第6回 「あーうん、"恋してんなァこいつ"って顔」
舗装されて無い下地。天幕や茣蓙の露店がひしめくマーケット。
ここは商業区。
砂にまみれたテント。店先の木製テーブルに無造作に並べられた金属武器の数々。
俺もきゃみさまもお世話になった、"武器屋ケンちゃん"のお店だ。
店主が顔見知りだからって、高坂の武器も彼に相談しようと思ってここを訪れた。
長身に短い金髪、伊達サングラスを頭にかけ、ラフなジーンズとシャツ。
其れだけ見れば"ちょっとカッコイイお兄さん"なんだが、シャツにはだいたいネタで達筆な文言が描かれていたり。当人は女っ気がないのかいつも出会いが無いことをぼやいていたり。
ちゃんとしてりゃかっこいいのに、ちょっと残念な武器職人
"ケンちゃん"
ここでいう所の"ちゃん"はキャラクターネームに含まれており、彼を敬称でもって呼ぼうとするなら"ケンちゃんさん"だ。
"ちゃんさん?"
"礼儀よ"
なんてやりとりもした、かな。
まぁ何にしろそんな愛に飢えたケンちゃん氏が。
意気揚々と挨拶しようと思ったら、まさかの接客中。
"なんなら俺たち以外に客居たんか"くらいの驚きで、すんでで声をかけるのをとどまってみれば、だ。
俺のを肩で切りそろえたみたいな、ぱっつん黒髪にひときわ目を引く赤いリボン。
鮮やかな群青に潮の染め抜き、黒縁に白の帯を太鼓に結ぶ着物姿。
背丈の程は俺と同じくらいか。
手に、似つかわしくない打刀。
そんな出で立ちの女性と、ケンちゃん氏が立ち話をしている。
平静を装う様で、少し上気したような、絶妙な表情。
ケンちゃん氏、そんな顔出来たんか、と、思わず野暮な感想の一つもこぼれそうだ。
邪魔すまい。
と、瞬間想うも、時すでに遅し。
ちらりと走らせたケンちゃん氏の目線に気が付いたか、着物の女性が振り返る。
「お客さん、来たみたいです」
そう言って、一歩身を引く。
「あ、いや──」
ケンちゃん氏からは、俺達のことを無下にもしたくないが、着物の女性を引き留めたいという葛藤が伺えるが。
「商売の邪魔したらいかんね。そしたら──"あっし"はこれで」
ん? "あたし" だったか?
なにやらヘンテコな一人称にも聞こえたが、着物の女性は物腰柔らかく一礼すると、ケンちゃん氏に手を振ってその場を後にする。
伏せられる前の一瞬の視線。黒ともつかぬ、深い青の瞳。"綺麗な人"だな、と。
「あ。 ま、また、寄ってくれッ!」
追ってかけたケンちゃん氏の声に、一度だけ振り返り、軽く会釈の名残だけ残して、雑踏に消える。
で。だ。
少年みたいな顔して女性を見送っているケンちゃん氏、長身の彼を下から覗き込んで、ちょっと悪戯っぽく声をかける。
「ごめんなさい。お邪魔様?」
しばらく呆と女性の方を向いていたケンちゃん氏が、咳払いひとつ、ばつの悪そうにこちらを向く。
ああ、うん。これは流石に俺でもわかる。
"惚れてる顔"だ。
「ん、あ、悪い。いらっしゃい」
「意中の女性、ですか?」
「なによー。ケンちゃんアタシというものが在りながらー」
「ち、茶化しちゃ悪いよ、きゃみさま」
揶揄い文句に、やいのとまくし立てる外野。
ケンちゃん氏は今度こそ口をへの字に曲げ眉を寄せる。
「こらこら、大人をからかうんじゃありません」
何なら今度こそ、盛大に赤面。
「ふふっ」
子供に図星を突かれてうろたえる年上が、こう言っちゃ申し訳ないがちょっと面白くて、つい笑いが漏れる。
すると、そんな俺を見たケンちゃん氏は、可笑しなものでも見たみたいに方眉を吊り上げて
「ん~~?」
