第44回 「アイン ゼト」
「悪いね」
「──んがっ!?」
乱入者の女性。
鮮やかな金髪の、長いポニーテールを翻し。
この期に及んで動けないでいる俺の、その手を取って。
振り返り様、後脚でモヒカン男の顔面を痛烈に蹴り飛ばし、その反動で逆側に駆け出す。
「な!?」
「てめぇ!」
後ろに控えていた取り巻き達をすり抜け、俺の手を引いてその場から逃げ出す。
「あ、え──?」
戸惑う理由。
絡んできた悪漢たちから助け出してくれたことはありがたい。
しかしこの乱入者の女性に対する先程のモヒカン男の態度を見れば、彼女の立場はむしろ悪漢側。
行動の真意を測りかねて、手を引かれ、走りながらも疑問の声。
「くそ! てめえら!」
仰け反っていたモヒカンが立て直し、即座に俺たちを追うべく駆け出す。
唖然として俺たちを見送っていた取り巻きも、それにならって俺たちを追い始めた。
テラスを駆ける。
カフェの客層、俺たちとは無関係のプレイヤーたちが、何事かと驚嘆の声を漏らし、目で追う中。
前を行く金髪の女性を追って必死に走るが。
「うっ……!」
この袴ってヤツ、ロング丈ながらプリーツがはいっていて広がりやすく、ある程度走れるかと思いきや、中の着物が長すぎてうまく走れない。
ペチコートとかそんなレベルでもない。ヒラヒラのスカートの下にわざわざタイトスカートを重ねて穿いたような感覚だ。
脚が、開けない。
俺が、慣れない服装に悪戦苦闘しているのを察してか、金髪の女性が振り返る。
追いすがる悪漢たちが迫る中、振り返り、何やら芝居じみた所作。
何を。
と俺が思う間もなく、女性は右手の人差し指と中指をそろえ、自分の唇に触れる。次いで、額に触れ、微かに呟く。
「我が信仰神に願う。全知無能の御方の子等に、下賜与え給え」
魔法の詠唱だろうか。
でも、高坂や薔薇十字兄弟の魔術師が使っていたものとは違うように思う。
息を切らせながら、その指先を目で追う。
光り始めた指先で、女性は自分の両膝を掠めるようになでつけ。
次の瞬間、膝裏をすくい上げられ、致命的にバランスを崩し、そのまま転倒するかと思えば。
気が付けば、金髪の女性に身体ごと抱えあげられていた。
あれだ。お姫様抱っこってやつだ。
まさか自分がされる側で初めて経験しようとは。
「飛翔」
呪文のような呟き、女性は俺を抱えたまま常軌を逸した勢いで飛び上がり、なんとカフェの屋根の上へ。
屋上部分に降ろされ、階下を見下ろせば、何処からか現れた、白銀の甲冑に身を包んだ騎士。
全身甲冑とは思えない機敏さで大剣を振るい、ペナルティ判定を受けていたモヒカンを細切れにしてしまう。
聞いてはいたが、本当に細切れだ。モヒカンのキャラクター。Thebesでは本物の人間と見分けのつかないその人体を、豆腐か何かのようにスパスパと。
軽々と切断を繰り返し、本当の本当に細切れにしてしまう。
白昼のカフェで、いきなり人体がバラバラ。
血飛沫がほとばしり、テラスは阿鼻叫喚の騒ぎ。
「うぉあああああ!!? ジョーンズさんん!!?」
「てめぇ女ァ! どういうつもりだぁ!?」
ここはThebes内。何も本当に死んだわけではない。
ペナルティデスの判定がどのようなものか知らないが、モヒカンは一旦惨たらしい死骸を衆人に晒すも、すぐに薄青く輝いて消え失せる。
今頃セーブポイントで何事もなかったかのように復活していることだろう。
だけど、惨殺。
俺が、そうした。ペナルティコマンドを実行した。させられたとはいえ。
"もしもの時は躊躇わず行使してほしいが、同時によく考えても欲しい"
そんな風に、ケンちゃんさんが言っていた。
自分の顔が歪むのが、わかる。
直接手を下したわけでもない。亜人の件である程度消化した気でいた。しかし。
ころ、し。
なんで。いやらしい顔して迫って、絡んでこなければ俺だってそうしなかった。
あ、嗚呼。ああああああ。
ふと、肩を抱かれる。
それで、我に返る。そうだ。まだ終わりじゃない。
こんなところで行動不能になっている場合じゃない。
女性は、俺を庇う様に腕に隠し、眼下の悪漢──残った取り巻き達を一瞥する。
「気負わなくていい。あれはアタシがやった」
カフェの屋根の縁に立ち、直下まで追いすがってきた悪漢を見下ろす。
殺気だった悪漢たち。しかし首謀者と思しきモヒカンは死亡。残された取り巻き。
「──裏切るのか!?」
そう。裏切るのか。
俺が無言のうちに同様繰り返し、目線で問えば。
女性は飄々と、首をすくめてみせ。わざとらしく俺から目を逸らす。
「何の話だ、人聞きの悪い。白昼堂々女の子に絡む様な悪漢どもには、覚えがないね」
「てんめぇぇ! こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
「もとはと言えばお前が──」
屋根に飛びあがった時点でほぼほぼ逃げおおせた。と、思っていいだろう。
口々に罵るしかない悪漢たちに、女性は余裕の表情で指を振る。
チッチッチ。
そして顔の前に突きだしたその右手を開き、その平を自分に向ける。
「彼は其れを捨て置いた──」
「?」
「???」
唐突に始まった、芝居じみた呪文のような言葉。
悪漢も俺も、眉を寄せてただそれを聞くしかない。
「彼も其れを拾わなかった」
「誰もが其れを見過ごし」
「我が其れを拾うは、誰にも咎むる故無く、其れは必然」
「許し給え、世界」
俺にはどうにも、ただの意味の無いカタカナの羅列のようなイメージでしかない。理解できない言葉の羅列。
そこで一拍、途切れ。
彼女が、一息、その呼気が。
「────ゼトよ、最たれ」
言葉と共に、開いていた手のひらを拳に握り込む。
瞬間、まばゆい光が辺りを照らし──照らし? というには、影すらない真白。
その中にただ二人、俺と、金髪の女性。
その感覚には覚えがある。
転移水晶塊、あるいは先日の転移結晶石
つまり。
俺は今。
テレポート、している。




