第59回 「現行犯です、センセ」
「よ。面白そーなことしてんな! アタシも混ぜてくれよ!」
そう言って場違いに歯を見せて笑う、その女子生徒には見覚えがあった。
うちの学校の女子生徒。
同じデザインのセーラー服着てんだから、たぶん、女子生徒。
上靴の色が赤。学年ひとつ上。2年生。
目にも鮮やかな長い金髪。高い位置でくくったポニーテール。
浅黒い肌に、女子にしては長身。170以上はある。
そして大きな金の輪の耳飾り。
その姿には確かに見覚えがあって。
わざわざモヒカンの前に現れた時と全く同じセリフまで吐いて。
「ゼ──!?」
「し~……!」
思いのほか優しい手つきで俺の口を塞ぎ、鼻先に指を立てる。
こ、この人、"ゼラ"だ!
ゼトの神官だとか言ってた、Thebes内で会った、あの。
苦笑い。
再び硬直して動けない俺に、ゼラと同じ顔のその女生徒は、すっと顔を近づけ。
「世良 円香だ。……よろしく、神谷サン?」
そう言ってウインクひとつ、俺と佐藤等の間に割って入り、立ちはだかる。
窓際まで転がっていた佐藤はようやくといった体で起き上がり、血走った眼を向ける。俺ではなく。ゼラ──世良先輩、に。
感情のままに、その時ムカついた相手に、ムカつくまま。
なんなら本当に高校生かと疑うような、理性を欠いた佐藤の態度。
「え、おい、このひと──」
「ああ、2年の……!」
「おい、まて佐藤、このひとはマズ──」
「うるせぇぇぇぇぇ!!」
世良氏を見知ってか、そもそもどういう力関係が背景にあるのか分からないが。
明らかに動揺する取り巻きの男子生徒らを尻目に、佐藤は吠えて、世良氏に殴りかかる。
え。それ。マズ──
助けてくれたのありがたいけど、彼女とて女の子。
下級生とはいえ、身体差のある高校生男子に殴りかかられて、ただで済むはずが──
ぱし。 ぱん。
何が起こったのか。
と、目を瞬く間に。
殴りかかる佐藤の拳に掌を横当て、軽々といなし。
お返しとばかりに、がら空きのその頬に平手を返す。
鮮やか。だが。
「くそ。効かねぇんだよ! そんなもん!」
なにしろか弱い女生徒の平手ひとつで、この馬鹿野郎は止められず。
「おい、佐藤! 不味いんだって!」
「このひとは──」
「うるせえ! うるせえ! うるせええええ!」
何だか事情知ったる取り巻きたち。
だが、当の佐藤はもう収拾のつかないことになっていて。
ぱし。 ぱん。
ぱん。 ぱん。 ぱん。
なおも殴りかかる佐藤を、しかし軽々といなし、その度に平手を返す世良。
圧倒的。
このひと、手加減──してる。
いつの間にかギャラリーは増え、俺たちは学年中のやじ馬に取り囲まれるようにして。
「くそが! 女なんかに舐められてたまるかよ! 痛くねぇんだよ! そんなんは──」
男の時の俺なら、聞き流したろう。
でも、その、本気で、心底、正しいと信じ切って、女を男より劣等とみるそのセリフに、顔を歪めた。
同年代の。同じ学校の。同学年の。男子生徒が。
そんな風に、思ってるんだって。それが当たり前なんだって。
それが、人間社会であると、改めて、突き付けられた気がして。
歯噛みして見つめる先で。
なおも殴りかかるのを止めようとしない佐藤。その最後の一撃を、やはり軽々といなし、その襟首をつかんで引き寄せる世良。
凄むように、下から覗き込み。
こてり、とわざとらしく首を傾げ。
「それは──」
「え」
その段においてようやく冷静になったか、ある意味毒気を抜かれたような佐藤の顔。しかし、手遅れ。
「グーでやって良い、って、ことかな。佐藤君」
言うが早いか、襟首をつかんで適正位置まで持ち上げ、そのまま思い切り反対の拳を振りぬく。
ゴッ!
鈍い音が鳴って、後ろの取り巻きも巻き込んで、盛大に吹き飛ぶ佐藤。
ああもう。これじゃ収拾が。
どうしてこうなった? と顔を歪める俺。
「おお、痛てて。硬い顔面だこと」
仰々しく手の平をぶらつかせて、世良。
そこへ。
「こらぁ! お前ら何やってんだァ!」
ギャラリーをかき分けて怒鳴り込んで来るのは、確か体育担当の教員。
あ、ああ、たすかった。
今は大人の力で、多少理不尽にでも場を納めてもらった方が良い。
そう、安堵の息をついていれば。
「世良ぁ! お前また何か──」
──んで、そうなる?
どうやら。どうやらだ。
世良先輩の日ごろって奴は、トンデモよろしく無い様で。
なにか、安易に決めつけてかかる教師に、さてどう言い訳したものかと。
しかし、当の世良先輩はどこか飄々と教師を振り返り
「──"婦女暴行"の現行犯です。センセ?」
俺が、口を開きかけるよりも早く、そんなことを宣う世良。
唖然とする俺へと、世良が目線を向ければ。
それを追う様に辿られる、教師のそれ。
そこには高校生男子の、遠慮ない力で殴られた頬と。
胸をまさぐられたときに外れた、セーラー服の胸当てのスナップ。
それを見て眼を見開く教師。一瞬後にはその目線を俺の胸元から反らす。
意外と紳士。
しかし、わなわなと肩を震わせて。
いや、まぁ、学校側としちゃ、まともに考えたら大スキャンダルって奴だろうが。
その、悲しいかなまともに考えてくれない学校って奴が、多々ある中で、この教師は数少ないまともな人物であったようだ。
「佐藤! 来い!」
「なんでだよ!? オレは悪くねぇ! あいつらが! 女のくせに!」
どう育ったらああなるのか。
俺に。"ほんとに女子なのか?"と下卑た顔で疑いをかけた、その口で。
認めてんじゃんか。女のくせに、って。
怖いな。
"あれ"が。
あのバカの、ほんの一時の気の迷いで。
後先考えない性欲で。ただの興味で。
女の子ひとり、消えない傷をつけられてしまうかもしれない。
あとから断罪はできる。
でも行為そのものは止められないかと思うと、怖くて仕方がない。
"世界の半分がクマ"
ケンちゃんさんが言った冗談を思い出して。
嗚呼、自分はなんて恐ろしい檻の中で、これから生きていかなくてはならないのかと、そう思うと──
「いいから来い!」
教師が、佐藤の後襟を掴んで引きずっていく。
今どき男子高生を引きずることができる教師もすごいが。
あの男子生徒の家族がモンスターだったらどうすんだろう。
心配をよそに、教師は振り向いて。
「世良、お前も来い。それから、あー……」
「神谷です。園部先生」
「すまん。神谷、お前も来てくれるか」
「…………はい」
ゆっくりと。胸当てのスナップを止め、セーラー服の襟を正して。
俺はギャラリーを割って、園部教師に続いた。




