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第60回 「ねぇ、"ざまぁ"ってのが流行ってたんだって。こういう復讐なんて言うの」



「大変なことをしてくれたね……」



 校内であわや性的暴行、実際に女生徒が殴られる"事案"が発生。

 関係者が集められ。

 最初は生徒指導室。

 取り巻き連中も最初は一緒くたに呼ばれたが、はやし立てるだけで一切の手出しをしていないと、彼らは早期に開放された。


 場所を校長室に移して、その続き。

 問題は"佐藤"君。

 

 彼は男の膂力で俺を殴った。

 これは世間で言えば暴行。傷害罪、というか。

 さらに言えば、彼はごまかしようもなく俺の胸をまさぐった。

 "性的暴行"ってやつだ。


「ええと。神谷さん、だったか」

「はい」


「何とか穏便に済ませてもらうわけには」


 外に漏れれば、学校の評判に関わるスキャンダル。

 まぁ俺の心的ダメージなど考慮せずに、学校側の望みだけを言えばそう言いたくもなるだろう。

 校長は生徒の前で憚らず、頭を抱えた。


 校長室のソファには

 俺、世良先輩、園部教師、佐藤、そして校長。

 この期に及んで"オレは悪くない"とばかりの佐藤を一瞥し、俺は校長に向かって口を開く。


「"穏便"とは?」

「つまり警察沙汰にしてほしくない、と、校長は仰っているようだ」


 園部教師が口を開く。

 彼は今どき珍しいくらいの正義漢で、彼自身は校長のその方針には不服、といった態度だ。

 これはこの国で昔から根強く残る悪習であるが、ある程度のセクハラは"学内での戯言"として被害者側に泣き寝入りを強いてきた。


「んだよ神谷ぁ! 無い胸ちょっと触ったくらいでよお!」

「お前! ちょっと黙ってろ」


 喚く佐藤を園部教師が押さえつける。


 当の佐藤がこの態度だ。

 ただただ赤子の様に欲求に忠実で、だだをこねる様に怒り散らす。

 何だったらこの年齢の同じ生き物として、この理性の無さには耳を疑う。

 自分のやってしまったことの社会的影響なんて、みじんも頭にはないといった様子。


 園部教師に首根っこ掴まれて、でもそうでなければ今にも俺に向かってとびかかってきそうだ。


「お──私は実際に殴られましたし、遠慮なく胸を触られました。多感な女生徒ほどでないにしろ、それは不快で苦痛でした」


「心痛、察するが──」

「校長は私が、"恥ずかしくて悲しくて、今にも泣きそうだ"とか、思っておられますか」


「え」


 こころが、ひえていく。

 自分でも驚くほど、冷静に。


 心底驚いたように目を見開く校長に。


「強いて言えば、怒りが強いです。私は一方的で理不尽な暴力にさらされました。あるのは復讐心です。彼に何の制裁もない、では気がすみません」


「それを "謝ったから許してね" "警察には内緒にしてね" "明日から同じことされるリスクを抱えて、我慢して卒業まで過ごしてね" と、仰っているんですか?」


「そん──な風には……!」

「遠回しに言葉を重ねても、事実として同じ要求をされるのであれば変わりませんよ」



 冷静? 冷静、か? 今の俺は、本当に冷静か?

 むしろ沸々とした怒りが、その根底に。


 俺の返事が淡々としていて、とても今しがた"性被害に遭いかけた女生徒のそれ"とは思えないのもあるだろうが。

 動揺した様に、冷や汗を垂らして、校長。

 なんだか。小さい人。だな。

 これでは園部教師の方が上役と言われても信じてしまいそうだ。


「佐藤君には何らかのペナルティは受けてもらう。──しかし、警察は」


 ──困る。

 そんなのは"大人の都合"って奴だ。

 そんなものの為に、生徒個人の尊厳は軽視?

