第54回 「晩餐会・そのに」
「お互い穏便に済ませたいでゴザルよな? 神谷姫?」
長身の覆面忍装束が大きくかがみ込み、俺に顔を寄せてヒソヒソと。
なんと、その正体はバイト先の先輩、女子大生の間崎瑠衣。
確かに彼女は女性にしては長身であったが、それでも170にも届くかといった塩梅。似ても似つかぬ長身忍者がまさかまさかの。
「ま、間崎さ──」
「──ここでは裂丸というでゴザル」
状況が上手く呑み込めず、しばし目をぱちぱちと。
「え、と。ざ、ざきまる、さん。え。でも、なんで」
「そりゃ、神──なんていうでゴザル?」
「あ、ええと"なつぴこ"です」
「あんまりリアルと接点持たせ過ぎるのは危険でゴザル」
「今現在猛省しております……」
俺がどうにも言い訳できず、顔の前で指をちくちくやっていれば。
忍者は少し仰々しく天を仰いで大きなため息。
「何でかって。そりゃ拙者、なつぴこ殿がThebesするしないに関わらず、ずっと以前からプレイしていたからでゴザル」
「なんと」
「先週末辺り、リアルと全く同じ顔で現れた時はびっくりしたでゴザル~」
「も、猛省しております……」
なるほど、そこで見られていての
"Thebesやってる?"
だったわけだ。
「女の子のリアルバレは危ないでゴザルぞー? まぁしかしThebesは接触感まで再現してるでござるからな。性別を変えるまでは難しいにしても、髪型髪色くらいは皆いじってくるでゴザルよ?」
「あ、はい」
そこはもう何とも返す言葉もなく。
ん? でも、あれ?
目の前で苦言呈す長身忍者はどう見ても男性キャラクター。
痩躯ながら、女性はほぼあり得ないだろうというくらいには長身。覆面から覗く目は切れ長で凛々しく。
いやこれで実は女性キャラクターですとか言われたら仰天。てくらいには男々してて。
俺が間抜け面しながら首をかしげていると
「──拙者は男キャラでゴザルよ?」
にべもなく。
「なして!?」
「梨ても柿ても。Thebesはロールプレイングゲーム。"全くの別人になる"と言うのも醍醐味のひとつでゴザル」
にっこり。
い、いやしかしですね。間崎センパイ?
俺はどうにも気になって仕方がないことが一つあって。
しかし聞いちゃって良いもんかどうか。
いいや。聞いちゃえ。
「あ、あの」
「うん?」
「間ざ──きまるさんは、リアルは女性なのに、今は男の身体ってことですよね?」
「そういう事になるでゴザルな?」
「全感覚型デバイス、です、よね?」
「当然」
「え、じゃ、じゃあ──」
「???」
「おちんt──むぎゅ!」
ばっちん。前回に引き続きすごい勢いで口を塞がれる。
またも口を塞がれるだけで3割以上減ってしまう俺のLP
し、死んじゃう! あと一回これされたら俺死んじゃう!
「ダメでゴザルよぉ~? 女の子がそんな単語を迂闊に口にしてはぁ~」
またも目だけは笑ったまま、覆面を貫通する謎の青筋エフェクトでお怒りを表現しつつ、俺に顔を寄せ、鼻先に指を立てる忍者。シーッ!
確かに大っぴらに口にするもんじゃないと反省し、恐る恐る。上目遣いに。小声で。
「つ、ついてるんスか……?」
「ふむ、Thebesでは排泄の必要はないから、使ったりとかは一切ないが、まあ、不思議な感覚でゴザルなぁ」
「なんと!」
「今までの人生で在った事の無い当たり判定が突然そこに在るって感じでなァ」
唖然。
するも、ふと我に返る。
あれこれもしかして。
俺、男キャラにしてれば、Thebesだけでも息子と再会できたのでは……?
