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第56回 「晩餐会・そのよん」

挿絵(By みてみん)




「お嬢ちゃんはこんなトコでなにしよるの?」

「え? ああ、それは──」



 なにしよるの? ってそりゃあ。

 ──間崎センパイが"とっておきを"とか言っておいて、マリーさんに追い散らされて、結局何も言わないでどっか行っちゃったからだ。


 それをそのまま、外国人人形みたいな可愛らしい勇者様に伝えてみれば。


「とっておき? うーん、とっておきか。それはきっと"アレ"のことだな」

「"アレ"とは?」


 こてり、と首をかしげて問う。

 勇者様──マリーさんは見た目年齢相応な、盛大に歯を見せた笑い方をして。

 "にしししし"って。


「とぉ~ってもうんまいごちそうって事だよぉ~」


 そんな風に言いながら俺の手を取って、宴の中心へ駆け出す。


「わっ! ちょっ! えっ?」


 自分よりずいぶん背の低い少女に勢い良く手を引かれ、スッ転びそうになりながらそれに続く。



◇◆◇◆◇



「こ、これは……!」


 マリーさんに手を引かれ、途中から半ば横になびきながら、半分宙に浮いてつれてこられた宴の中心。

 そこでは何やら牛のような大型の畜獣が丸焼きになっており。


「う、牛さん一頭丸焼き……!」

「うんにゃ"ヤクー"だなありゃ」


「えっ!? ヤクーってあのヴァルハラマーケットのケバブサンドの!?」

「そう、それそれ」


 あ、あれが……!

 言われてよく見てみれば。

 確かに牛にしては少々面長で角は長く張り出し、胴体こそ牛然としているが、ラプトルとか鳥っぽい恐竜みたいに前足が細く、後ろ足が肥大化している。

 毛や羽毛の類はなく肌質は牛そのもの。こちらからではよく見えないがしっぽは蜥蜴の様にどっしりとしているようだ。


 なるほど"牛ドラゴン"


「お、まだ解体始まってないじゃん。やったな嬢ちゃん」

「?」


「今なら希少部位が選び放題だ」

「なる……ほど」


 ごくり。

 自分の喉が鳴るのがわかる。

 ヴァルハラのマーケット入り口の屋台の奴はたまに食べる。

 あのヤクーってのはとにかく脂がうまい。ケバブに使われている部位は筋張っちゃいるがそれを補って余りあるほどジューシー。

 希少部位はいったいどんな食感だろうか。


「ケバブの奴は背肉なんだが、ありゃ削ぎ落しとか薄切りにしないとちょっと硬くてよ。お勧めは腹身肉の骨付きだな。ダンチで柔らかい」

「…………!」


 ……いかん。多分俺は今A.E(オートエモーショ).C.(ナルコントロール)の誇張表現か何かできっとよだれくらい垂らしてるんだろう。

 声にならない期待の眼差しを返せば、マリーさんは長い金髪を揺らしてくっくと笑う。


「お、嬢ちゃん、お肉いけるクチ? ──まぁ流石に"薔薇"の騎士共に交じって争奪戦はさせられないから、えーと、おれっちと同じ奴でよければ二つ取ってくるけど?」


 無言で首を縦に振って見せれば、頼れる勇者様は"よし来た"とカントリードレスを翻す。

 いよいよ男どもが解体された肉に群がり、争奪戦が始まったところへ。

 吸い込まれるように飛び込んでいく緑のドレス。なびく金髪。勇者の威厳は何処へやら。"こっち"の格好してるマリーはお転婆そのもの。

 なんかパッカーンってボーリング見たいに男どもを散らして。


"うわ屠龍の勇者(ドラゴンバスター)だ!"

"オイィ!? 肉の取り合いで完全遮断魔術(インビジブルシールド)はずっけー!!"

"にっしししし! しょせんこの世はやきにくていしょくなんだよぉ!"

"それをいうならじゃくにく……! いやわかって言ってんだろこのおっさん!?"


"ま・り・い・し・あ、ちゃんだっつってんだろ? あ?"

"ア――――――――――ッ!!"

"理不尽すぎる!"



 阿鼻叫喚。



◇◆◇◆◇



 ん。


 って。なんかやり切ったみたいな、すっきりした顔のマリーさんが、満面の笑顔で両手に持った骨付き肉の片方を俺へと差し出す。


 いやもうなんだったら間崎センパイの言ってた"とっておき"は絶対これじゃないよな、とか余計な感想を挟みつつも。

 未だじゅわりと熱気冷めやらぬアツアツの骨付き肉。少女の手の中に在って、今にも零れ落ちそうに滴る脂。

 抗うことなどできず、差し出されるままに受け取る。


 すげぇ。近所のステーキハウスのジャンボサイズのさらに3倍はあるぞ。

 ……いや食べきれんのか、コレ?