 冗談じゃない。


「彼のしたことは、校外であれば即通報されて然りの蛮行です。それが校内であれば覆るというなら、人権とは何か、って話になるかと思いますけど。"校則"は"法律"に優先されるとでも? そも、その校則でだって、風紀は取り締まられているでしょうに」


 そこを何とか──は、大人の都合でしかない。

 あえて言い換えるなら。それは"我儘"だ。大の大人が、雁首揃えて。


 畳みかけるようにそう告げれば、校長ともあろう大人が小さくなって黙り込む。これではどちらが生徒であるのか。

 俺が、割と遠慮のない侮蔑の眼を校長に向けていれば、だ。


 彼は何か、堪忍袋の緒が切れた、とでもいう様に。

 子供が大人を舐め腐りやがって、とでも言いたげに顔を歪め。


「わ、私次第で、キミの今後の成績を左右することもできるんだぞ!」

「校長! それはいくら何でも──」


 わぁ、これが本音か。

 止めてくださる園部教師はありがたいが。


 普通、この脅しには屈してしまうんだろう。

 同級生男子(おおばかやろう)の少しの気の迷いで貞操が危ぶまれ。

 ズル賢い大人(たぬきおやじ)の保身の為に、取り返しのつかない何が奪われたとしても、泣き寝入りを強いられていくんだろう。


 ──女性に(こう)ならなければ、気が付きすらしなかった。

 "それで当然"て顔して、まるきり同じでないにしろ、大差なく佐藤と同じ顔(・・・・・・)をして、今も──


 ゆらり、と。


 頭の中で、真横を向いた、象の形の、深えんが、かまくびをもたげ

 あオじろクヒカる 双眸 が 俺ヲ



「で、あれば。私は喜んで学校を去ります。で、然るべき処から、貴男を糾弾します。絶対に」

「なっ」


 真顔でそう返せば、なんだこの"子供"は。といったような顔。

 今度こそ絶句する校長。

 これは駆け引きだ。

 実際退学なんてことになったら、俺だって困る。


 頭の中で、抜刀()きかけた刃をもどし。

 なんだろう。

 普段の俺であれば、きっとこんなとき、また動けなくなって。

 硬直して。下を向いて。歯噛みして。すぐに涙をこぼして。


 でもそうはならず。

 自分でも驚くほど、冷静に。

 しかし


「あの~……それなん、ス、けど~」


 今まで黙っていたゼラ──世良円香が、らしくなく──現実では初対面で、らしいもくそもないが──おずおずと手を上げる。


 なんだ。と、一同がそろって世良を振り仰げば。

 彼女は何か、誤魔化すように舌を出して、携帯端末を取り出して見せる。


「──もう、しちゃった。──通報」

「「は!?」」


 世良曰く、俺が絡まれているときにすでに警察に電話を入れていて。

 ここで隠蔽工作を講じたところで、後の祭り。



◇◆◇◆◇



 結局、学校側は隠蔽を図ろうとしていたことまで含めて、外部へ知られることとなり、なんやかんやあって、大々的に報道だけは勘弁してほしい、という所で落ち着いた。

 市内辺りに出回る広報的な地方紙には、啓発事項として載るらしい。


 俺は校長からも謝罪を受けた。

 彼は不服そうだったが、隣の園部教師の沈痛な顔に免じて、それは許容した。というか、ぶっちゃけいち女子高生には、手に余る。

 そちらはもう、本音を言えば、個人が組織に対して真っ向からどうのこうのってするには、大事過ぎるんだ。



 問題は"佐藤君"のオトシマエ、だ。


 お互いの両親を交えて話し合う運びとなったが、一度前述したか、俺の母親は俺の性転換劇の当初、俺を守るために奮闘し、少しおかしくなってしまった。

 負担を掛けたくないと、俺側の親には知らせないむね、了承させた。


