第52回 「儚花の魔女」
ぽん。
そんな音だった。
あんまり聞き覚えの無い音だった。
視界の端に明滅する、青緑に光る便箋のアイコンを見て。
いやぁめっちゃリアルな主観視点のゲームで、思わず現実と混同するような感覚の中で、えらく自然にサイバー演出入れてくるよなぁ、なんて。
コマンドウィンドウを開き、メーラーを起動すると、予想通り、着信。
そういやThebes内でメールをもらうなんて、これが初めてじゃないか?
いや、虚象事件の時にマリーシアさんとかと連絡取り合ったろうか。
何しろ覚えてない。くらいには使ってない。
きゃみさまや高坂と落ち合うってときは、だいたいリアルで予定を決めてからだ。
2046年 8月 31日。
夏休み最後の金曜日。
Thebes内にて。
"ギルド 真白の羽根 及び 薔薇十字の兄弟 合同晩餐会へのお誘い"
そんな見出しの、ケンちゃんさんからのメールに。
ただ、きょとん、と。
◇◆◇◆◇
週末の宵口、にわかに賑わうマーケットの入口で、高坂、きゃみさまと落ち合う。
件の晩餐会への招待状は、どうやら俺たち全員に宛てられていたようで。
メールの内容は
夏休みシーズン最後の週末の夜、セレクトリア領ユリシャ市ターヴァエリア、行政区緑地公園基地にて両ギルド合同の立食パーティーを開催します。
つきましては日ごろご愛顧いただいてるお客様も招待するので来てね!
という事らしいが。
以前ケンちゃん氏に教えてもらった、ビーフシチューのお店はすこぶる美味だった。
バーチャルとはいえ所謂"タダ飯"ってやつに、俺はちょっと期待しちゃったりなんかするんだけど。
「だって……」
「ねぇ?」
裏腹に、きゃみさまと高坂は浮かない顔を見合わせる。
何が問題? と首をかしげる俺に、きゃみさまは渋い顔。
「だぁって、"白羽根"と"薔薇十字"よ!?」
「まぁまぁ。とりあえずケンちゃんとこ行って、話だけでも聞いてみようよ」
方や"伝説のギルド"と名高い凄腕集団、真白の羽根
方や"PvP筆頭ギルド"と謳われる薔薇十字の兄弟
そんな大物ギルドが主催するパーティーに、なんで初心者丸出し三人組の俺たちが? と問われれば。
それはひとえに、白羽根のメンバーで街鍛冶師であるケンちゃん氏と懇意にしている、常連客であるという一点に尽きる。
しかし、いくらここでは大物、といっても所詮はThebesはゲーム。
同じ人間、ひとつのパーソナリティに、大物も小物もないと、俺は思うのだ。
怖気づく二人を半ば引きずるように、ケンちゃん武器防具店を目指すのであった。
◇◆◇◆◇
「雪乃ちゃん、来れないんだって?」
「ああ、なんか忙しいらしくて」
「もーしょげんなしょげんな」
「揶揄うなよ、姐さん」
ケンちゃん氏の店先についてみれば、そんな会話が漏れ聞こえる。
遠間から、手を振って来訪を告げれば、あちらも振り返す。
ケンちゃん氏と会話していた相手。
薄桃色に桜の花びらを散らした着物姿。俺がAgesで着せられるようなお行儀の良さはなく、艶めかしく衣紋を抜き、白い項を魅せ、裾をはだける。
着物には不要なほどのメリハリ。零れ落ちそうな豊満な胸が帯に載る。衣装の直線的なラインに逆らうかのような腰つき。
そして眼に痛いほどの鮮やかな桃髪を高く括り、錫杖の様な杖を携えた女性。
着ている着物こそ普通のモノであるが、よくある時代劇の"遊女"のような立ち振る舞いに思わずドキリとする。
会釈をして、ひとまず知ってる方に挨拶。
「こんばんは。けんちゃんさん、メール見たんですけど──」
「おう、送ったぞ。お前らも参加するだろ?」
「い、いいの? アタシら場違いじゃない?」
「おおおおおお邪魔じゃないですかね?」
恐縮するきゃみさまと高坂に、ケンちゃんさんはくっくと含んだように笑い。
「そんな堅苦しいもんじゃないって。飲み会だよ、ただの」
「あらぁ、ケン坊、誰よこのかわいー子たち」
待ち切れず、といった風に会話に混ざり、ケンちゃん氏の肩に腕を回す女性。
む。いけない。いけないんだぞけんちゃん。伊春さんというものがありながらっ。
「ああ、最近の常連客の子たちだよ。ナツヒコにきゃみさま、フユキ」
ケンちゃんさんに紹介され、ぺこりと頭を下げるも、伊春さん以外の妙に親しげな女性の存在になんだかもやっとしたものが。
「あら個性的なお名前」
どうみても女子高生くらいの少女を指して"ナツヒコ"との紹介に、着物の女性は一瞬キョトン顔をするも、そんな感想。
