第46回 「ゼラ」
「疑うな、という方に無理がある。だけど頼む──」
目の前の金髪の女性は、心底弱り切ったように、俺を拝んで見せる。
俺としてはあの件は文字通り"恥"だ。
出来ればほじくられたくないものだが。
やり方は無茶苦茶だったが、俺の信用を得ようという努力と、この態度は考慮に値する。と、思う。
それに、仕組まれたことであったとはいえ、あの悪漢からの逃亡劇は、冷静になってみれば実はありがたい。なにせ、俺一人では逃げきれないという事を、その実危険なくデモンストレーションしてくれたのだから。
「何故、俺が虚象と接触したことを知っていますか?」
あ。
"俺"って言っちゃった。
「え? お、"俺"? あ、い、いや。ええと、アタシはある理由でこのゲームの運営団体への接触を試みていて、アンタのことはその過程で知った」
未だ以て自覚は薄いが、やはり姿見た目とギャップがあるらしい。
ゼラと名乗ったその女性は"俺"の一人称に一旦目を丸くするも、話が逸れる、とそのまま続ける。
「先に断っておくと、虚象の事が知りたいわけじゃない。"彼の末路"はアタシも読んだ。だからアレが凡そどういうモノかも知っているし、アンタが話したがらないのもなんとなくお察しするよ」
「あー……。俺は実は読んだことはないんですが。そうしてくれるとありがたいです。でも、なら、貴女が知りたいことって?」
「最初に言ったろう。このゲーム。オンラインゲームThebesWorldOnlineのサービス運営団体……いや、何方かというと開発スタッフか? そいつらと接触したい。アンタ、虚象に会った後、開発スタッフと会話してるんだろ?」
「え、と。それは、普通にカスタマーサービスを通して──」
「──してみた?」
「え」
「やったさ。それじゃだめだったんだ。普通の営利団体として普通に窓口を開いているように見えて、その実、企業としての名前すらない。このゲームの運営・開発は驚くほど一般に露出していないんだ」
「え、じゃあ、あの時俺の前に現れた開発スタッフは──」
「恐らく、例外中の例外。──なんでもいい。どこの病院で検査を受けたかとか、開発スタッフが何て名乗ったかとか」
なんと。
確かに自分でカスタマーサービスを利用したことはないし、でも、使ったらわかるもんだと、勝手に思い込んでいた。
そういやゲームパッケージに開発元の組織名らしきものが書いてないのも、確かにそう。
さて。
金髪の女性、ゼラに向き直り、姿勢を正す。
「正体不明の怪物、"まるで虚象"だ。俺なら二度と関わりたくありません。──それで、そんな"正体不明"に、貴女はなぜ自分から関わろうって言うんです?」
ゼラの顔が歪む。目を逸らし、歯噛みする。
「そこは……それは、言いづらい……」
「でも、結局俺が貴女を信用できるかどうかってのは、その開示次第です。現時点でThebes運営に対する最っ高に回りくどい詐欺である可能性もゼロじゃない」
「アンタ、なんか達観してるな。もしかして、アバターよりずっと大人……だったりする?」
「いいえ? ただ探られ慣れてるというか。探られ飽きてるというか」
ゼラの眉が寄る。"なんだそりゃ?"って顔。
一時、言葉を選ぶような。迷って、で、踏ん切りつける様に。
「ネカマ……だから?」
その、誤解は、なんだか久々だ。
思えばここ最近で出会った人たちの、そのほとんどに失言の上、性転換の過去を晒してしまったことが異常。その全てに受け入れられたからよかった様なものの。
まあ、どこまで本気で信じてくれてるかはわからないけど。
この、アバター"なつぴこ"の見た目と"俺"という一人称から導き出される、一番ありきたりな勘違い。
思い返してみれば、少し、久しぶりのそれに、思わず失笑してしまう。
「ふ。ふふ。単純にそうだったなら、どんなによかったでしょう、ね」
「ど、どういう、コト?」
笑う時に、口元を手で隠すとか、無意識にやってたりして。
普段なら、生理的に受け付けないというか、自分でやって自分で気持ち悪いというか。恐らく本物の女性、ゼラに向かって。"それはナイショだ"と言わんばかりに、鼻先に指をたて、微笑んで小首をかしげる。──なんてことが、出来てしまう。
今の俺は、何だろうか。
女の子、か?