 俺一人ではやり込められるのでは、と俺側には、園部教師と、世良先輩が同伴した。素直に、ありがたい。


 生徒指導室。

 イラついているのを隠そうともしない佐藤父。

 横で青ざめて震えているだけの母親。

 別室で父親に散々殴られたと思しき、佐藤。


 平手ではない。明らかに拳で、教育というよりは鬱憤を晴らすために殴られたような、ぼこぼこの顔。


「──聞けば、キミの素性は何やら複雑で、中途半端な立場にあるそうじゃないか」


 俺の、性転換劇のことを指して言っているんだろう。

 子供相手に。罪から逃れたい一心で。大の大人──佐藤父。


 つまり。原因不明の性転換劇の末、男かも女かも定かでない俺は、ワンチャン"基本的人権の適用外"なのではないか。

 そんな、道徳的には無茶苦茶を、いっぱしの大人が。


 俺は黙って、生徒手帳から折りたたまれた紙を2つ、取り出し。


「私を、いち日本国民の女性として、基本的人権の保護下にあることを保証する県知事のサイン、のコピー」


 一枚、紙を机に置く。


「私を、生殖器官に至るまで完全な女性であることを保証する、県記念病院技術実験棟主任研究員、鳥山茶助氏のサイン、のコピー」


 もう一枚、紙を置く。


「こうなって──」


 含みを持たせるように間をおいて。


「色々ありましたよ。ホントに。──毎日毎日、自分が自分だと証明するために奔走しました」


 ウンザリするような過去。溜息を一つ。はいて。


「してないわけがないじゃないですか。こういうこと」


 そう言って、にこりと佐藤父に微笑みかければ。

 彼は二の句も告げられず、押し黙る。


「彼は拳で私を殴りました。そのまま無遠慮に胸をまさぐり、あまつさえ"この大きさで本当に女性なのか"と、侮辱しました」


「ンだよ!? それのなにが──んが!」


 この期に及んでまだ喚く、佐藤。

 父親が、髪を(・・)掴んで机にたたきつけ、押し黙る。


「彼女が、言葉通りのことをされているのを見ました。証言します」


 となりで、世良先輩。


「直後の状況を見ましたが、その、信用に足るかと」


 園部教師も、擁護に回ってくれている。

 この二人が居てくれたことは本当に幸運だ。

 こうして事後、断罪できるにしたって。

 彼らが居なければ、前述のとおり行為そのものは止められず。

 服の上から胸をまさぐられるにとどまらず、何をされていたかわからない。

 感謝してもしきれない。

 


「ど、どうすれば……お嬢さんの望みは何です? 息子にはよく言って聞かせます! 退学とかは──」


 震える声で、佐藤母。

 飾り気のない、どこか人生に疲れたような小柄な女性。

 なんだか家庭事情が垣間見える、が、それで佐藤のしたことを許す気になど微塵もなれないが。


 俺は母親を無視するように、父親に押さえつけられて机に突っ伏している佐藤君へと顔を寄せた。


「ねぇ? 佐藤君。きみ、今私のことを逆恨んで、復讐してやろうとか思ってるでしょ」


「…………!!」


 押さえつけられたままでは返事も出来ないが、ふーふーと荒い息をつき、俺を睨みつける。


「ほとぼりが冷めたら。この場から私を守る人が居なくなったら。園部教師が帰ったら。世良先輩が帰ったら。ふたりっきりになったら」


「後ろから襲って力任せに押さえつけて、ぐちゃぐちゃに犯してやる。くらい思ってる?」



 今日の俺は、なんだか、おかしい。

 どちらかと言えば笑みを浮かべて、薄く笑いながら、そんなことを言う俺に。

 佐藤夫妻も。園部教師も。世良先輩も。佐藤本人でさえ。


 "なんだコイツ"


