第67回 「らーめん」
「このまじで肌年齢2歳なんじゃないかみたいな顔面チート野郎は例外として」
「チート扱いかよぅ」
"ひとって、泣くとね"
"バレちゃうんだって、さ"
得意げに後を引き継いでみれば、きゃみさまに軽くチョップされ。
今は、高坂の泣き痕をさらさらと化粧で隠しながら、きゃみさま。
初めて顔に塗り物して、何だかどぎまぎしたような、高坂。
お恥ずかしながら俺は、もっかい店員に頼んでお絞り貰ってくるくらいしか出来なくて。
「うっさい! 世の女の子がどんだけ時間とお金かけてお肌のケアしてると思ってんの!」
「えー、きゃみさまに渡された化粧水、毎日つけてるよぅ」
「その上に何枚重ねてっか普通のラインってやつを教えてやろうか? あ?」
「あ、ハイ、すんません」
「えっと、まぁまぁまぁ」
ギャイギャイと肌ケア論争をし始める俺ときゃみさまを、困った顔の高坂が止めに入る。
もともと俺やきゃみさまだって普通か、って言われたら、何方かと言えば後指さされる側。
高坂の立場にとやかく言えた義理もなく。
ぶっちゃけ"ようこそこちら側へ"って感じだ。
「フユキ君。いままで一人で悩んできたんでしょうね。表立ってお化粧を習う相手とかお母さん以外に居なかったでしょうし」
「う、うん」
しみじみと、きゃみさま。
突然テーブル越しに身を乗り出したかと思うと、高坂の手を取る。
「でも、安心して。さっきも言ったけど"可愛い"って、案外創って創れちゃうのよ。さっきまで、ほぼナチュラルだったんでしょ?」
「え、う、うん。洗顔料とか保湿に気を使ってるくらいで……」
「だったら。今のフユキ君を女の子に作り替えるくらい造作もないわよ」
「ほ、ほんと?」
「さっすが。頼れるぅ」
ホントに。冗談でもなんでもない。
高坂の"可愛い格好したい"って思いは、真剣なものなんだろう。
多少食い気味に、身を乗り出して。
きゃみさまはゆっくりと頷いて。
しかしながらそこでふと、神妙な顔つき。
「ただ──」
「え」
目を伏せ、躊躇う。
きゃみさまの桃髪が揺れ、唇がいったん引き結ばれて。
やがて意を決した様に。
「貴方に、真摯な気持ちであるからこそ、最初に言っておかなきゃいけない事があるわ。とても──とても残酷なことよ」
「うん……」
おおよその見当はついているのか、目を伏せ、高坂。
「"今"の貴方を可愛くするのは容易いことよ。でもアタシみたいに、アンダーティーンの内に男性ホルモンの発生源を、そもそもなくしているならともかく。貴方が男の子で在るまま、可愛く在ろうとするのなら、貴方に残された時間はとても短いわ。それは────覚悟、して、置いて」
「なって見なきゃわかんないけどね。ざっとアタシの主観で見積もって早くて2年後、高校卒業まで持つかどうか。さっき貴方自身が言った通り、刻一刻と貴方は大人の男性になってゆく。それでも可愛く在りたいというなら、アタシは貴方への協力を惜しまない」
握り込んだ高坂の手に額を付け、彼女自身が、願う様に、きゃみさま。
高坂は空いた手を更にそれに重ね、涙ぐんで感謝を述べる。
一方でその言動の異常さに気が付けるのは、俺が今は半分蚊帳の外だからだろう。
アンダーティーン。って。言った。
きゃみさまは自ら男性器を切除する過程を経て性転換したMtFって奴だ。
──していいわけがない。
そんなの調べなくったって、想像に容易い。
本人の意思にしたって。親が同意したって。
10に満たない若齢──幼齢において、そんな施術。
この国で。まともな手順を踏んで。許されるはずがない。
いま、考えても仕方ない。
仕方ないが、きゃみさま。
今更キミの気持ちや在り方を疑わないけど。きゃみさま。
ホント、何者なんだ。
と。
「──ところで、なんだけど」
うん?
