第66回 「○○だと言ったな、あれは嘘だ」
「つまり、高坂の立ち位置は、平たく言っちゃうと"ただの女装癖の男"ってこと?」
多分にもやもやしたものを抱えながら、やっとの思いでそう、言語化してみれば。
ああいや、にしたって"ただの女装癖"はなかったか。
流石に少しムッとしたような、それでいて文句言える立場でないことを分かって、苦く、堪えている様な高坂。
「ひと口に言えないわ。そこはどのくらいの強さでそう思っているかでだいぶ違うでしょ。たまの日曜日に"コスプレしたい"くらいの感覚じゃ、ないんでしょ?」
「うん」
きゃみさまが横からフォロー。
短く、頷いて見せる、高坂。
きゃみさまは俺の方に向き直って、ちょっとだけ思案顔した後。
「んー、なっつんはさ。全く望んでないのに、女の子になった訳でしょ?」
「え? う、うん」
「えっと、そうねぇ。はじめてスカート穿いた時、どうだった?」
言われて。ハッとする。
察しの悪い俺としては珍しく、彼女の言わんとするところを半ば理解しながらも、言われるとおりに答えて置く。
「そう、だな。なんていうか、この世の終わりのような気分だった。俺には今まで男だったって言う常識があって。それを身に着けている間中ずっと、なんで俺が、なんで俺が、って」
俺の感想に、きゃみさまはただただ真面目な顔して頷いて。
高坂の方をチラ見してから
「きっと、高坂君はズボンを穿くとか、それは男女兼用なとこ有るにしたって、たとえば詰襟の学生服とか、"男しか着ない様な服"に、それと同じようなこと考えちゃうって事でしょ」
「なる、ほど」
頷く。しかない。
なんなら自分に照らし合わせて言われた段階で、わかりすぎるくらいわかってしまうからだ。
「しかもそれはきっと、生まれた時から、っていうか。自我が確立されたその瞬間から、少なからず続いてたんでしょうね。アタシみたいなのは言ってみれば"その気持ちの行きつく先"って奴だから、痛いほどわかるわ」
きゃみさまは目を伏せて。
少し、自嘲気味に。
「そっか。そうだな。うん。確かにそう」
俺は一人納得したように何度か頷いて。
「ごめん。高坂、さっきのは失礼な言い方だった」
「え、いや、僕は……今は、何を言われたって……」
俺たちに嘘をついていた高坂は、それを負い目に、今はただただ何言われても文句言える立場じゃないって。
なんならさっきから、ずっと。
「高坂」
「え、は、はい」
俺が改まって高坂の顔じっと見つめれば。
ドキッとした様に眼を見開いて。
まじまじと見つめたその顔は、やはり顔面だけはいつもの高坂で、なのに今はどう見ても女の子にしか見えなくて。
あ、喉仏。
なるほど。なるほどなぁ。
「高坂。"それはそれ、これはこれ"だ。ちゃんと、嫌だって、言っていい。と、思うよ」
「え、えと、ごめん……」
「ちがう」
「え」
俺は。
俺としてはほんの数時間前の手前どころ。
どの口がーって感じで自分でも頬をかきかき。
「こんなとき、俺たちは謝ってほしいんじゃなくて。なんて言ってほしいんだっけ、きゃみさま?」
俺が話を振ってみれば、きゃみさまは一瞬キョトン顔。
それから思わず失笑って感じで、クスリと笑いを漏らして。
思い出したように口元を手で隠して、咳払い。一度逸らした目を、もどして。
高坂をまっすぐに見ながら。
「そうね。"ありがとう"とかで、良いんじゃないかしら」
俺は何だかすこし、おかしくって。
苦笑、かな。苦笑、多分、して。
「ねぇ、高坂? "今の僕は何言われても"なんていうけど。それ、俺が"全部許す"って言ったら、俺と──俺たちと、もっかい友達になってくれる?」
以前同じことを言われたことのあるきゃみさまは、隣で聞いてて、顔を赤らめて苦笑いになってしまうが。
そう、言われて。
高坂はもう一度、眼を見開いて。
すこし、震えて。その目に涙がにじんだかと思えば。
顔を伏せて、下を向いてしまって。
「……りがと」
そのまま顔見せないで。
見せられないで。
