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第49回 「このヘタレー」



「ほったらこの伊春さんにまかしとき―」


 伊春さんは着物仲間を増やしたい気持ちもあってか、乗り気でそんなことを言ってくる。


「お、お願いします」


 俺としてもThebesではチャンバラする方なので、出来ればこの格好での動き方って奴は是非ともご教授願いたい。


「ほんじゃー慣れんと難しい奴から超妥協した奴まで、色々やってみせるんね。きっと、自分に合うたやり方がどれかあると思うん」

「は、はい」


「えーっとぉ。そしたら、剣十郎さーん」

「うぇい!?」


 自分は蚊帳の外だと思っていたらしい、ケンちゃんさんが素っ頓狂な声で振り返る。


「ちょっと着替えたいんけど、奥の天幕、貸してもらってもいー?」

「うぇ!? あ、いや、どどどーぞ!?」


 意中の女性がすぐそこの布一枚隔てた向こうで着替える宣言。

 いやそんなんもう意識しないはずもなく。

 ケンちゃん氏は顔をド真っ赤にして、何やらわざとらしく、でもバレバレな感じに興味ないフリ。


 案外ウブなのか、それとも惚れた相手ってのはそうなってしまうものなのか。


「ふふ。覗いたらあかんよー?」

「しませんて!」


 天幕の暖簾みたいになった入り口を閉じながら、そんなからかい文句。

 ケンちゃんさんはいよいよ真っ赤になって椅子から浮きながら。


 衣擦れの音すら聞き耳たてまいと、両手で耳を塞ぐ鍛冶師。

 俺としては苦笑いで見守るほかない。


 しかしあれだな。

 恋慕の情はさらさらない、といった風であるのに。いや、だからこそ、か。

 こんな布一枚隔てただけの向こう側で。異性の前で着替えるくらいには信用してるんだな。なんて。



「じゃーん。おまたせしました」


 何にせよ、いくばかもしないうちに天幕から出てきた伊春さんは、俺と同じような袴姿をしていた。

 薄桃色の着物に、少し赤が強く入った紫の袴。俺と対になったような色合いだ。


「あっしもこういうカッコした方がわかりやすいか思て」


 少しはにかみながら袴をつまんで持ち上げる。

 最初に会った時のような態度であれば"綺麗"だ、と思ったろう。

 今は、何方かと言えば"可愛らしい"と言った感想。


「そしたら"なっちゃんさん"」

「は、はい」


「その刀、えーと鞘身のままでいいので、それでゆーっくり打ちかかってきてくれへん?」

「え、だ、だいじょうぶですか?」


「だいじょうぶよ。れべるはあげてあるんで、鞘のままならもしあたっても大したこと無いでな」


「あ。あ。でもゆっくりな! ゆーっくりでおねがいしますー。あっしどんくさいので」


 言われた通り、鞘にしまったままの刀を構える。

 今はこれの抜き口が硬いのはたすかる。すっぽ抜けて怪我でもさせたらあぶないし。


 なんにしろ、素人ながら殺陣の演技でもするように、ゆっくりと伊春さんに向かって打ちかかる。

 すると俺の視界で、伊春さんに鞘が触れるか否かといったところで、突然、伊春さんの位置がずれる(・・・・・・)


 こう、避けた、とか、飛びのいた、といった風ではない。

 向きも変えず、躍動というほどの縦揺れすらせず、ただ一定の速さで横にずれ、刀の軌道から逸れる。


 もう一歩踏み込んで、今度は横なぎに。

 またも、今度は後ろにズレ(・・)る。スライドしている。と言った方が当てはまるような、そんな動き。


「????」


 俺が目を丸くしていると、とん。という地面をけるような軽い音。

 次の瞬間、伊春さんが俺の眼前に。


「わ」


 驚いて仰け反る俺に、にこり、と笑顔。


「剣道とかでも習うような"すり足"に類する歩法やなー」

「すりあし?」


「膝をほぼほぼ曲げんでな、肩幅くらい脚を開いては閉じる、を素早く繰り返すような動き。袴みたいな足元が見えづらいカッコでやると、すべっとるんかくらいに縦揺れせんやろ?」

「は、はい」


「ま、ただこれは慣れんと、特にブーツだと少しむずいかなぁ? でもできると最小限で避けて反撃、ができるんでチャンバラには役立つかもなぁ。良かったら練習してみてー」

「はいっ」


「そしたらあとは、バトルはそっちのけで、もうひたすらガン逃げしたい時なんかは──」


 そう言うと伊春さんは袴の膝のあたりを両手でつかみ、がばっと左右に広げるように持ち上げる。


「これ、中の着物も一緒につかんどるんけどな? こんなことしたら合わせの前がパッカーンと開いてちょっとはしたないんやけど、どのみち袴でそれは見えんし。で、まぁここまですれば普通に膝が上げられるん、あとは全力疾走や」


 けらけらと笑う伊春さん。

 でもまぁたしかに。こうしてしまえばよかったのだ。


「でもなー」

「?」


「現実、そんな開き方したら一発で着崩れ必至やで。本来なら最終手段やー」

「え」


「でもここは"ばーちゃるりありてー"やー。元に戻るんや。楽なもんよなー」

「なんと」


「や、現実でもすごい人は脚だけで着物の裾ごと肩幅以上に開いて、で、何事もなかったかのように戻るなんて人も居るねんけどな? まぁそんなんは今どき極道か俳優かってくらいで」

「ははぁ」


 え、なんだって?