声音の変わったきゃみさまに、眼を瞬いて、高坂。
俺も余計な感繰りは霧散して、気はそちらに。
きゃみさまは、握った高坂の掌をギュウと離さず。
「フユキ君は……やっぱり男の子だったのよ、ね?」
「え、う、うん」
ドキリとしたような高坂。
意図が分からず、握られた手から多少引き気味に。
「そ、その、なっつんのことが体裁上のフェイクだったなら、やっぱりアタシと……!」
おおっとこれは俺、おじゃまさま?
なんなら二人を客観視してる俺からすると、女の子が女の子に手ェ握って迫られて、愛をささやかれてるって言う。
どうみても百合。
二人の間で視線を往復させて。
高坂は一旦俺に助けを求める様な視線をよこすも、俺がニッコリ笑って返せば、観念したように目を閉じて。
「あ、あの、その、気持ちは嬉しいし、きゃみさまの事──というか、ふたりとも大好きだけど。い、いまは、ちょっと自分のことで手いっぱいというか……ご、ごめん」
少し長めの黒髪おかっぱ。
目立たない、おとなしそうな文学女子って感じで。
それが、眼を閉じて、頬を赤らめて、口角をどうしていいか迷わせた様に。
いや、可愛いな、ほんと。
一方できゃみさまはと言うと、断られてしょげてるかって言うとそうでもなく。
「あ、ご、ごめん。急ぎ過ぎたわ。でも、今はって言葉だけで、アタシも今は満足よ。大丈夫。アタシが絶対可愛くしたげるんだから」
「う、うん。よろしく、おねがいします」
仕切り直す様に、きゃみさまは高坂の手を放し、ひとつ、咳払い。
「フユキ君、今のままでもすっごく可愛いのだけど、いかんせん可愛さのコンセプトと身長がかみ合ってないというか」
「まぁ、並ぶのが俺たちだと、どうしても大女感出ちゃうよな」
高坂の身長170チョイってのは、男として決して高身長というわけではないが、女としてみればやはり相当なものだ。
現に俺と並べば普通に"男女の差"ってヤツがある。
「もう少しカッコイイ系にしてみるとか? でも本人のあこがれは可愛いとこにある感じかしら」
「え、えっと。どっちかって言うと"可愛い"方が……」
「今日ここに制服で来てるってことは、あんまり女子の私服とか持ってない感じ?」
「そ、そうだね。母さんはいいって言ってくれてるけど、バイト代の半分は家計に回さなきゃだし、これ以外にないに等しいよ」
「あ、そっか……母子家庭みたいなもんだよな……」
経済的にも困窮しているとなると、難しい。
いや俺も変わってこっち、折に触れて思うけど。
高価い。服って。特に女物は。
いや待てよ……?
「メイクはアタシの使ってない奴とか融通してあげられるけど、服の方はおいおいって感じねぇ」
「いや、それだけでも助かるよ。ほんと、ほんとに、ありがとう」
「ハイ。ハイ。提案!」
割って入って手を上げる。
なんだなんだと困惑気味に、ふたり。
「服の方はThebesで練習したらいいと思います!」
「な、なるほど」
「ふふ。そう言えば最初はそんな名目だったわね」
「ね、ね、高坂。前にも聞いたけど、さ」
「え?」
「なによなっつん」
「恋人になれなかったら、俺たちもう友達じゃないの?」
それは以前、虚像事件の後に、高坂からの交際を断った時と、全く同じセリフで。
「そんなわけ……! うん。そうだね。友達で……いさせてほしい」
すっきりした笑顔で、高坂。
可愛い。
泣き顔も、はにかみ顔も、でも。
こうやって笑ってる方が──
"そうやって笑ってる方が、断然かわいいと、思うぞ"
──なるほどこういう感覚であったか、ケンちゃん氏。
まぁなんにしろ、よかった。
俺は。俺たちは、これからも──
「よーし、じゃあ仲直りの証にこの後みんなで昼飯食おーよ。高坂、おごるよ」
「え、や、悪いよ。なっつん」
「アタシはー?」
「きゃみさまは困ってないでしょ! 俺だってそんなに余裕ないし!」
「あの、食事の分くらいは大丈夫だからっ」
「なにたべるー?」
「じゃあ、"せーの"で、食べたい奴ー」
せーのっ。
「「「らーめん」」」
…………。
「あはは、男子かー!」
「結局みんなどこかしら男だって事じゃん?」
「おいしいよね、らーめん」
これからもこうして、笑いあって生きていけるんだ、と、思う。




