第69回 「なるべくソーセージ」
別れ際に"何組?"って。
それだけ聞いて。
翌、月曜日。
学校の昼休みに、購買の調理パンと紙パックの野菜ジュース──甘いヤツ──が入ったビニール袋をぶら下げて。
「えっと、ごめん。高坂──」
そういやセーラー服着て、学校でなんて名乗ってんだろ。
と、首を傾げ。
「──さん、って、居る?」
高坂のいるらしい組の教室の入口。
付近の女生徒にそう聞いてみれば。
「フユキちゃん? ちょっとまってね」
変えることなくそのままの名前で呼ばれた、高坂のファーストネームにぎょっとして。
ある程度親しいらしい女生徒に"フユキちゃーん"なんて人前で呼ばれて。
机に座って何やら可愛らしい弁当箱を広げようとしていた、高坂。
俺の顔を見るやいそいそと広げたランチマットを片付けて。
◇◆◇◆◇
「名前、そのままなの?」
連れ立って教室を抜け出して。屋上。
防柵際のベンチに並んで座って、俺と高坂。
「ああ、漢字だけかえてあるんだ。冬、に、紀で"フユキ" そんなに不自然じゃ、ないでしょ」
柔和に笑う、おかっぱ頭の高坂。
俺としては男の格好でつるんでた今までがあるので、わかっちゃいても未だにドキリとする。
「そりゃあ、"夏日子さん"が言えた義理じゃあ、ないけど」
照れ顔隠す様に、紙パックの野菜ジュースをひとすすり。
「ふふ、なっつんと学校で、こんな風に話せるなんて、ね」
「俺は、その、あんまり自分の教室に居場所はないから。たまにこうやって一緒に飯食ってくれると、たすかる」
「僕でよければ」
「高坂は、結構クラスに友達とかいるんだな。みんな、しってて……?」
「ううん。明言はしてないよ。でも、体育実技全キャンセルとか、喉仏とかで気が付いてて、聞かないでくれてるみたいな人が、少しだけ」
「ありがたいな」
「うん、ありがたいよ」
ベンチで並んで、二人、苦笑し合う。
「ところで、さ」
俺の目線はつつつ、と。高坂が大きいハンカチみたいな包みごと手に持つ弁当箱に。
可愛いピンクの楕円形の弁当箱。
男の時の俺が見たら"ぜってぇそんなんで足りるはずない"とか思ったろう。
何なら今ならよくわかる、女の子向けの小さなそれ。
……いや、高坂は実は男の子なのだから、足りないのでは?
まぁ、それは実際高坂がこの弁当で済ませているのだから、足りてるんだろう。
気になるのはそっちじゃなくて。
母子家庭みたいなもんだ、と言っていた。
慎ましやかながら、弁当箱にはミニトマト、卵焼き、ボイルしたブロッコリー、メインはミニハンバーグ。半面にはご飯が詰められていて。ふりかけで模様とか描いてあってさ。
「それ、自分で作ってんの? お母さん?」
覗き込んで、そう聞いてみれば、高坂はちょっと恥ずかしそうに。
「母さんは、ちょっと作ってる暇はなくって。自分で作ってるよ」
「ふ、ふぅーん……」
俺は自分の手元にある調理パン──ヤツザキパンの"なるべくソーセージ"とかいう、こっぺぱんに溝作って、半分にスライスしたソーセージをのせ、マヨネーズで浮かせてあたかも一本丸ごと入っているかのように見せかけた絶妙に悲しいヤツ──と、高坂の弁当を見比べて。
「俺には……無理だな」
「えー、でも、なっつんクッキーとか焼いてたじゃん?」
「きゃみさまの多大な助力がございまし、た」
はむりとパンをかじりながら、ちょっと恥じ入って、俺。
箸を取り落とさないように気を付けて、可愛らしく、苦笑に肩を揺らす、高坂。
俺には身長が高い以外には女の子にしか見えないんだが、本人曰く、刻一刻と"男"になって行ってしまっているという。
いつか必ず失われる時限式。
それを圧して、女の子の姿で居たい、とはどんな思いだろうか。
どんな、覚悟だろうか。
みんな望んで、その姿になった。
高坂曰く、うちの学校には、詳細は伏せられながら、そんな性的マイノリティの生徒が何人もいるという。
みんな、そうなんだろうか。
突然変異的に変わった俺だけが、望まず、こんな姿をしているんだろうか。
ある時まで、俺とそいつらは同じだと思っていた。
でも、違った。
俺は。俺だけが。
望むか望まないかで言ったら、全く望んでなんかいなかった。
俺だけが、何の覚悟もないまま、こんな姿してる。
だから時折怖くなるんだ。
高坂は。きゃみさまは。
俺を一緒くたに"仲間"だ、と、言ってくれるけど。
"ねぇ、オレがオマエのこと羨ましいと思わなかったとでも──"
いつかの記念病院の技術実験棟、その病室で。
相棒の放ったその言葉は、俺の中に深く、深く、突き刺さった。
言った本人が
"もしかして、今も気負わせてる?"
"ごめん、感情に任せて嫉妬で責めた、気にしなくていい"
なんて、言ってくれたけど。
もしかして、高坂も。
内心"簡単に可愛くなっちゃって、ずるい"くらい、思ってるんだろうか。
それは、怖い。
怖くて──聞けない。
「きゃみさまって──」
声に。
我に返る。
俺はいったいどれだけの間、感慨ふけっていたか。
高坂の声音からはわからず。
少しの、動揺を残して。
「う、うん?」
「──何処の、誰なんだろうね」
ミニトマトをつつきながら、ぼんやりと、高坂。
そう言えば、そんな話、したことなかった。
「高坂も知らないんだ?」
「うん。コータとかナオトも知らないみたいだったよ」
"コータ"と"ナオト"ってのは、俺たちがThebesを始める前、駅南のでっかい複合ゲームセンター……あみゅーずめんと・ぱーく? みたいなとこでフライトシミュレータ系のゲームにお熱になってた時の仲間だ。
Thebesは始めた理由が理由だったし、二人はRPGとかやらなそうだったから、こっちへは誘ってない。
二人とも隣町の工業校生ってこともあって、最近はとんとご無沙汰だ。
「気にならないかって言ったら、気になるよ。でも」
「うん」
言わんとしてることがわかる様に、俺の言葉の途中で、すでに、相槌。
ズ。って、音立てて、野菜ジュース。紙パックの。
高坂の方は見ないで、視線を足元に落としたまま。
「そこに、さ。少しくらい後ろめたいことがあったってさ」
「うん」
「もう、いい。っていうか。大抵のことなら飲み込めるよ。だって、もうそれ以上に、色んなもの、もらってる」
「だよ、ね」
"アタシは友達を傷つけるやつを絶対に許さない"
"友達が──友達を傷つけるなら、アタシは天秤にかけなきゃいけない"
"そうでなければ、アタシはアタシで居られない"
泣いて吐露するような場面で、彼女はそう言った。
だから今さら友人としての彼女を疑いはしない。
でも、逆に彼女の苦悩、みたいなものがあったとして。それに、俺は何の助けにも成れていない。
その術を持たない。貰えていない。
そんな、気がするんだ。




