第51回 「やってません」
涙脆く、なったと思う。
女性になってこっち。
くやしかったり。
つらかったり。
悲しかったり。
最近は少しだけ、うれしかったり、して。
事ある毎に涙をこぼす。
もちろん泣き顔晒すなんて恥ずかしい。
でも簡単に泣きそうになって、簡単に泣きそうになる自分がくやしくって。
涙ぐんで、意地になって零れないように我慢して、でもできなくて、結局。
"女性は感情的な生き物だ"
なんて、世間は言う。
今の俺は何だろうか。
鳥山先生の言う事を鵜呑みにするなら、今の俺は脳みそに至るまで完全な女性。
で、あれば。俺が俺だと、未だ以て"俺"であると定義しているものは、そうであった頃の記憶しかない。
忘れて──しまうだろうか。
このまま全て女の、女性の身体から発するものにすべて置き換わって。
いつしか、完全な女の子って奴に。俺もなってしまうんだろうか。
それは、何だかくやしいんだ。
いまは、前みたいに、単純に"女の子になんかなりたくない"ってんじゃなくって。
そうであることにささやかな喜びがあったり、楽しかったり、可愛かったり、すてきだったり。
でも、それに塗りつぶされるように。
元々の俺が、"神谷夏彦"がきれいさっぱり居なくなってしまうのは。
何だかくやしいんだ。
2046年 8月 30日 木曜日。
ああもう月末。
夏休み終わっちゃう。
と、思いきやうちの高校は、選択次第ではあるけど土日は休みで。
なんの偶然か今年の新学期は3日から。
やったー夏休み2日も長い!
まぁそのかわりフルサイズの一週間で学校始まるんだけどな。
くだんな。
そんな事にだけ執心して、愚痴を吐いていたかった。
「んー」
クローゼットを前に、唸る。
ベージュのロングスカートとジーンズのスリムパンツを見比べて。
迷うこたぁないだろ。こないだのバイト先を思い出してみろ。
ズボン一択。
でもこの夏日にジーンズ? 暑いんだよな。スリムの奴だし、肌に触れやすいっていうか。
もっと薄手の奴はないんだっけ? ああそうだ、薄すぎていろいろ浮き出ちゃうんだった。ちょっとスポーティな、縁取りのしっかりした下着ばかり選んだのも悪さして。
もう、くっきり、ばっちり。
「んんー」
結局、薄手のロングスカートを翻して、アパートを後にする。
嗚呼、今日も自転車が漕ぎづらい。
◇◆◇◆◇
「神谷ちゃんてさァ、Thebes、やってる?」
シィィィィィィッッッット!!
なにこれいきなり大ピンチ。
油断した! 国内ユーザー数第一位のMMO-RPGを甘く見ていた。
ゲーム内であれだけのプレイヤーが闊歩しているんだ。
身近に潜在していても何ら不思議ではない。
俺は今日ほど、現実と全く同じ見た目でゲームしていたことを後悔したことなどないだろう。
バイト先。本屋。
俺と同じく隣のレジに佇む、先輩アルバイト。
女子大生。間崎 瑠衣 二十歳。
ててん。
俺の頭の中でそんな効果音が鳴り。
ロー。ミドル。ハイアングル。
店内静止画が3回切りかわったところでいよいよ間が持たず。
ギギギギギって音が鳴りそうなほど、ぎこちなく彼女から目を背け。
「や、やってません」
我ながら苦しい。だらだらと脂汗を流しながら。
ああくそ、汗かきたくなくて色々引き換えにスカートにしてきたのに。
明るい亜麻髪を長く、高く、ポニーテールにして。
ちょっと目がぱっちりした、快活そうな女性。
小柄に見えて、その実女性にしては長身。170近く在りそう。
俺の返事を聞いてか、はたまた見透かしてか。
ふんすとこぶしを握って。間崎さん。
「今はゲームの中でおいしいモノ食べて、ちゃんと味覚もあるのに、太らないとか夢みたいだよねぇ。なんだっけ、RPGなんだけど、最初の街にね、お菓子の美味しいカフェが──」
「サニーメルトですね」
「テラス席もあって素敵なお店だとか」
「オススメは粒餡トーストです。ハーフサイズもあってお腹に合わせて食べられます。ケーキの種類もいっぱいあって。あ、何種類も紅茶があるんですよ。ストレートコーヒーも豆の種類から選べて──」
「……」
「…………」
「──って、やってるともだちがゆってましたぁ」
「……」
「…………」
「Thebes、やってる?」
「やってません」
さらには乗せられてぺらぺらと。
我ながら苦しすぎる否定。
間崎さんは同じゲームのプレイヤーを見つけたり、とにんまり。
がばっと肩を組んできて、反対の手で俺の頬をぷにぷにぷに。
「ほれー。認めてしまうでゴザルよー」
「ま、間崎さんが何処の誰だか教えてくれたら、認めます」
口を"3"にして、最後の抵抗。
それに間崎さんはキョトン顔で返し。
「おおっとそいつは教えられんでゴザルなー。にんにん」
「ひ、ひきょうものー!」
さすがきたないっ
なんてすったもんだやっていれば、だ。
気が付けばレジ前に、こないだのサラリーマン風の彼が立っていて。
「あ、待ちますんで、どうぞどうぞ」
なんて、ほっこり顔。
「あ、し、し、しつれいっしまし、ま」
「お、お待たせしてゴザル」
二人顔を真っ赤にしてレジ対応、した。
さて、半ば断定──なんてことができるってことは、多分ゲーム内で俺を見かけているんだ。
何処で会ったろうか。
隣で歯を見せて笑う間崎さんの、人好きのする笑顔。
それとなく記憶を探り、ゲーム内の知り合いを照らし合わせて行くも、それらしく合致する相手はおらず。
そも、相手は全然違う見た目でプレイしているかもしれないのだ。
一瞬。
ゼラの顔が浮かんで。
眼前の間崎さんがにへら、と笑うのを見て、流石に無いか、と。
むしろエリス神官長だと言われれば信じてしまいそう。
さてさて。
どうなる? バイト生活ー。




