第61回 「そういう顔じゃ、ない」
「っによ、それ!?」
「やっぱり、あの時の女子、なっつんだったんだ……」
多忙を極める新学期、第一週。
なんやかんやこなしてようやく週末、っていう土曜日。
Thebes内。
ヴァルハラ市、今日は行政区の、ちょっと人気のない運河沿いのベンチ。
高坂、きゃみさまと久々に3人で集まって。
高坂を真ん中にしてきゃみさまと挟み込むように座れば、高坂の奴は何だか遠慮した様に肩をすくめ。
俺が"今更だろ"って澄ました顔で横に座れば。高坂もわずかに息を漏らして、腰を下ろす。
晩餐会で、きっと進展もあったろう。
配慮の無い態度だったか。いや、きっとそんなくらいじゃ揺るがないくらい関係も進んでんだろ、って。
挨拶済んだとこで、新学期初日にあったことを二人に話してみれば。
冒頭のそれ、という奴である。
そういや、高坂は一度も会ったことないけど同じ学校なんだっけ。いや、ほんと、学校では一度も会ったことないんだけど。
学年も同じはずだけど、まぁ千人もいればそういうもんなのかもしれない。
それよりきゃみさまだ。
「誰」
「え」
「△△南高等学校一年の、誰」
「まって。まって。聞いてどうするの。きゃみさま?」
表情を消して、ただそう言って迫るきゃみさまになんだか危ういものを感じて。
真顔で凄む様な彼女に気圧されて。
「いやあの?」
「いいから教えて」
「え、と、佐藤、って、奴だけど」
「ちょっと殺してくる」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!?」
「当然の報復だわ」
「まってまってまってまって! もう終わってるから! 社会的に死んじゃったから! アイツ!」
「あら、乙女の身体を穢すことは万死に値するのよ。 あと9999回必要だわ?」
「うれしい! 怒ってくれるの嬉しいけどまって!」
「むう」
俺が縋りついてその場に押しとどめれば、きゃみさまは口を"3"にして不服顔。
そんな可愛らしい拗ね顔で人ひとり抹殺しないで、お願いだから。
もう終わった話だから、俺としても混ぜ返してほしくない、そう告げれば。
きゃみさまはなお不服そうにするも、溜息を吐きながら、一応の納得。
納得、するも。
「まぁそこはなっつんの意向を尊重するけど、それはそれとして、ちょっと思うとこ在るから、アタシ、今日は落ちるわ」
そう言ってそそくさとログアウトしてしまう、きゃみさま。
高坂と二人、"えぇー!?"って顔してそれを見送るしかなく。
ベンチに二人、ポツンと取り残されて。
「え、と。──ほんとに、大丈夫?」
なんだか、話題に困ったように、高坂。
「大丈夫って、なにが?」
「なっつん、むしろ普通の女の子より"そういうこと"に潔癖な気がしてた、から」
あ、あー。
あー、あー、あー。
俺は腕を組んで、眉を寄せる。
「いや、すげー嫌だった、よ? なんか触れられた瞬間ビリっときたし、なんかもう触られてる間中全身が粟立つって言うか気持ち悪くて痙攣しそうなくらい──」
「ごめん! ごめん! 思い出さないで!」
「ん? ああ、ありがと。でも良いんだ。──服の上からだったし、それ以上のことはされてないし。なんかこう、取り返しのつかない汚され方された、とか、何か"減った"みたいな感じはしない」
「そう……なの?」
「うん。怒りはある。だから社会的に報復したし。でも、悲観はない、かな」
ない。
ない、が。ゼラが現れなかったとして、佐藤は何処までするつもりだったろう。
実際"めくってみせろよ"って、俺のスカートに手を伸ばした。
放って置いたとして、何処までその手を差し入れたろうか。
文化が、法律が、常識が、それを許さないというだけで。
隣に立つ"男の子"がふと、魔が刺すだけで、それを止める術はない。
恐ろしいことに、ない。
親も、警察も、友人も、起こった後に、それはいけない事なのだ、と指さすことはできたとして。
俺自身に、抵抗する術はなかった。
今は。今なら。
なんて恐ろしい時間を過ごしているんだろう、と、思う。
"いいかげん、無防備でも居られないわよ"
そう、だね。きゃみさま。
「なっつん? ねぇ、ほんとに大丈──」
「ぬぁっ」
いや迂闊。迂闊だよきゃみさま。
俺の事、怒ってくれるのは嬉しいんだけど。
今、高坂のこと放って置いていいの?