 脚の動きだけで? ぴっちり閉じた着物の裾を開きながら、肩幅以上に脚を開いて? で、型崩れさせずに元に戻る?

 いやあのまず脚の動きだけで、着物の裾ごと脚を開くってのが無理だったんですが。


 まぁ、練習はしてみよう。どだいできる気がしないが。


 で、そんな風に、俺が言われたことを咀嚼していれば、だ。

 目の前の伊春さんは"そしたらなー?"なんて言いながら、なんと袴の帯紐を解き始める。


 え、ちょ、まって。ここ天幕の中じゃないし、すぐそこで異性(けんちゃん)見てんねんぞ。

 当のケンちゃん氏は、なんかせき込みながら後ろを向いている。あら律儀。


 考えてみれば俺自身がそうであるように、袴だけ脱いだところでその下に全丈の着物がある訳で、何が見えるってわけでもないのだが。

 しかしながら男性の見ている前で"スカート脱ぐ"みたいなそれに、俺までどきどきしてしまう。


 何にしろ薄桃色の着物を、黒い袴下帯で止めただけの格好になった伊春さん。

 取り払った袴だけをインベントリにしまい込むと、再び俺を覗き込む。


 この人には珍しい。

 いや、しいて言うなら、初対面の時のこの人の、少し大人びた雰囲気で。ふふ。と、苦笑い。


「悔しいことになー。女袴も着物も。基本的には女の子が足開くようには出来とらんのや」

「…………」


 その、"くやしいことに"が、どういうつもりなのか。

 いまいち測りかねる間に、話は進んでしまって。


「そしたらこっからが裏技みたいなもんやー」

「裏……技?」


 で、今度は何をするかと思えば。

 徐に着物の裾をつまみ上げると、裾を開きながら膝上まで持ち上げる。

 今度こそ、袴無しでそれをやるから、白い膝下が丸見えだ。

 襦袢……ええと、肌着みたいな奴が重なり合って股下が露になるとかじゃないんだけど、ある程度の露出に、他人事ながら慌てふためいてしまう。


 ああ、ほら。

 うしろではケンちゃん氏がいよいよ"イ゛ェ゛ッッッフ!!"みたいなひどい咳払いしてるぞ。そろそろ何かしらの何某がはちきれそうだ。勘弁してあげろください。


 そんなケンちゃん氏に気が付いてかどうか、伊春さんはめくり上げた着物の裾を、左右それぞれ帯に引っ掛ける様に差し込んで手を放す。

 ああ、なるほど。


「ほら、こうするっと手を放しても膝まで露出するやん? 格段に動きやすくなるはずや。ホントは袴の中でこれやるんけど、今は説明の為にな? あ、あ、剣十郎さんはあんま見んといてな!」


 今更と言えば今更な"見んといて"に、金髪の鍛冶師は後ろを向いたままぶんぶんと首を縦に振る。

 俺が言うのもなんだけどさ。なんだけど。

 あれはもう誠実とか律儀とか通り越して単にヘタレ、と、言うのではなかろうか。


「あとは──」


 え、まだありますか?

 ケンちゃんさんがもう息も絶え絶えですが。まだしますか?

 いや俺的にはありがたいですが、こう、手心と言いますか。


「剣十郎さんもっかい天幕借りるなー」

「──!! っ!!」


 そろそろ返事が声になってない。可哀想。

 で、待つこと数分。


「じゃーん」


 出てきた伊春さんは膝上丈の着物──なんていうか、所謂"ミニ浴衣"の生地だけしっかりしたような奴を身に着けていて。

 彼女には珍しい膝下丸出し。

 いや、"じゃーん"じゃないが。

 ケンちゃ──いや、まぁ、うん。


「現代は色々ズルできるようになっとてなー。帯もワマシに御太鼓の飾りをひっかけるだけ―とか、袴も中の着物があらかじめこんくらいの丈なら、フツーにスカートくらいの動きならできるっちゅーこっちゃー!」

「なる──ほど?」

 

 なんかやり切った風な満足げな伊春さんと、そろそろ色んなものが限界を迎えそうなケンちゃん氏を交互に見。

 まぁ膝上丈の着物を新しく買うのが正解かな。それまでは袴の中で裾をたくし上げるやり方かなーなんてぼんやりと考え。


「ありがとう……ございます」



◇◆◇◆◇



「ほな色々試してみてなー」

「ええ、いろいろご教授有難うございました」


 いつもの群青に潮の染め抜きの着物に戻った伊春さんが、ニッコニコの笑顔でケンちゃん武器防具店を後に、雑踏に消えてゆく。


 それを店主と一緒に、ならんで手を振り見送って。


「……」

「…………」


 仮設店舗に取り残されるようにポツンと、二人。

 しばし、並び立ち、無言。


「──見ちゃえばよかったんすよ」


 徐に、俺。ケンちゃんさんの方を見ずに。

 隣から盛大にせき込む彼の声。


 そこでようやく、横目に彼の方を覗き見る。

 ちょっと恨めしい感じのジト目を向ける鍛冶師と、目が合う。



「このヘタレー」

「……なんとでも言え」





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