下を向いたまま、すこし、堪え切れずにしゃくりあげて。
「ありがとう。ふたりとも。ありが……と」
◇◆◇◆◇
「ごめん。──ありがとう。ごめん」
すん。とひとつ、啜り上げて。高坂。
スカートのポケットから取り出したハンカチで、涙を拭う。
あ、ピンクの、縁取りが飾り編みになった可愛いヤツ。
きゃみさまに言われて仕方なく持ってる、俺のそっけない奴と、つい見比べて。
"アタシは欲しい。アンタは要らない。それでいいのよ"
きゃみさまにそう言われて、俺はとても救われた。
高坂は、きっと、それが欲しい。
"可愛いヤツ"が欲しい。
それでいい。
それでいいじゃないかって。
何より、誰より、俺たちが、そう言ってやるべきなんじゃ、ないかって。
「ねぇ? 高坂」
「う、うん?」
「"もう限界かも"って、言ってたけど。あきらめて、しまうの?」
「うん、高校生になって、急激に自分が男になっていくのを感じる。そのこと自体は良いんだ。僕自身、自分を男だとは思っているから。でも、格好にそぐわない体つきになっていくのが、耐えられなくて」
そう、言われて。
仕方のないことなのかなって。一度はそう思いかけて。
でも、それは、なんだか、悔しくて。
後ろから俺を追いかけてきた誰かが。
多分、"夏彦"が、俺の肩越しに、高坂に手を伸ばすような、そんな錯覚があって。
「ねぇ、もう少しだけ、"女の子"してみない?」
「え」
「理由が居るなら、俺が望むから、でいいよ。言い訳に、してくれていい」
「なっつん……」
「俺たちみたいなのを"性的マイノリティ"なんて、世間は言う。"お前たちは普通じゃない" "おかしい" "理解できない" "気持ち悪い" "だからすっこんでろ!" って。──悔しいじゃないか。そんなの」
高坂は。
一度は引っ込んだ高坂の涙は。
再びとめどなく溢れて。
下を向いて隠すことも出来ないほど。
──いや、高坂は、もう、下を向いていなくて。
あふれる涙を手で拭い拭って。
でも震えながら、その口角は上がって。
泣き笑って。
「うん。うん。がんばって、みるよ」
やさしい気持ちになって。
よかった。よかったね。高坂って。
笑いかける俺の、横で。
涙を掌で乱暴に拭い去って、泣き痕こそ残すものの、全く顔変わらない高坂の、その泣き顔を見て。
"ノーメイク……だと?"
なんて呟きながら、けちょん顔のきゃみさま。
俺は思わず吹き出してしまって。
「なにそれ。じゃ、まだ全然余地があるってことなんじゃないの? きゃみさま?」
「はっ! そ、そうよ! フユキ君! "可愛い"なんて、いくらでも無から錬成できるんだから! もったいないわ!?」
「え、れ、錬成?」
「そうよ。全く何もいじらないで"可愛い"なんて、この横のくそボケナスチートぷるもちほっぺ野郎くらいなもんなんだから」
「ぼ、ボケナ──」
なにやらひどい中傷を受けた気もするが、今はそんな場面ではないので、あれだ。
笑顔を仮面のように張り付けて頬を引くつかせるにとどめるのだ。
「そうそう"顔面芸術家"のピンク先生の手にかかれば簡単さ!」
そこはかとなくそうやり返してみれば。
あぁん? ナマ言ってっといてこますぞ小娘がーみたいな顔で、きゃみさま。
やンのかもるすぁって方眉吊り上げて凄み返して、俺。
「ふ。ふふ。ふふふ」
未だ、目尻に涙を浮かべたまま。
肩を揺らして、笑いをかみ殺す、高坂。
「うん。うん。ありがとう。ふたりとも。ありがとう」
そんな風に笑う高坂は、可憐だった。
俺ときゃみさまはすっかり毒気を抜かれて、お互い顔を見合わせて、溜息。
以前──
このお話は、原因不明の性転換で女性になった元男と。
そんな元男に惚れてしまった不運な男子高生と。
そんな男子高生に惚れているMtFの元男が。
体感型のネットゲームするお話だ、と、言ったな。
──あれは嘘だ。
改めて、このお話は。
原因不明で女性になった元男と。
恰好だけは可愛くしたいだけの男と。
自ら変わったMtFの元男が。
仲良く普通に抗う話、って、とこかなぁ?




