第47回 「結構なパーソナルスペースだったんスよ」
男に迫られると何もできない自分。
思うように走る事すらできない袴。
ゼラの泣き顔。
Thebes運営の秘匿。
なんだか気の重い、翌29日、水曜日。
結局、本当に俺の知っていることは少なく。
ゼラの知りたかったことに対して、俺が答えられたのは。
・検査入院をしたのは■■県県庁所在都市記念病院第一技術実験棟
・面会に現れた男性開発スタッフが名乗ったのは"みかげ"という名字
・三人来たが名乗ったのはその一人だけで、他は不明、全員男性
ということくらい、か。
そういや一般病棟じゃなかったな。家族すら入れなかったのに、なんであの時きゃみさまは俺の病室これたんだろう?
考えても答えは出ない事だ、と、頭を振りながら。
そんなこんなでやってくるのはThebes内はヴァルハラ市商業区、ケンちゃん金属武器防具店。
なんか困ったらここ。
親身になってくれるし、少なくとも初心者の自分より詳しいやろってだいたい彼を頼ってしまう。
「こんにちはー」
「よぅ、ナツヒコ。──お、着物買えたんだな。かわいいじゃんか」
「ふふ。貴男に言われると他意がなさ過ぎて安心します」
「はーい、男としてみてない発言ナチュラルに傷つきまーす」
「……」
「…………」
一瞬の無言の後、何方ともなくクスリと笑いを漏らし。
そのままお互い腰を折ってひとしきり笑う。
「しっかし、貴男もホント、毎日いますよね」
「あれ? 知らない? 学校にもよるけど大学ってむしろ高校より長期休み長いんだよ。三学期無いとこもあるし」
「あ、ほんとに大学生なんスね」
「おおっとー」
しまった。とばかりに口に両手のケンちゃん氏。
どうせ本気で隠してもいないんでしょ? と苦笑を漏らす。
ケンちゃん氏はふぅと溜息ひとつ。俺から意図的に視線を外して。
「──で、今度は何に困ってんだ?」
「!」
そう。
ここ最近の諸々。
袴動きづらい。男怖い。なんか困ってる女の人居た。その他色々。
この人に相談したいと思って、ここに来た。
「そん──」
反射で言いかけ、一瞬だけ躊躇って。
「──なに、顔に出てます? 俺」
でもやっぱりそのまま吐き出す。
いやまぁ、そもそもゲームの中で"顔に出る"ってなんだよ、って表情筋ひとつ選んで、しかも無意識下で動かせるこの脳波直感入力方式に今更ながらにため息をつきつつも。
他の人相手なら含んでしまうようなことも、この人相手であれば吐き出せてしまうんだな、と。
ほんと、このゲームで最初に知り合ったのが彼でよかったと思うよ。
そういや紹介してくれたのはきゃみさまだったな。彼女は彼女でどっから見つけてきたんだろう。今度折見て聞いてみよ。
吐き出す裏で、そんなことを考えていれば。
ケンちゃん氏は俺の問いには答えず、徐にぽんぽんと、頭を軽く撫でられる。
「まぁ、座れよ」
「は、はい」
いつもの天幕の仮設店舗。いつもの丸太椅子。
立ち話もなんだって、招き入れるケンちゃん氏に続いて。
少しだけ乱れた髪を撫でつけながら。
ねぇ。ケンちゃんさん?
俺、女の子になってから"髪の毛"って、けっこうなパーソナルスペース内なんすよ。
そんな風に思いながら、クスリと。
それが許せる相手がいる。しかも異性。今となっては。
なんなら、Thebesの中だけの知り合いで。
おかしな御縁も在ったもんだ。
◇◆◇◆◇
「「ゼトぉぉぉぉっ?」」
さっきまでの和やかさは何処へやら。
疑わし気な目で不満そうな声を上げるケンちゃん氏。
何なら途中で合流した伊春さんまで。
ちゃう。まって。なんでこうなった?
順を追って話そう。
店先の丸太椅子に招かれ、腰を落ち着けたところで例の着物の女性"いはるさん"が通りかかり。
俺の格好を見るやすごい勢いで飛びついてきて。
"かーわーいー!!"
そんなふうに黄色い声を上げながら俺の頭を撫でり撫でり。
なんだ。この人最初の印象からどんどん精神年齢が下がっていくんだが。
"めっちゃ似合うやーん! ほらぁ! 剣十郎さん、あっしの言うた通りやんかー"
"あ、ああ、そう、だね?"
"なんやてんしょんひっくいなぁ。女の子がオサレしとるんやん、もっと褒めたらなー"
"い、いや可愛いとは思うよ?"
"もぉ、柄にもなくすましよーて"
いつもの群青に潮の染め抜きの着物。深い青に真白が鮮やかな袖をフリフリと乱して、いはるさん。
いやぁ、惚れた女性を目の前にして"他の女誉めろ"は余りに酷。
ケンちゃん氏の気持ちを分かってか分からずか。いやあれはきっとわかってない。
いい加減辛そうなケンちゃん氏を見ていられなくて、割って入って無理矢理話題を変える。
"まぁまぁそのくらいにして。それよりお二人に相談したいことあんですよ"
で、そこで取り出しましたるは件の女性、ゼラ。
こんな人に会ったんスよ。どう扱ったもんですかね。って。
"神官さん?"
"ヴァルハラだと力こそ全てか貫く信念辺り?"
ケンちゃん氏の言う"フォルセ"とか"ジャスティズ"が所謂複数いる神さまの名前だと気が付くのにちょっとかかったが。
あれ? でもなんかゼラは違う事言ってたぞ?
なんつったっけ。
"ええと、たしか最後列? のゼット? とかなんとか"
うろ覚えの、ゼラが自己紹介した時の信仰神の名前を口にする。
とたんに二人の眉が寄る。ケンちゃんさんどころか伊春さんまで。
え、俺なんか変なこと言いましたか?
ってところで場面冒頭に戻る。
「ゼ、ゼトかぁ~~~~」
「ゼトさんはなぁ……」
渋い顔をして押し黙る二人に、このあとゼラが直面している問題について相談しようとしていた俺は、戸惑って二の句が告げられなくなる。
「え、っと? な、何か問題のある、かみさまですか?」
「問題ちゅうかなぁ……ええと、何か芝居がかった聖句──呪文みたいなこと言うてた?」
「あれ、確かほぼほぼ英語なんだよ。あー、例えばプリーズ フォーギブミー ワールド? いや、テーベ、かな?」
"許し給え、世界"
あー、言われてみれば、たしかに、言ってた。
俺が恐る恐るうなずいてみせると。
二人は脱力した様に溜息を吐いた。
「決まりやなー」
「ああ、"最背列のゼト"だ」




