第62回 「ただ、それを言う為だけの、お作法的には多分、余計な2760文字」
惚れてる顔じゃ、ない。
今、初めて向かい合って。
俺を好きだという男の子と、初めて向かい合って。
その顔を初めて、真正面から見返して、気が付く。
こいつは、きっと俺のことが"好きじゃない"
そう言ってしまうと、少し語弊があるか。
きっと、悪意はない。
高坂の真剣な表情を見て、俺をだまして利を得ようとする打算はない、様に、見える。
真剣だから。
真剣な、本気──なのは本気だと分かる表情で。
そういう顔で。
俺のことが好き──って、言うから。
だから高坂を真っ向から見ないで。
たぶん。"本気で俺が好き"なんだろう。って。
俺を見据える琥珀の瞳。
手を取り、迫って、どこか焦燥すら感じさせるその顔で。
でもそれは。
どう、言ったらいいんだろう。
俺を好きだと"宣言することに真剣"なのであって、"真剣に好き"ではない、と、いうか。
だって。
その顔は。
好きって顔じゃ、ないから。
「なっつん。僕は……」
何処か縋るような目で、言葉に詰まる、高坂。
なんでだ。高坂。
いやそれよりも。
なんて──返せばいい?
"お前、俺のこと別に好きじゃ、ないだろ"
なんて。
言って。
もし。
間違いだったら。
そんな残酷なことって、無いじゃん。
Thebes内。
ヴァルハラ市。行政区画。
普段あんまり使わない、運河沿いの人気のないベンチ。
二人、きり。
風が凪ぎ。
何も言えないでいる時間が、刻一刻と過ぎているという事実を。
どう、する。
どうするどうするどうする。
どう、すれば、良い?
どう答えるのが正解?
どう伝えたら、お前は傷つかないでいてくれる?
高坂。
ぎゅっと、眉を寄せて。
でもそれが、まるで"嫌がって泣きそうになってる"ように見えたのか。
高坂ははっとしたように、俺の手を放して。
悲しそうな顔をして眼を逸らした。
「ご、めん。僕が。こう言う事が、キミを追い詰めるなら──」
そんなことを言う。こいつに。
俺は。
俺は。
俺は。焦燥に似た何かに囃し立てられて。
「──高坂!!」
びくりと、肩をはねさせ、高坂。
単純にびっくりしたって顔で、眼をまるくして。
次いで、やはり俺を心配するみたいに、覗き込んで。
反対に俺は俯くしかなくて。こいつの顔をまともに見れなくて。
だから。こいつは。いちいち。こうやって。
配慮。配慮。配慮。して。
なぁ? ほんとはどう思ってる?
何考えて、俺に好きなんて言ってる?
「なぁ。俺、これからお前に、ひどいこと、言うかも」
「うん」
覚悟を決めたような、高坂の顔。
決定的に交際を断られる事を覚悟、したような顔。
「それで。もしまちがってたら、ぶん殴ってくれていいんだ、けど」
「え……?」
高坂の表情に、困惑が、広がる。
なにか。
覚悟したものとは、思惑と違う返事が、返ってくることだけは、察したような。
思わず、と言った体で。
俺には珍しく。俺の方から。高坂の服に縋りついて。
寄りかかる様に、して。
でも顔は上げられなくて、俯いた、まま。
「なぁ、高坂」
「──うん」
「お前、俺の事、好きじゃ…………ないだろ」
言った。
言って。しまった。
これでもし、そんなのは俺の勘違いで、ふつうに、高坂は本気で俺のこと好きだったって言うんなら。
俺はなんて取り返しのつかないことを言ったのか。
でも、俺にはこの疑念を抱いたまま、こいつとのこれからを過ごしていく自信なんて、ない。
永遠とも取れるような、でも実際にはほんの数秒の出来事であったか、耐えがたい間が、あって。
すがりつく俺の手に、高坂が手を重ねて。
「なっつん」
ひとこと。
俺は耐えられなくて。
黙っていることも。そのまま下を向いていることも。出来なくて。
はじける様に、顔を上げて。
覗き込むように、こいつの顔を、見上げて。
高坂は最初、穏やかな顔で俺を見下ろして。
それが次の瞬間ぐしゃって。握りつぶしたように、ぐしゃって。
泣きそうに歪められて。
俯いて。
黙って。
そこにまた間があって。
それが。
涙をこぼさないまま。
また自嘲気味に、笑って。
「──なんで。 そう、思うの」
そんな風に、言うんだ。
単純に、俺の勘違いで、高坂は本気で俺のこと好きだってんなら、そんな回りくどいこと言わずに、真っ向から否定すればいいんだ。
こんな返事。返ってきた時点で、自白している様なもの。
"何かある"って、言っている様なもの。
俺は歯噛みして。高坂を見ていられなくて。
また、下を向いて。
拳を握り締めて。震えて。
「わか──らない。でも、ちがったんだ」
「ちがう……?」
「俺の今まで見てきた、"恋してる男"の顔の、どれとも」
「…………そっか」
長く。
長く。長く。長く。
息を、吐いて。高坂。
「……そっかぁ」
高坂は俺のことを、別に好きではない。
なら、何故。
「な、んで。俺の事。好き、なんて、言ったの」
こいつだから。
俺の知ってる高坂だから。
きっと騙そうってんじゃなくって。
何か理由があってやってんだろうって。
──そうであってくれと、俺自身が願う様に。
高坂は、俺から視線を外して。
ベンチの正面を向いて。足を投げ出して。
ふ―――って、また。
長く息を吐いて。
「言い訳、に、なっちゃうんだけど、多分」
「! き、聞くよ!」
「ありがとう……」
「ええと、その前に、先ず見てもらいたいものがあるんだけど」
「え?」
その後高坂はステータスメニューを無言で操作し。
「今、なっつんの携帯端末に画像データを送った」
「明日、リアルで説明させてほしい。できたら、きゃみさまとふたりで来てくれないかな」
「待ち合わせ場所に、画像の子が居て、その子が全部説明してくれる、から」
そう言い置いて。
高坂は、苦く笑って。
有無をも言わさず、そのままログアウトしてしまった。
◇◆◇◆◇
俺としては、説明するから明日来て、と言われて、嫌だなどともちろん言えるはずもなく。
もったいぶった回答に悶々としながらも、明日を待つほかなく。
ゲーム内に一人残され、あの後何ができるわけでもなく、俺もそのままログアウト。
画像を送ったと、言っていた。
アパートの一室。
俺はベッドに座って、携帯端末を手繰り寄せた。
添付画像のある、メールが1通。
開いてみればやはり高坂からの物で。
明日の待ち合わせ場所に、俺たちがリアルで良く使う駅南の喫茶店"ソラリス"を指定する旨と、その待ち合わせ時間。
そして。一枚の画像。
女の子の写真だった。
うちの学校──△△南高等学校のセーラー服を着た、おかっぱ頭の、少し前髪の長い女の子。
見た瞬間何か違和感のようなものを感じるも、ただ、それが何なのかは、結局分からず。
なんというか、当たり障りのない、というか。わざと目立たないようにしているのでは、と疑いたくなる様な。顔立ちこそ整っているものの、所謂"モブ女子"と言った雰囲気の女の子。
つまらなそうに、ファインダーから目を逸らして、佇む。
明日、この娘が待ち合わせの場所でまっている。
と、言われたところで。
俺としては、"誰?"と。首をかしげるほかなかった。