エリス神官長と言い、この人と言い、ちょっとおおらか過ぎないか。
いや、ネットゲームなんてこんなもんか。
色んなもやもやが顔に出てたんだろう。女性はくっくと含んで笑い。
「"誰よこの女"って顔ねェ。──大丈夫よ、ケンタローお兄さん盗ったりしないから」
「えっいやっそういうんじゃ。いやあのでも、ケンちゃんさんにはいはるさんっていう人がっ」
なんでこう、俺はケンちゃんさんの事好いてると疑われるのか。
いや恋慕の情などないのに懇意にしている女、っていう俺が異質なんだろう、たぶん。
何にしろ、しどろもどろになっていると、ケンちゃんさんがウンザリした顔で割って入る。
「姐さんはさっさと自己紹介してくれよ。変に誤解が広がる」
「へいへい、あたしは魔性の女ですよー、ってアンタが紹介してくれればいいのに」
辟易とした顔で、しかし一変、持っていた飾りの扇子をスパンと広げ、口元を隠す。妖艶に目を細め、口角など見せなくとも、笑う。
「それじゃあ改めまして。ギルド、真白の羽根を主催しております。ヴィアーネ・サルタリクと申します。日頃はうちのケン坊がお世話になっているようですね」
「あ、いえ、こちらこそケンちゃんさんにはいつもお世話になってまして」
主催……ってことはこの人が白羽根のギルドマスターさんか。
なるほどケンちゃん氏とある程度仲良さそうなのはそのせいか。
なんならそれで、俺のもやもやなどするりとなくなってしまうのだけど。
代わりに後ろからひゅって息を呑む音が聞こえて。
「し、白羽根のギルマス……!」
「は、儚花の……魔女」
振り返ればガタガタと震えて、きゃみさまと高坂。
え、なに、またしても俺だけ知らない奴?
えっと、はくかのまじょ? すごいの?
俺がピンクの姉御と二人を交互に見て、不思議そうにしていると、徐にきゃみさまにチョップをかまされる。
いたっ。いたい。わかった。わかったから。
「白羽根のギルドマスター、儚花の魔女ったらあの屠龍の勇者についで高レベルの大魔術師よ! アタシらなんか指先で消しとんじゃうわよ!」
ええー。って俺が今更のように目をしばたいていれば、いよいよこらえきれずといった風に"魔女"さんは腹を抱えて笑う。
「あっははは! 指先ひとつで! ってね。まぁそれ言ったら、貴方たちが日ごろ相手にしてるこのケン坊は、あたしのことを一撃で一刀両断できるわよ」
「そんなんは状況次第だよ。初心者たちを揶揄わないでくれ、姐さん」
ええー。って顔をそのままケンちゃん氏にスライドさせる俺たちに、鍛冶師はヤレヤレと後ろ頭を掻いてぼやく。
いやあれだ。彼とて最強ギルドの構成員。御多分に漏れず凄い人なんだろう。
でもケンちゃんだぞ? あのケンちゃんなんだぞ?
当の鍛冶師は今日は何だかいつもと少しイメージが違う。
なにが、といえば、いつものよくわからない愚痴が書いてある白いシャツじゃない。無地の真っ黒なシャツの上から、例の白い羽のロゴが付いたフードパーカーを羽織っている。
そして片手に1メートル半は裕に在りそうな黒塗りの大太刀。
"本気モード"みたいな。
このゲームにおける"正装"みたいな。
そこでようやくピンとくる。なるほどこの白い羽のロゴは、ギルドのシンボルなんだ。着て歩けば、やれ最強ギルドがやってきた、と町は大騒ぎってわけだ。
俺はいつかの夜、この上着を着て街を歩いた。
他のプレイヤーからしてみれば、え、何あの見かけない小娘。白羽根の上着着てんだけど? もしかしてあの真白の羽根が新メンバー!?
くらいに思われていても不思議ではなかったろう。
実感がわかないながらも、ここまで白羽根の話をそこはかとなく聞いてきて、この羽根のロゴの持つ意味という奴に察しが行った。
"セーラー服が悪目立ちするからってその上着はなかったかも"
とは当時のケンちゃんの言。
あとからきゃみさまに「それ着て歩いたの!?」とぎょっとした顔されてた。
いまさらながら、やらかしに気が付いて、一人赤面していると。
目の前に掌が差し出される。
大きい手。男性の手。ケンちゃんさんの手。
「行くだろ? 晩餐会」
「──ええ、ご相伴にあずかります」
微笑んで、その手を取る。
小さくなってしまった手。
彼の掌に、すっぽり収まってしまう、自分のそれ。
自分がでかい時はそれでも"同じ人間の手"くらいに思っていたのに。
今ははっきりと違う。白く、小さな手のひら。