 って、顔。


 俺は構わず続ける。


「じゃあ、先に宣言しておくよ」


「私は。たとえ君に凌辱されたとして。とてもじゃないが世間に知られるわけにはいかないほどの辱めを受けたとして。あとの残る傷を残されたとして」


 そこですっと笑みを消し。


「事後、生きていたら、必ずお前を訴え、社会的に殺す」


 真顔で。耳元で。

 佐藤青年は、そこで初めて"やばい奴に手を出してしまった"と言う顔をした。


 いまさら。いまさらだ。


「だから──報復したいなら、私を殺してしまう(・・・・・・)ことだね」


 笑えない冗談のようなことをいう俺に。

 ついには顔を青ざめさせる佐藤。


「お前にその覚悟がある? ねぇ。佐藤君」


 そこでハッとした様に、佐藤父が再び強く佐藤青年の頭を机に押し付け。


「滅相もない!」

「言って聞かせますから! よく言って聞かせますから!」


 まるで何かを守る様に。

 しかし守っているのは息子か。それとも体裁か。



「では、調停の"条件"、ですけど──」



◇◆◇◆◇



「アンタ、すごいな」


 放課後。屋上。世良先輩。


「貴女こそ。男相手に喧嘩で勝っちゃうなんて」

「いや、その胆力というか。真似できないよ」


「ハッタリですよ。でもあんな理不尽、別に今回が初めてじゃないんだ。──悔しいじゃ、ないですか?」


 強がって、なんでもないことの様に。

 紙パックのいちごみるくを持ち上げようとして、うまく、動かなくて。


「でも、助かった。貴女が居てくれなかったら、と思うとぞっとします。いまも、いまさら、震えて……はは。本当に、感謝してる。ゼラ(・・)

「いやぁまさか同じ学校とはね。でもよかった。あんな出会い方して、少し後ろめたかったんだ。──ようやく本当に助けになれた」


「"面白そうなことしてんな。アタシも混ぜてくれよ"──って?」

「ははは。"面白く"は、無かったかなぁ」


 二人、苦笑した。




 ──結局。


 俺が、佐藤を許す条件、って奴だが。


 転校も、退学も、しなくてよい。

 そのままで良い。

 むしろ何処かへ移ることは許さない。

 クラスも変えなくてよい。


 そう言ってみれば。


 転校も、退学もなし。親御さんには一切の面倒ごとはない。

 佐藤夫妻は首をかしげながらも、明らかに安堵した顔。

 俺は──その顔を見た瞬間、なんだか、この親にして佐藤有り、みたいな、そんな同情も無くはなかったが、其れで俺個人が佐藤のやったことを帳消しになんてできない。



 何なら一番頓珍漢であった佐藤本人が、それが如何に残酷な罰であるか。理解してしまっている様だった。


 この後、佐藤がどうなるか、なんとなく予想はつく。


 "報復したいなら、殺してしまう事だ"


 そう、可哀想などとは思わない。

 逆恨みで報復をされないために、俺とてここで殺して(・・・・・・)おくしかない(・・・・・・)からだ。




 "ねぇ、神谷さん、佐藤にレイプ(・・・)されかけたんだって"

 "廊下の隅で男子が囲んで、胸とか触りまくってたって"

 "えー!? 学校ん中でー?"

 "うわぁ、なんかネジの外れたやつだとは思ってたけど"

 "神谷さんかわいそー"

 "よく学校来れるよな、佐藤"



 噂話ってのは、結構残酷なもんで。

 あれらは"誰が誰を傷つけているか"なんてのが曖昧だから。

 止める術なんて誰にも無くて。


 一週間、くらい経ったろうか。


「もうやめてくれ! オレが悪かった! 悪かったから! お願いだ!」


 授業中いきなり。

 多分、本人以外には何の前触れもない様に見えるタイミングで。

 佐藤は狂ったように叫び散らして、教室を飛び出していった。

 教師たちが散々探して、旧校舎の裏で頭を抱えて震えている佐藤を見つけた。


 あるとき、名前も覚えていない、クラスの女生徒。

 おずおずと俺の席に近寄ってきて。


「ね、ねぇ。神谷さん。もう、許してあげたら──」


 朴訥そうな。委員長だろうか。三つ編みの二つおさげの。

 ただ善意で言ってるんだろう。今は。佐藤の方が。なんだかいじめられてるように見えるだろうから。

 

 そんなことを言う。彼女に。

 俺は微笑んで(・・・・)


「──許すって。何が?」


 瞬間。その女生徒は。

 何か異様なものを見るような目で。

 "ゾッとした顔"ってやつで。


「──何でもない」


 そう言って、俺から離れて、"仲間内"に戻っていく。


 今回の件で、佐藤は取り返しのつかない過ちを犯したし、俺自身も、色んなものを手放したろう。



 だけど。これでいい。

 よく知りもしない奴からなんて、話しかけられないくらいが。




 俺には、丁度いい。



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