットと内地部の境界地のようなところに店舗を構える、服飾店Ages。
ここいら、つまりゲーム版Thebesで言う所の、ヴァルハラ市近辺では右に出るものが居ないと言われる、"伝説の"服飾プレイヤー、"エイジ"の営む服飾店。
ご夫婦で営んで居られ、男女気兼ねなく相談できるのもあって、度々お世話になっている。
俺のセーラー服やきゃみさまのキャミワンピなんかをオーダーで仕立てたのもここだし、俺個人で言えば今着ている着物や袴、小物や、さらに言えば下着に至るまで用立てていただいた経緯がある。
まぁ、今回はゲーム内の高坂を"可愛くしたい"ので、奥様のサキさんの出番、と言ったところだろう。
軽く事情を説明したところで、Agesの店内。
俺、きゃみさま、高坂、そしてサキさん。
ログハウスみたいになった事務所兼試着室。
嬉々として高坂を視線で舐め回すサキさん。ちょっと犯罪すれすれな感じのアレ。
「可愛くなりたい!? まっかしといて! このAgesの敷居を女の子として跨いだなら、貴方はもう──」
「いぁ、あの、可愛くなりたいのはそうなんですが」
「性自認は男性らしくて……」
「????????????????????????」
「おー混乱しとる混乱しとる」
「高坂みたいなのって、やっぱレアケースなのかなぁ」
「朝おんに言われたァ無いんじゃ!」
「えーだぁってよぅ」
「い、いや、あの、なんか、すみません」
心底申し訳なさそうに縮こまりながら、こちらではまだ茶髪少年の高坂。
サキさんは口をVの字にして"ようやく笑顔"って感じのまま固まってしまっていて。
いや、なんならホントにめんどくさい3人組だよな、と。
「え、えふん! な、なるほど事情はなんとなく分かったわ」
ほどなくして復活したサキさんはもう"仕事の顔"になってて。
高坂をしげしげと舐め回す様に眺めながら、周りをくるくると。
高坂は何だか緊張して固まってしまっていて。
「んーすごいわね。地が可愛いから、服だけ女装してもまんまいけそうな気がするわね」
「そ、そうですか?」
それは高坂にとっては誉め言葉。まんざらでもなさそうな照れ顔で、サキさんを目で追うが。
サキさんはかがんだ姿勢から、高坂を上目遣いに見上げて。
「──でも、それで満足しない、でしょ?」
「!」
そんな風に言われて、どきりとしたように目を見開く高坂。
そのまま顔を赤らめて、観念したように目を閉じで息を吐く。
「はい」
「すなおでよろしい!」
◇◆◇◆◇
ひととおり、体型を観察されるだの、質問されるだのあって。
じゃ、こっから具体的な話、してきましょって。
服飾店Agesの、事務所のテーブルに寄り集まって座る。
「ええっと、ご予算聞いてもいいかしら?」
「あ、えっと。今日は相談だけのつもりだったので3000くらいしか……」
それでも結構な額を提示する高坂。
いやコツコツやるタイプだとは思ってたけど、ちゃんと稼いでるんだなぁって。
提示額に自信がなさそうな高坂に、きゃみさまははっとした様に
「あ、アタシ! 1500なら出せます!」
なるほど。そこまでされりゃ俺だって黙ってるわけにはいかない。
「あ、お、俺も1000……せん、にひゃくまでならぁ」
「この後のお茶代くらい残してもいいと思うわよ?」
苦笑してそんなことを言うきゃみさまに、渋い顔の俺。
ハイ、浅ましくてごめんなさい。
口々にカンパの声が上がる中、高坂は恐縮した様に手を振って、遠慮のしぐさ。
「い、いあ、そこまでしてもらうわけには……!」
「あらぁ、じゃあ予算は4500……っと」
おっと許された俺のお茶代。
「んー少しは勉強してあげたいのだけれど、今日の所はいじれるとこ限られてくるわねー」
「ですよね……」
「服は、そうねぇ。こう言うとちょっと男女差別になっちゃうんだけど」
サキさんはそう前置いて
「男性的な見た目に対して女性的な服は、一般的に受け入れられ難いけど、その逆は所謂"ボーイッシュ"で済むとこあるじゃない?」
「それは、まぁ」
「そうかもしれないですね」
「えっ」
口々に賛同の声が上がる中、疑問の声。
何を隠そう、俺。
「だったら俺、もうちょっと男っぽいカッコしても許され──」
「ダメ」
言い終わる前に間髪入れずにダメ出ししてくるきゃみさま。
あ、ハイ。ってしょん、て小さくなる。
流石に横暴言ってる自覚があるのか、きゃみさまはこちらに目をやって。
「似合う似合わないってある程度は誰の所為でもないから、酷なこと言ってるとは思うんだけどね。"貴女のボーイッシュ"はちょっと背伸び感が強くて、痛々しくて見てられないのよ」
「きゃみさまの"趣味"以外にちゃんと理由があったことに驚きです」
「なんですってぇ?」
「まぁまぁ、お話、続けていいかしら?」
「「あ、ハイ」」
咳払いひとつ。
再びサキさんに注目が集まって。
「服は究極いまのままでも、"男女兼用"で済むとこあると思うのよね。だったら先にいじるんならウィッグの方かなって思うんだけど、どうかしら」
ブッシュグリーンのカーゴパンツに黒シャツは、何だかアーミースタイルでどちらかと言えば男性的かなとは思うが、予算の関係で"顔からいじる"には賛成だ。
きゃみさまもそれには頷いていて、なにより高坂自身が納得してそう。
「そうですね、僕もその方が望ましいです」
「じゃ、決まりね」
"どんなのが良い?"
