第57回 「運河沿いのベンチで女子が二人話すだけ」
「重荷に──なってないかしら」
「おもに?」
翌日。
Thebes内。
ヴァルハラ市。商業区。リバーサイドマーケット。
運河沿いのベンチ。
待ち合わせたきゃみさまが、なんだか浮かない顔をしていて。
そんで「どうしたの?」って。
その物の次いでで「昨日ケンちゃんさんに何か言われたの?」って。
そんできゃみさまが重い口を開いたかと思えばそれだ。
おもに?
俺はマーケットの入口の屋台で買った、たこやき──の、様な物で方頬を膨らませたまま。
もにもにもにもにもにもにもに。
「あの、割と真面目なお話をしてるつもりなのよ」
げんなりした顔で言われ、流石にアレか、と急いで口の中のモノを飲み下す。
ごっくん。
「重荷って、なにが?」
「昨日、さ──」
曰く、昨日。
白羽根と薔薇十字の合同立食パーティーで。
声も届かぬ人ごみのその向こう側。
"あ~~~~~! またそんなはしたない食べ方して!"
"ぎくぅ!?"
──のその後に。
とっちめてやるんだから! って勇み足を踏み出すきゃみさまを、高坂が止めた。
振り返れば、無言で首を横に振る高坂。
さらには"いつから居たんだよ"ってタイミングで横手からケンちゃんさん。
諫める様にきゃみさまの肩を叩いて。
"キミはあの子を女の子にしたいみたいだけど"
ハッっとして、きゃみさまがケンちゃん氏を振り仰げば。
彼は遠く離れた俺──なつぴこを指さして。
"なんだったらさ、ああいう顔してた方があいつ──可愛いと思わない?"
口や袖を脂で汚して、歯を見せてマリーさんと笑い合う。
そんな俺を見て。
「そうかも……って。思っちゃったのよ」
「え。ケンちゃんさんそんな事言ってたの?」
又聞きで伝えられる"可愛い"発言に、俺は頬に手をやって赤面。
今となっては喜び半分、反発半分、実に絶妙な気分だ。
いやまぁ、彼のことだからきっと、恋愛感情なんてみじんもない顔でそれ言ってるんだろうなって。
「今はそっちが本題じゃなくって」
「え? あ、うん。それでなんで重荷?」
俺が心底察しが行かないって顔で返せば。
向こうも向こうで不服そうな顔。
「ねぇ、なっつん」
「うん」
そこに、気の遠くなる様な間があって。
「女の子のフリするの、つらい? アタシ、無理強いしてる……かしら」
「あー……」
なるほどそういう重荷。
俺は腕を組んで。
これ見よがしに悩んでますアピールしながら。
「んー。んーんー」
「何よその反応」
何なら答えは決まっちゃいたんだけど。
安易に答えてんじゃないよってポーズの為ではあるんだけど。
「やっぱり、一概には言えないよ」
「煮え切らないわね?」
これを。
口に出すのは。
もしかしたら初めてなのではないか。
今までずっと思ってたけど、もやもやして形になっていなかったもの。
それがその瞬間。言葉にして吐き出すことで。
何か少しでもはっきりしたものになるような気がして。
「俺──」
──
────
「"俺"は、やっぱり女の子じゃないんだよ」
「! ──どういう、こと?」
「なんて言ったら……その、うまく言葉に出来るかわかんないんだけど──」
「聞くわよ」
「うん、聞いて」
きゃみさまに教えてもらって。
"女の子"ってのはこういうもんだ。
こう過ごすのが普通なんだ。こう感じるのが普通なんだ。
最初は反発もありつつも。
「でもさ──」
でもそれが可愛いと思ったり。
なんだかキラキラして見えたり。
甘かったり、心地よかったり、そう言うのも悪くない、なんて。
もちろん、鳥山先生が言う様に、身体はまるっと女性のそれだから、そうだという事にしておいた方が体裁が良いのもあって。
社会に溶け込みやすいのもあって。
"ああ、女の子な自分も悪くない"
一旦はそう思った。
よし、女の子になろう。
もうなるしかない。なった方が良い。その方が収まりが良い。きっとそう。
……って。
でも。
だからって。
"神谷夏日子"になる為に、"神谷夏彦"がまるっと犠牲になって、ただ消えてしまうのは。くやしいな、って。
あるとき、そう思った。
「ケンちゃんさんに、言われたんだ」
女の子の"嬉しい"も欲しいけど。
男の"嬉しい"が要らなくなったわけじゃない。
"どっちも欲しい"ってのは贅沢ですか? 傲慢ですか?
そんな風に愚痴ったら、彼は困った顔をして。
"男の欲求も女の欲求も併せ持つ人間なんて、お前しかいないじゃないか"
"贅沢──傲慢って誰と比べてだ?"
──そう、比べるもう一人なんて、望んだってどこにも居やしないのに。
"だからさ、お前はお前の「こうしたい」ってのを、もっと口に出していいんだよ"
「ってさ」
男でも女でもない中途半端な生き物だった俺。
そんな"中途半端"は、人間社会では許されないのだと、思っていた。
それを、彼に肯定されることで、なんていうか、すごく安心したんだ。
「今の俺はほぼほぼ女の子なんだけど、厳密にはちょっとだけ違う、何かで。それでもいいんだ。って。思ってる」
「でも──」
「それにきゃみさまだって」
「え。アタシが、何──」
生理が来るかもって件で。
"アタシは欲しい、羨ましい"
"だろうね。でも俺は要らないんだ"
それでいい。それでいいじゃないか。
「──ってさ」
「たしかに。言ったわ」
「きゃみさまが俺を女の子にするために言ってくれること、9割うれしいし、すげぇ助かってるんだ」
「そう……」
「だからさ。それでも俺はまるきり女の子じゃないから、たまには"ヤダ!"って言うかもしれないけど」
「うん」
「きゃみさまのこと、全然重荷じゃないし、そのままで居てほしいんだよ?」
「そう──」
「うん」
「──ありがとう」
「? なんで、ありがとう?」
「アタシも、うれしい、と、思ったから」
「そっかー」
努めて笑顔を崩すまいとする俺の横で。
なにやら安心したような顔。
ああ、彼女も。
彼女みたいな強い女性でも、不安はあるんだな、と。
「それにさー」
「え?」
「きゃみさまだって、ホットドッグ買い食いして、食べ歩いたりするけど、可愛いじゃん」
「!!!? ア、アンタ……!」
彼女とてこんなタイミングで"カウンター可愛い"を食らうとは思わなかったろう。
面食らったような顔から、恥ずかし誤魔化し怒り顔。
フフ。可愛い。