俺が安易にキャラ設定を決めてしまったことを悔やんでいると
「あ、真似しようとかは思わんほうがいいでゴザル」
「え」
「キャラメイクの時、警告されなかったでゴザルかー?」
「えっと、たしか──」
たしかに、キャラメイクフェーズで同伴したガイダンスNPCが言う事にゃ
"現実のそれとあまりにも形状の変化がある場合、相当な不快感を伴う可能性があります"
"性別の変更は現在のところお薦めしておりません"
"何らかの悪影響が発生した場合、ただちにそのキャラクターの使用停止を推奨します"
とかなんとか。
「いやぁ、ログインしてキャラクタージェネレートが済んだ3秒後からとんでもない悪寒というか、脳みそと胃袋を交互に握りつぶされるというか、本来下腹に収まってるはずの内蔵が体外に飛び出ちゃってるような感覚と言うか。ぶっちゃけ速攻で吐いたでゴザル」
「え、アバターが?」
「アバターが。吐いたでゴザル。ログアウトしてみたらリアルでもベッドがべっしゃべしゃだったでゴザル」
「え、なんでそこで止めなかったんですか!? 使用停止を推奨って……!」
「いやぁ、拙者だめって言われると逆に燃えるタチで。ぐぬぬぬぬ、ずぇーったい乗りこなしてやるんでゴザルぅぅぅぅ! ってゲロ吐きながら丸一日始まりの庭でのたうち回ってたら」
「──たら?」
「なんか、慣れちゃったでゴザル」
「なんでやっ!?」
俺が着物の袖をフリフリ不服を表現するも、長身忍者はのほほんと。
「吐いたって辺りで一応"不具合報告"とかもしてみたんでゴザルが、もちろん運営からはメールで"今すぐヤメロ"みたいなこと言われたでゴザルよ?」
「ならやめときましょうよ……」
「運営が言う事にゃ、元々中性的な感覚の人物であれば、案外すんなり適応したりするケースもあるみたいでゴザル。拙者思ったより"女"だったって事でござるな」
「…………」
俺が"ならなんで強行すんだよ"みたいなジト目を向けていれば、忍者は覆面の奥で眼を泳がせ泳がせ。
「だだだって興味あるじゃないでゴザルか。拙者リアルだとそこそこオタクなんで彼氏とかいたことないし、ゴニョゴニョ」
「え、意外です。──可愛いのに」
「え、ほんとでゴザルか? いやいやなつぴこ殿みたいな美少女に言われてもどこまで真に受けていいんだか。えへえへ」
「今目の前で照れ顔んなってる忍者はどうかと思います」
「あ、ハイ」
「でもそれ、大丈夫なんですか? ──リアルで、悪影響とかは」
「いっぺんこっちの身長に慣れてからログアウトすると、最初はコケまくったでゴザル。"これくらい脚を持ち上げれば越えられる"と思った段差でことごとく足を引っかけて」
あ、それはすごいわかる。
俺もなった。女になった直後は突然の身長の変化にめっちゃコケまくった。
足の長さ全然違うんだもん。
神妙に頷く俺の内心を知らず、忍者。
「そうさな。なつぴこ殿は屠龍の勇者はご存じかな?」
「ええ、そう言えば彼女も中身が男性なんだとか」
虚象事件の時に散々お世話になった、ゲーム内最高レベルプレイヤーと称される少女。
さらさらフワフワの長い金髪。南海の碧を思わせる宝石の様な瞳。童話の"赤ずきん"を緑色にしたようなカントリードレスの人形じみた格好。
彼女は10歳前後の少女の様な見た目をしていたが、その実プレイヤーは中年男性なのだと、自分で言っていた。
……そういや彼女──彼も、2年前の俺のような感覚を味わったのだろうか。その、股間に当然ぶら下がっているはずのものが、次の日突然無い。みたいな。
わからないな。
わからないよ。
望むか望まないかで言ったら、これっぽっちも望んでいなかった。
自分で望んで変わろうって人の気持ちは、わからない。
どんなに望んだって二度と手に入らない。
取り返しがつかないって意味では、きゃみさまとかだって同じのはずだ。
どうしてそんな踏ん切り、付けられるんだろう。
どんな──覚悟だったんだろ。
思考が深みにはまりかけたところで、目のまえでパタパタと手を振られ、ハッとして相手を見返す。
「大丈夫でゴザルかー?」
「あ、はい、すいません、ちょっと思うとこもあって」
「ふむ、しかしそこまで知っているなら話は早い。彼女なんかはゲーム内時間で三日三晩のたうち回ったそうでゴザルぞ」
"何がお前らをそうまで駆り立てるんだよ"
俺がそんなジト目を向けていれば、だ。
「──まぁ確かにその通りなンだがよ? 勝手に言っちゃうのはどうかなー? ザッキー?」
忍者の後ろから突然第三者の声。