なんて質問から始まって。
あくまで"現実"の予行演習みたいなもんだから、あんまり突拍子もない色だと後で再現しにくいよね、なんて話してたら。
"え、このアバタースキャン直なの!?"
って、サキさん。
女顔だよなぁとは、俺も思う。
きゃみさまなんか、でっしょぉぉ? ってなぜか彼女が得意げ。
"男性ホルモンって罪ねぇ"
今の高坂が、やがては必ず失われてしまう事を指してか、サキさん。
そう、なんで。
なんで、人間て、そこ、選べるように生まれてこないのかな。
こんな息苦しさ。感じないで生きられたなら。どれほど楽だろうか。
「なっつんはどんなんがいいと思う?」
ふいに振られて。
ああ、すぐ考え込んでぼーっとして、声かけられてハッとして、え、何々って。
最近多いな。いかんいかん。
「あとで再現したいんだろう? 長さや髪型はともかく、色は地毛か、学校でやってる今のウィッグからそう違わない方が良いんじゃないかな」
「じゃ、間を取ってダークブラウン? もう少し遊んでもいいと思うけど」
きゃみさまは不満げだ。
リアルからしてピンクの彼女は、こう、世間への体裁って奴が俺たちと少し、違うのではないか。
「サキさんのそのアバターの髪色なんか、ちょっと憧れます」
「あらぁ、何それ、ちょっと嬉しいわ?」
サキさんの髪は長いアッシュブロンド。
おずおずと高坂が主張を声にしてみれば、サキさんも悪い気はしないようで。
「んー、でもまるきり同じっても芸がないわ。たとえば地毛からチョイ変えっていうなら、アッシュブラウンとかどうかしら」
ハイこんなのって、ウィッグの見本みたいなのを見せられる。
へ―どれどれってみんなで覗き込んで。
「へー。落ち着いてるけど地味だけじゃないって感じだな」
「ちょっとした遊び心、最初の一歩って感じね。フユキ君自身はどう?」
「うん、すてきだとおもう」
なんだか目をキラキラさせて、見本を覗き込む高坂。
当の本人も満足気。まぁ結局はそこ。本人がどう思うかだよなぁ。
「長さはどうかしら。あ、特にこだわりがないなら最初は長くしといたほうが便利よ?」
「? どうしてです?」
「まぁこれは現実でもそうなんだけどね。大は小を兼ねるって言うか。短い方向へは切って加工し直すってのができるから」
「なるほど」
「あ、長い髪、憧れます」
じゃあ。って。
結局高坂は腰くらいまであるアッシュブラウンの髪を選んだ。
サキさんが実際に高坂にウィッグをかぶせて、前髪をちょんちょんと整えている間も、高坂ははにかんだ様な笑顔で。
笑ってる高坂は本当に可愛い。
背ェ高いのコンプレックスに思ってそうな態度も、今は何ならそれさえも可愛くて。
すごいな。人って変われるんだな。って。
Thebesはアイテムに対してけっこう柔軟なとこ有って、作ったウィッグは"そう言う髪型のウィッグ"と言うわけでもなく、後からその長さなりに出来る髪型に変えられるという。
なんだか俺達まで楽しくなってしまって。
髪型どうする? って、その夜はAgesの試着室でみんなでやいのやいのと盛り上がって過ごしたのであった。