 隣ではマリーさんが早速かぶりついていて。

 外国人人形みたいに綺麗な金髪少女が、頬袋いっぱいにしたハムスターみたいになりながら肉塊を頬張ってんですよ。

 がぶぅ!! もっちゃもっちゃもっちゃ。


「うんまぁぁぁぁぁい!」


 見た目年齢相応に、眼ぇキラキラさせて"ほっぺたおちそう"みたいな顔してる。

 可愛い。

 あ、いやいや、この人ほんとに中身は30過ぎのおっさんなん……だよな?


 微笑ましい姿にクスリと笑いを漏らしていれば、件の少女はこちらをチラ見しながら


「食わんの?」

「あ、い、いただきます」


 そうはいうモノの。

 この肉に、はしたなくかぶりつくにあたって、俺にはちょこーっとだけ懸念材料と言いますか。

 宴の中心からぐるーっとそこいらをゆっくり見まわし、遠く離れた丘の上のベンチにその姿を見つける。



 きゃみさま。



 ちょっと物憂げな顔して、隣に座る高坂となにやら話し込んでいる。

 ああ、なるほど。

 どうやら途中ではぐれてしまったのは偶然ではない(・・・・・・)らしい。


 いやそうであるならこっちも遠慮することはない。

 鬼の居ぬ間と、大口を開けていよいよ肉にかぶりつく。


 ぞぶり! じゅわぁぁぁぁぁぁぁあぁあん。


 肉。


 肉。 肉。 肉。


 肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉。

 塩気。脂。


 かぶりつけば歯を押し返す弾力。肉感は損なわれていないのに、それでいて柔らかく、容易に嚙み切ることができ。

 口いっぱいに肉。あふれる獣脂。

 味付けは最低限。香辛料がわずかに振られているが、肉それ自体の塩気でそのままうまい。


 こんな風に豪快に肉食ったのいつぶりだろ。

 うまい。うまい。

 やっぱり美味しいものは口いっぱいに頬張るのがうまい。


 口の端からこぼれた脂が滴り、着物の袖を汚す。

 

 あ。

 こんなのきゃみさまに見られたら後で怒られるやつ。


 いや、ここはThebes(テーベ)。この汚れは数秒後には生地に染み入るように消えてしまうだろう。

 遠慮することはないんだ。


 もうひと口。

 俺は今、多分、横で本当の子供みたいに目をキラキラさせて肉を頬張っているマリーさんと、同じ顔をしている。


「「うまーーーーい!」」


 マリーさんと一緒に叫ぶ。

 豪快にかじりつく。咀嚼する。

 嗚呼っ! たまんっないっ!



 しかし、だ。

 ふと視線を移せば、どうやら先程の叫びで気が付いたのか、きゃみさまがこちらを向いており。

 俺の手元の肉塊に気が付いたとたん、眼を見開いて。


 遠く、俺に向かって指を突き付け。


 "あ~~~~~~~!! またそんなもの食べて! はしたない!"

 "ぎくぅ!?"


 声など届かなくとも丸わかりなアイコンタクト。

 俺がおたおたと慌てている間にも、きゃみさまはズンズカこちらへ歩いて来ようとするが。

 そんなきゃみさまを高坂が引き留める。


 そしてどこからか現れたケンちゃん氏が、これまたきゃみさまの肩をポンと叩き、俺の方を指さしながら何やら呟く。


 俺はと言うと、食べる手が止まったことを不審に思ったマリーさんが横手から俺を覗き込み。


「どしたー? 嬢ちゃんの胃袋にはちょっと多すぎたかー?」

「! そんなことっ」


 ハッとして。心配ないと微笑んで返し。

 がぶ。 もっもっも。

 飲み込み。油まみれの口でマリー同様歯を見せて笑い。


「うまい!」

「だろ!?」


 マリーさんも"にしし"って、いつもの笑顔を返す。


 チラと視線を戻せば、きゃみさまは不服そうに唇を尖らせていたが。

 ケンちゃん氏に重ねて何かを言われ、溜息。

 少し皮肉の利いた苦笑をこちらへ寄越す。



 おおっと、これは許された?




 それは、それとして。





 後日。



 "高坂と何話してたの?"



 ──なんて聞くのは、野暮。

 きっと野暮。



 "ケンちゃんさんに何言われたの?"



 くらいは聞いてもいいだろうか。

 もぐもぐもぐ。




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