これは女の子なんだろうか。
最後には、やっぱり自嘲気味に苦笑、して。
「今は──俺が、質問しているところだったかと、思いますけど?」
ゼラはこれ以上はないだろうという所まで眉を寄せ、眉間のしわに紙でも挿めそうなほどだ。
しかしながら"それは詳しく話したくない"という事だけは伝わったようで。
話は俺の質問に戻り、ゼラは再度、苦虫を噛み潰したような顔。
つまり、なんでゼラは、Thebes開発スタッフと接触したいのか。
ゼラは迷い迷って。いっそ狼狽えた風ですら在って。
「──言っても、どうせ信じてもらえない」
背けた顔から、そんな不貞腐れた台詞が飛び出て。
"どうせ信じてもらえない"は、なんならお互い様過ぎて。
それにも、思わず失笑し掛け、流石に笑っちゃ失礼か。と、鼻息を漏らす程度に、耐える。
「言われなきゃ、俺は何を信じていいかすら、わかりませんよ」
試すような俺の口調に、ゼラは一瞬イラついたように眉を吊り上げるも、それは無言のうちに力なくまた垂れ下がり。
俯いたまま、ぽつりと。
「姉ちゃ──姉が」
そこに、気の遠くなる様な逡巡があって。
「姉が、いるんだ。かなり……歳の離れた」
一度語りだせば、止まらず。止まれず。
ゼラは俯いたまま、ぽつりぽつりと。
大きな金の輪の耳飾りが、喋る度にわずかに揺れる。
「姉はとあるゲームの開発者のひとりだった。ずっと、そうとだけ聞かされてたし、アタシもそれ以上興味はなかった」
「でもあるとき、姉が失踪した。居なくなっちまったんだ。その時になって初めて足跡を追って、このThebesの開発メンバーだったってわかった」
「で、カスタマーサービス? 何度でもメールしたさ。"アンタとこでウチの姉が働いてたはずだ、失踪した。何か知らないか?"ってさ。何度送っても"お答えしかねます"の一点張り」
「あきらめきれずにしつこく何度もメールしてたら、その実誰と名乗る訳でもない"Thebes開発チーム"の名義で、一回だけ返事が来た」
「"貴方の姉は確かにウチに在籍していたけど、去年の2月から行方不明となっている。現在は長期無断欠勤を理由に除籍となっている。これ以上話せることはない"だってさ……」
「それを最後に、音信不通。返信のあったアドレスにさらに返信を返したけど、返事はなくて、翌日には無効なアドレスになってた」
苦渋に耐える様に、俯いたゼラが拳を握り締め。
かと思えば突然顔を上げ、鬼気迫る顔で俺に詰め寄り、その手を取る。
「納得できるわけないだろ!? ぜってぇ何か隠してんだ! だから! アタシは!!」
絶句して、相手を見返すことしかできない俺に、はたと気が付いたように手を放し、萎れるように下を向く。
「あ、す、すまん。でもあきらめきれないんだ。頼むよ。なんでもいい。知ってることがあったら──」
居ないはずの虚象といい。実体のわからないゲームの運営母体と言い。そろそろオカルトじみてきたな。
さて、にわかに信じがたいが、そんなことを言えば、この俺が元男って話だって信じがたい話。
ゼラは俯いて。拳を握り締めて。ついには膝の上にぼたぼたと零れるほどの涙。
少なくとも彼女の姉が失踪、ってのはホントなんだろう。これを演技でやってるんだとしたら、それこそサイコパスっていうか、もうオカルトだよ。
一つ深呼吸というか、溜息というか。
「わかりました。ただ、俺も一時その開発スタッフとすれ違っただけの一般人です。そんなに知ってることはありませんよ?」




