第45回 「虚象」
白濁。瞬間移動。悪漢に絡まれた現場、Thebes内、ヴァルハラ市飲食通り一番街、カフェ"サニーメルト"のテラスから。
おそらく、乱入してきた女性の手によってどこかしらにテレポートさせられている。この、一旦ホワイトアウトして、別の場所に移動した後ゆっくりと視界が戻る感覚には覚えがある。
ヴァルハラ市内を区画移動する際などに時短要素として用いられる転移水晶塊等と同じ表現だ。
やはり、行った先で地表から数十センチ上に現れ、着地に慣れを要するのも同じ。
視界が開ける。荒い舗装路。店舗と思しき建設の裏側。隙間を利用するように並べられた街路樹、ベンチ、簡易的な公園とも呼びづらい、休憩スペース。
の、ような場所。
「ここは……?」
視界が戻り様、当たりを見渡す。
「あー、説明しづらい。えーと商業区の裏通り辺り……?」
意外にも、真っ当な回答。
しかし──
一歩。二歩。
三、四、五。女性から離れ。
徐にインベントリを操作し、刀をジェネレートして左に携える。
「で、そこへ連れ込んでどうしようって言うんです?」
邪険に、というほどではないにしろ、警戒して。
現金なもんで。モヒカン相手に硬直して何もできないくせに、不審であれ女性であればこれができることに、そんな自分に少し、辟易として。
女性はなんていうか"あちゃー"って感じのやらかし顔っていうか、片手で眼を覆って。そうかと思えば眉を寄せて何とも情けない顔。への字口。横目に俺を見て。
「いやぁ。やっぱ、そういう反応になるよネー……」
「あの場から連れ出してくれたことには感謝しています。でも──」
「──うん」
この女性が現れた時の悪漢の、既知であるかの様な態度。
立場的にはどう見ても悪漢側。それを、なんていうかあの場でいきなり裏切って、悪漢を出し抜いて俺を連れ出した、みたいな。
そして真意は測りかねるまでも、俺にそれを疑われている自覚はある様子。
金髪の女性は実に気まずそうに頬を掻きかき。
こころなしか高く括った長いポニーテールまでペショっと萎れている様な。自動感情表現機能だろうか。
多分に怪しい、が。正直、直感で、何だか憎めない。
と、女性が溜息を吐き。
「あー、やめだやめだ。失敗したな。こんな事なら普通に話しかけるんだった」
「どういう、ことです?」
「一から、全部正直に話すよ。……聞いてくれる?」
「……聞きましょう」
多分に怪しい、が、悪意はない。
ここまで来てさらに出し抜かれ、陥れられるなら我が見る目の無さを呪うしかない。そう腹を括って、促されるまま同じベンチに腰を下ろす。
「話せるとこと、ちょっと詳しくは言えないとことってのは、あるん、だけど」
初対面の印象は最悪とはいかないまでも、不審。
"失敗したな"とはいかな感情からか。女性は言いにくそうに。
「ああ、先ず自己紹介からか。アタシはゼラ。Thebesでの生業が何の素性の証明にもなりゃしないが、大陸聖教会宗派信仰神が一柱、"最背列のゼト"の神官をしている」
「教会? 神官……ですか? あ、お……私、は──」
神官というには露出が過ぎる。と、正直に思う。
彼女の格好は申し訳程度局部だけを隠すような、装飾は華美であるもののハーフトップに長ふんどし、薄い羽織りもの、といった出で立ち。
ぱっと見は踊り子。無理矢理こじつけるなら少し旧文明的な信仰の、なんというか司祭というよりは巫女か、といった印象。
自己紹介を返そうとする俺を手で制し、ゼラと名乗る女性は。
「まぁその辺は今は重要じゃないんだ。ええと、アンタ、なつぴこサン……だろ?」
「! ……なんで」
「そりゃ調べたからさ。アタシはアンタに会う必要があったんだ。それも聞きにくいこと話してもらう為に、フラットな関係では足りなかった」
「だから、あの茶番を仕組んだ。あのチンピラどもをアンタにけしかけて、見事助けて見せて、感謝されるとこからのスタート。そういう筋書きだった。失敗したけど」
正直唖然とした。ぽかーんて感じで、多分口を半開きにして。
い、や、いろいろ言いたいことはあるが。山ほどあるが。
「これじゃマイナススタートだ。第一印象サイアク。でも頼むよ。どうしても聞かなきゃならないことがあるんだ」
そう、それだ。そうまでして俺に聞きたいことって、なんだ。
自慢じゃないが、原因不明の性転換の過去を除けばただの女子高生。
ゲーム内においても凡庸な初心者"ただの剣士"なつぴこ。だ。
性転換の過去を探ろうとしている?
