第63回 「高坂冬樹」
"画像の娘が駅南の喫茶「ソラリス」で待っている"
"その娘が全部説明してくれる"
そう、言われて、朝から駅南を訪れる。
きゃみさまには昨日のうちに連絡を入れた。
一緒に来て、と言われたし、俺一人で決めては、いけない気がして。
「どういう、つもりなんだろうね」
「わかんない。──でも、ごめん。あいつのこと好きなきゃみさまに、こんな話……」
「もう。そこは言いっこなしよ。アタシはアンタを出し抜いて告白したうえで、既に玉砕してんのよ?」
「うん……」
「必要以上に、悪びれないでよ。アタシ惨めんなっちゃう」
「ご、ごめん……」
「もー」
不安気な俺に、きゃみさまは隣で頬を膨らませ。
次いで溜息。
今日の出で立ちは白に近い薄いオレンジの、サマードレスみたいなワンピース。
いつもはまとまり良くまとめて背中に流している桃髪は、今日は同じストレートながらなんだかふわっとボリュームがあるような。どうやってるのか分かんないけど。
なんだか久しぶりな気がする、"ガーリーな方"のきゃみさま。
俺の方は薄手の明るいグリーンのロングスカートに、白のカットソー。
会うなり"意地でも足出さないのねェ"なんて。
きゃみさまは脚を止めて、こちらを振り向く。
何を、と思う間もなく、後ろ頭を抱えられて。
ぴと。
って感じで、おでこをくっつけられる。
「ばか。今更フユキ君が何言ったって、アンタはアタシの大切な相棒よ。──これで安心?」
最後の方はまた、ため息混じりに。
「ご、めん」
そう返してみれば。
きゃみさまはさらにぷくーっと頬を膨らませ。
おもむろにガバっと肩を組んできて。
「ごめんじゃなくて~~?」
胡乱気な目で顔を寄せられ。
ウッと言葉に詰まり、え、じゃあどういえば正解? と、困り果て。
迷って迷って。
「え、と。あ、りがとう」
そう返してみれば。
とたんに満足げに口角が上がり。
に~って。にっこり笑顔になって。
俺の背中をバンバンと叩きながら、件の喫茶店"ソラリス"へと足を向ける。
「よろしい! じゃ、行こうか。相棒?」
◇◆◇◆◇
「で、デケェ……」
○○県△△市。駅南。海の見える喫茶"ソラリス"駐車場。
遠目に見る、件の彼女。
"画像の娘"
きゃみさまの口を突いて出た感想はそんなんで。
まず、この晩夏の日曜朝10時に、夏生地とはいえセーラー服。
いや俺も平日にはそれだけど。
日本人形みたいな、少し長めの黒髪おかっぱ頭。大人しそうな印象の、どこかで見たような整った顔。
何枚着てんだろう。透け対策ばっちり。人のことは言えないが膝下丈のスカート。さらに言えばハイソックス。紙袋を一つ、行儀よく両手で下げて。
なんだろう。たしかにキャラ薄いって言うかモブ顔というか。なので。
私服で来られたら、むしろわかんなかったかもしれないから、これでいいのか?
ここまでの情報だけで言えば"こじんまり"と言った印象の彼女。
なんか誰かの後ろから顔だけのぞかせている様な、そんな小動物じみた所作こそが似合いそうな。
しかしながら近づくに連れて。
ええと。俺は158cmだが、きゃみさまは165くらいある。
その彼女の目線が、だんだんと上がっていき。
目の前に来た時にははっきりと見上げる、170と少し、と言った塩梅。
見た目の印象とちぐはぐな高身長。間崎センパイよりでかい。
二人してぽかんと、声もかけられず固まっていれば。
画像通りのつまらなそうな顔をして、遠くを眺めていたその女性がこちらに気が付き、柔和な笑みで会釈をする。
俺はそれを見たとたん。
昨日画像を見た瞬間に感じたのと同じ違和感を覚えたのだけど。
しかしながらやはり、その違和感の正体って奴はわからなくて。
俺が、なんて言って話を切り出せばいいかわからなくて、言葉を組み立てるうちにも、きゃみさまが先に。
「おはよう。貴女、フユキ君の言ってた娘よね? 貴女が全部説明してくれると言われてきたのだけど、彼は来ないの?」
きゃみさまが堂々とした態度でそう切り出せば。
件の彼女は困ったように目を伏せ。音に出さず、肩の動きだけでわかるくらいに、息を吐いて。
徐に自分の髪に手を差し入れ、何やらパチン、パチン、と。
少し雑に、自分のおかっぱ頭──髪の毛を掴んだかと思うと、それを持ち上げてみせる。
カツラ──その下に覗くのは、男性としては少し長めながら、女性にしては短すぎる明るい茶髪。そしてその時点で初めて気が付く同じ琥珀の瞳。
清算される違和感の正体。どこかで見たことがあるはずだ。
その顔は。
「────いるよ。ここに」
──高坂冬樹。
二人して、目が点。
□、みたいな形であんぐりと口を開け。
頭んなかで、てけてんって音とともに客観がアングルを変え。
穏やかな波音。海鳥の声。
「あの」
高坂がか細い声を上げるも、未だ放心して何も言えないでいる俺たち。
かぽ。って。
何事もなかったかのようにおかっぱ頭をかぶり直す、高坂。こう、さか?
今更、少し恥ずかしそうに眼を逸らしながら。
「この格好であんまり人目に触れたくないんだ。──とりあえず、お店入らない?」
俺たちは。
眼を瞬きながら、或いは口を半開きにしたまま。
それに従うしか、なかった。
◇◆◇◆◇
「説明……してくれるかしら」
ひと段落ついて、きゃみさまの口からようやく漏れ出たのは、そんなセリフ。
海の見える喫茶"ソラリス"
店自体は少し隆起した高台の上にあって、周りに高い建物がないから、店のなかに居るとそこだけちょっと宙に浮いたような印象のある、涼しげな喫茶店。
白いペンキの外国──どこの国、と言われてどことも言いづらいが──風の、木造。
入店。目立たない奥のボックス席に陣取って。
いつもなら俺が一人、きゃみさまと高坂がその対面という構図になるが、いまは要件が要件。
店の入り口から顔見られない手前側に、高坂が、一人。
注文取りに来たウェイトレスに、少しだけ作ったような声で
「アイスコーヒー」
一言。
"あらハスキー"
高坂の声に、口元に手をやって、少しだけ驚いた顔をするも、特に怪しむでもなく。
"パス度高ェ"
放心したような、きゃみさまの呟き。
ぱすど? って。なんぞや。俺にはそもそも言葉の意味すら分からなくて。
"そちらさまは?"って、ウェイトレスがしばらくこっち見てんのに気が付かない、くらいで。
気が付いて。慌てた様に。
"あ、アタシ、ホットのブレンド"
"アイスティーで"
オーダーが来るまで、終始、無言。
なんだか拷問みたいな、いたたまれない時間がただただ過ぎて。
「こちらアイスコーヒーです」
「ありがとう」
目の前に置かれたグラスに、ストローを差し込んで。
カラ。と。わずかに氷を掻く、音。
慣れた手つきで。
きっと、長年、そうやってきたんだって、感じさせる所作で。
横髪をかき上げ、ストローに口を付ける、高坂。
"ちゅー"
って。音もたてずにひとすすり。
したところ、で。シーン冒頭。
"説明してくれるかしら"
自嘲気味に笑って、高坂。
「そう……だね」