そんなうなりを上げて、今度はこちらが顔を覗き込まれてしまう。
流石にウっとなって仰け反りながら。
「お、俺の顔に何か……?」
そう言って見せれば、訝しげに俺を覗き込んでいたケンちゃん氏がはたと気が付いたように。
「あ、そこは"俺"のままなのか」
「えっ……?」
「いや、なんか雰囲気が丸くなったなーって。そういや、今日は髪下ろしてるんだな。そっちの方が可愛い──」
そこまで言いかけて、急に口を抑えて目を泳がせる。
ん? ああ、なるほど。
「ごめん。そう言われんの、ヤなんだったな」
「や。いまは。まるっきりそういうわけでも……ふふっ。ふふふっ」
零す様に、つい苦笑。
そんな俺にちょっとびっくりしたようなキョトン顔のケンちゃん氏。その顔がすっと和らいだかと思うと
「どういう心境の変化かわからんが……そうやって笑ってた方が、断然可愛いと思うぞ」
そんな事言って、くしゃりと髪を撫でられる。
「ありがとうございます」
俺も、そんな風にすんなりとお礼が言えてしまうのだ。
何しろ──
「ちょっとちょっとォ。さっきのさっきで、今度はなっつんを口説く気? ダメよケンちゃん節操がないわ?」
きゃみさまが慌てた様に割って入るが、ああ、いや、たしかに。
ケンちゃん氏の先程からの言動は、俺への口説き文句と取られてもおかしくない部分は有ったが、何しろその顔ときたらだ。
"恋慕の情などまるで無い"のがよくわかるからだ。
「大丈夫大丈夫。"可愛い"とか言っといて、俺なんてまるで眼中にないよ。さっきの女性ひとすじみたいだ」
ねっ。と、上目使いの一つも差し込んでやれば、ケンちゃん氏はじつにやりにくそうに後ろ頭を掻いた。
「それにしても、いつも"出会いが無い"とか女っ気の無さぼやいてる割にちゃんと良い女性居るんじゃない。……告白しないの?」
「やかましいっ! おら、用事があって来てんじゃないのか? そっちのにーちゃん居場所なさげだぞ?」
「あ、いや僕は……」
「そうそう。新しく始めた友達なんだけど、またケンちゃんさんに最初の武器見繕ってもらおってことになってさ。ほら高……フユキ」
俺が高坂呼びしたらフルネームばれちゃうからって、いままで苗字呼びだったからちょっと恥ずかしいな。
なんにしろそいそいと、高坂の背中を押してケンちゃんの前に出す。
一方成り行きで俺に名前呼びされた高坂は、ちょっとドキッとしたような顔で俺を振り返りつつケンちゃんの正面へ。
あ、だめだぞ。雰囲気作ろうったってそうはさせないからな。名前呼びくらいいつもきゃみさまにされてんだろうがっ。
と、ここでふと思い出すんだが。
そういえば高坂の奴が、俺に告白してきたとき。こいつはどんな顔してただろうか。
なんだか真剣な顔してたってのは覚えてる。
でも言われた瞬間、あの頃は俺も余裕が無かったせいもあって、あっという間に狼狽えちゃってさ。
"お前まで俺を女扱いするのか!"
なんて。
あの時、高坂は。
今のケンちゃんと同じ顔をしていただろうか。
そんな感慨にふけっていれば、ドカリと派手な音にハッとする。
見れば、ケンちゃん氏が何だかやけっぱちな顔をして、店前のウッドチェアに勢いよく腰かけていた。
「……ったく。まだほんとに女の子かも定かじゃねぇっての。……ホレ。少年、どんな武器で戦いたい? この"武器屋ケンちゃん"が何でも説明してやるぞ」
「あーね」
「まだその段階だったかー」
「あー。えーと。じゃあ僕は──」
高坂がレクチャーを受ける間、俺ときゃみさまは件の着物の女性について大いに盛り上がるのであった。