いや"神谷夏彦"ではなく"なつぴこ"と呼んだ。俺のリアルを詮索したわけではない、と思う。
「言ってみてください。答えられるかはわかりませんが」
「ありがとう」
彼女はそこで、一度、深呼吸して。
「アンタ、あのなつぴこサンだろう? 虚象と接触したっていう」
「!!?」
その単語を聞いた瞬間。
一気に不審が勝った。ベンチの上で身を退け、思わず距離をとる。
虚象。
虚像でもなく、巨象でもなく、虚象。
虚象と呼ばれるソレについて話すには、少し、長くなるんだが。
俺は、何度となく前述するひと月前の"虚象事件"で。
この最先端技術の粋であるThebesWorldOnlineの、その運営・開発スタッフをして"ゲーム内に存在するはずがない"とされる存在に、出会った。
このゲームの、Thebesの原作小説とされるエピソードのひとつ。
Thebes:「彼の末路」において──
物語の主観である"少年"が、古帝国の遺構の最奥で出会う正体不明の怪物。
真横を向いた象のシルエット。その形の漆黒。黒というにも足りないほどの深淵。そこから覗く、青く光る双眸。真横を向いているように見えるのに、両目ともこちらを向いているという、奇妙な──
──いや、見た時の感情をそのままいうなら"フザケた姿"をしていて。
その存在がどういうものか。
俺は終ぞその、原作エピソードとやらを直接読むことはなかったが。
ただ一人それに触れた俺が、感想、として、言うなら。
あれは"恥"そのものだ。
具体的に何、と説明できるものではないんだが。
例えていうなら
"見られたら生きていられないほどの自身の恥"
もしくは
"他の誰に見られる前に、殺さなくては、この世から消さなくては、さもなくば、自分が消えるしかない"
出会った瞬間、自覚すらなくそう思わされるモノ、存在。
人生幸いにしてここまでの16年間、殺意、というものを抱かずに過ごしてきたが。その時初めて"猛烈な殺意"とでも呼ぶべき感情が沸き起こり、したことのない様な抜き方で刀を抜刀、振り上げ。
その感情が、決して自発ではなく、目の前の存在によって誘発されたものだと気が付いた時、愕然とした。
これはゲームだ。
それは、ゲームの中で起こったことだ。
あまりにも人の感情に干渉しすぎてやしないか。
心を弄ぶような真似ではないか。
だとすれば、少なからずどこかの企業、或いはなんらかの組織が、娯楽サービスとして供するものとして如何なものか。
事後、安全の為の検査を、と接触してきた運営団体に、当然その疑問を投げかけた。
"バグだ"と、説明された。
原作小説、Thebes:「彼の末路」に、俺が口頭で説明したものと合致する外観描写は存在するが、そもそも俺は原文を一切読んだことがない。
さらに、開発スタッフと称する人物の説明では、オンラインゲーム版のThebesに件の虚象に関する行動パターンや画像データに至るまでが存在しないはずであると。
少なくとも現存する開発スタッフの誰もが、そもそも"作成していない"らしい。
ではその瞬間まで俺の知らないはずの、しかし原作の描写と一致する外観で出現した、あの虚象はなんであったのか。
結論は"原因不明"とされた。
結局、俺は運営による出資での検査入院を経て、問題なしとして退院、今に至る。
しかしここで話を戻そう。
この話を知る者はごく少数である。
運営はこれを秘匿したし、俺も口外していない。
──あの時、何故か俺より運営寄りの立ち位置にいたきゃみさまが、何処まで知っているかはわからないが。
だが、どういうわけか、俺の伺い知らぬところでそれを知る、目のまえの"ゼラ"と名乗る女性。
どうしたって不信感は拭い切れず、ベンチの端に寄って、疑いの目を向ける俺に。
「疑うな、という方に無理がある。だけど、頼む。どうか、話だけでも聞いてほしい」
苦渋に満ちた顔。多分に訳あり。
しかしながら虚象の件は、俺とて出来れば知られたくない過去。
さて──




