第48回 「最背列のゼト」
"最背列"という枕詞を冠する神がいる。
名を"ゼト"
表記の上で"Zeto"
セレクトリア古表記における文字列最後の一字からとも
宗派開祖Arrun・Z・Thettの名からとも言われるが、そも人の後に神の名が決まるだろうか。それとも呼び方など人の勝手のそれだろうか。今となっては定かではない。
大陸聖教会という枠組みにおいてその信仰神が一柱でありながら半ば異端。
そも大陸聖教会というもの自体が歪である。
一つの宗教の様でありながらいくつもの宗派教義を内包する多神教のような物。
"聖教会"を名乗りながら聖邪の基準などまるでバラバラ。
ときに同じ母体内においてお互いのそれを真っ向から否定し合う。
議論が生じれば剣をもって語り合い、勝者是如何に邪であれ、それに従えと教える"力こそ全て"
信念の強さにこそ重きを置き、その方向性が如何に愚劣蛮行であれ志の強さを良しとする"貫く信念"
恋慕の情あらばまかり通る、結果としてもたらされるものがなんであれ不問。愛ゆえに"大いなる嫉妬"
それらを内包する母体を大陸"聖"教会という。
彼らを、同じ"大陸聖教会信徒"と言うに、その意向は既に矛盾。
最初から破綻した枠組み。
……話をゼトに戻そう。
宗派開祖、アランの興したという街。
彼の要塞。セレクトリア王国は王都ヴァルハラより南に位置する、城塞都市アーレンフォートに本拠地を置く一派。
教義は不動、冷静、俯瞰、そして所謂"漁夫の利"を良しとする。
動かず、状況を見、此処という機を一心に狙い伺う。
その名は"一番最後にやってきて全てを攫う者"を表し
故に"最背列"
最背列のゼト。
「と、いうのが原作における、よくある"最背列の男"の記述だ」
ヴァルハラ市はマーケットの一画。
前回に引き続き、ケンちゃん武器防具店の店先に並べた丸太椅子に腰を下ろして、一同。
ホント、原作大好きなんだろう。
原作について語るケンちゃん氏は生き生きとしている、が。
今は話題が話題。
「ええと、つまり?」
「そもそも教義として"漁夫の利こそ至高"とか言っちゃってる集団だ。まぁなんだ。一言で言って"胡散臭い"」
胡散臭い?
だが、あの時ゼラの見せた鬼気迫る表情は。あの涙は。
あれすら演技だというなら、自分の見る目の無さを呪うほかない。
と。
思った矢先のこれである。
さて困った。俺としてはゼラ自身は信用していいと思った。
だが彼女を取り巻く集団の母体、そも"ゼト信仰"そのものが胡散臭いという。
ケンちゃん氏だけでなく、刀と甘味以外にはあまり興味がないらしい伊春さんまで頷いているのだから、ゼトのイメージが"胡散臭い"なのはThebesでは通説なんだろう。
「正直、その女性個人を指して言えば、信用してよい、と、思いました」
俺が、困った顔でケンちゃん氏を見上げれば、彼はやはりといえばやはり、後ろ頭をカリカリ。
「それを丸っと否定はしない。だが、まぁ、オレの言ったことも、頭の片隅に置いておいてくれ」
「そうなー。あっしの前に現れた"ゼトさん"は正に一番最後に現れて全てを攫う者やったケドなぁ」
何か悔しい思い出でもあるのか、伊春さんは拗ねた様に口を尖らせる。
意中の女性が嫌な目にってんなら、思う所のひとつもあるだろう。ケンちゃん氏は方眉を吊り上げて。
「なんかあった?」
「あとひと叩きってとこまで砕いた硬化銀石の純結晶、突然現れたゼトさんに最後の一撃だけ持ってかれて、ほとんど拾得権限持ってかれてもうたん」
「あーね……」
伊春さんは思い出して悔しそうって風だけど、まぁそれが"別にゼトでなくても起こりうる程度の迷惑行為"で、何方かと言えばほっとしたようなケンちゃん氏。
「あれで教義を盾に、自分らは正しいことしてるんですが何か? みたいな顔しよるんが腹立つうう!」
「えっと高純度硬化銀石ならオレが融通するけど?」
袖をフリフリ、ぷんすこぴょんて感じで可愛らしく怒るというか、拗ねるというか。
そんな伊春さんに同業のよしみで、とケンちゃん氏。
「へ? や。あの。そんな催促みたいな真似できんよぅ! 忘れて! 忘れて!」
我に返った伊春さんが慌てて遠慮する様を、何だか微笑ましく見守る。
良いぞお前らもうちょっとイチャイチャしろ。
で、まぁなんだったら事例まで上げてもらって。
ほとんど泥棒ネズミみたいな疎まれ役ってのが、所謂"ゼト"の一般的な認識ってのは何となくわかった。
でもアンタはそんなんじゃない。
そんなんじゃない、と、思うんだ。
なぁ、ゼラ。
◇◆◇◆◇
「あ、それで、も一個相談したいこと有って」
「おう、なんだ?」
「や、伊春さん居るなら、そっちが早いかなって」
「ふぇ? あっし?」
同じくケンちゃん氏の仮店舗前。
俺は自分の姿格好を改めて見せる様に、丸太椅子から立ち上がる。
そんで袴の裾をつまんで少し広げて見せ
「お勧めしてもらったこの袴ってヤツ、その、姿格好は自分でも気に入ってて、満足してるんですが」
「──が?」
お勧めしてもらった手前、不満点は言いづらい。
俺は申し訳ない気持ちで、伊春さんを上目遣いに見ながら
「えっと、懸念していた通り、動けません」
「なるほどっ」
合点が言ったとばかりに、伊春さんが頷き、同じく席を立ち。
俺の前にしゃがみ込むと"ちょっとごめんなぁ"なんて断りを入れつつ、俺の袴の裾を少しめくって見せる。
ケンちゃん氏があわてて眼を逸らすが、そもこの袴ってヤツ、普通にロング丈で脛のあたりで少し捲れたところで何が見えるってわけでもない。
さらに言えばその下の着物は普通のサイズで、そもそも袴をめくって見せたところで内側の着物の裾がこれまた脛のあたりまであるのだ。
まぁそれが動きづらい主たる原因なのだけど。
「なるほど。着物も全丈ってか、ブーツ丈にしたんね」
「え、えっと……?」
に、した。と言われたところで他に選択肢があったのかと。
ド素人の俺としてはそんな感想だ。
そんな俺に、伊春さんはふんすと目の前で拳を作り
「ほったらこの伊春さんにまかしとき!」