こないだの夜、その、ちょっとは親密になったんじゃないの?
困った顔を隣の高坂に向ければ、向こうも向こうで困惑顔。
喧噪遠い、行政区の運河沿いのベンチで、二人、眉を寄せて数秒。
「それよりきゃみさまだよ。何が気になるのか知らないけど、高坂置いてっちゃうことないのにな」
仲が進展してるんなら、二人にとって今が楽しい時なのでは、と。
話題を払拭するように、まんま口にしてみれば。
「え。な、なんで?」
と、困惑顔の高坂。
あ、あれ?
なんかかみ合ってないぞ?
「うん? え、と。ふたりはこないだの晩餐会で、その、前より仲良く? なったのでは?」
「え、見てたの?」
高坂の返事に、自分のやらかしに気が付いて、たし。と掌で口を塞ぎ。
つつつと、ゆっくりと目を逸らすも。
「た、たしかに、そう言う話題にもなったけど! ちゃんと断ったよ! きゃみさまの気持ちは嬉しいけど、今は……って」
あちゃー。って。
ちーん。って。
お通夜顔の俺に、高坂はちょっとだけ迫る様に顔を寄せて。
「ねぇ、やっぱりだめなの? 僕は──」
言いながら、俺の手を取ってなお、迫る、高坂。
「こう……さか!」
傷つけるかも。とは思いながらも、顔を背ける。
背け──ざるを、得ない。
でも。
──あれ?
でも。なんだ?
俺の右手に右手を重ね。
左手でさらに包み込む、高坂。
そのまま真剣な眼差しで俺を覗き込み。
なお。迫る。高坂。
なん、だ?
何かが、変だ。何が。何か。
──そう、言えば。
ハッとして。思わずって感じで。眼を見開いて。
背けていた顔を戻し、高坂の方を向く。
"こいつに手を取られても、硬直しない"
なぜ。
ある程度親しい間柄でも、男性であれば硬直した。
ケンちゃんさんでもそうなった。
俺自身が、何か、変わった?
佐藤に殴り返したことで、変わった?
それとも、高坂だから?
なんでだ。いやそれより。
いやそれも無視できないけど。
向き直って見つめ合う。俺を好きだという男性。
真剣な眼差しで、俺を覗き込み。
そういえば。何時も目を背けて。
躱して。逃げて。
"俺を好きだ"という高坂の顔を、まともに見たことがあるのか。
俺。これが。いまが。それが。
初めてでは、なかったか。
大きな瞳。男にしてはちょっと長めの、サラサラの茶髪。
何だかすらっと細くて、どちらかと言えば、女顔。
その顔は。
真剣だから。真剣な顔で、俺の事、好きだって、言うから。
ウソだとは思えない、必死な顔で。
こんな俺の事、好きだって。言ってくれるから。
真剣に好き、なんだと。
違和感はあった。
高坂は何だか他の男とみてるところが違った。
でもそれはきっと、高坂って言うパーソナリティの"個性"って奴で。
男だから女だからってんじゃなくって。
見開いた眼を、更に驚愕に、息を吸って、止めるみたいに。
見つめ返す先。
その顔は。
俺のこと好きだって言う、高坂の、その顔は。
ここ最近他の人に何度となく見せられた。
ケンちゃんさんの伊春さん相手の態度。
寝ぼけたような半眼にしか見えないサイードさんが、カトリさんに向ける眼差し。
何ならきゃみさまが仕方なく嫌うという、"学人サン"に向けられた、あの隣の赤髪の青年の眼だって。
つまり。その。なんだ。
"惚れてる男の顔"
──じゃ、ない。




