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第43回 「ペナルティコマンド」



「よーぉ、(ネェ)ちゃ──」


 夏休みも終盤、28日。そんな火曜日。白昼。

 Thebes(ゲーム)内。ヴァルハラ市飲食街一番通りカフェ"サニーメルト"テラス席にて。


「──嬢ちゃん」


 おいこらまていまどこ見て言いなおした!?


 突然対面の席に現れたガラの悪そうなモヒカン男。

 ニヤつきながら、俺を上から下まで舐める様に眺め、胸に差し掛かったあたりで、前述のそれだ。

 どいつもこいつもなんて失礼な奴だ。


 俺が憮然とした顔で、ただ黙って見返せば。

 紫のモヒカンにトゲトゲショルダーアーマー。出来の悪い三流悪役を体現したようなそいつは、無遠慮に俺の胸を凝視したまま、考え込むように顎に手をやる。

 そして心底がっかり、というか残念そうなしょぼくれた顔をしながら


 「ま、いいか」


 と、ひとことぽつりとつぶやくのだ。


 い、い、言いやがった!

 今まで他の男どもは思っても顔に出すだけで、わざわざそれを口に出したりはしなかったというのに!

 こいつ! こいつ!


 いよいよ嫌悪も露わな俺に対して、モヒカン男はあくまで余裕の表情だ。


 気が付けば、俺の座るテーブル席の対面にモヒカン男。

 それ意外に、背後にひとり、ふたり。


 くそ。

 そりゃThebes(ゲーム)内でこんな絡み方してくるんだ。絶対優位の確信があってやってるに決まってるよな。


 考え悩んで気落ちしてたとはいえ、そこまで気が付かなかった自分の失態に舌打ちする。

 ただ、ここはヴァルハラ市街地で有り、セーフティエリア内。それに加えて飲食街の衆人環視のなか。何か強引に事に及ぼうとしたとして、大したことはできまい。

 先にダメージ判定でもあれば即座にペナルティコマンド、だ。


 そんなこちらの内心を知ってか知らずか、モヒカン男。


「おいおい邪険にすんなよぉ。見たとこまだ初心者って奴だろ? オレタチが手伝ってやっからよぉ。イイとこ行こうぜぇ」


 無遠慮に、覗き込むようにして顔を近づけるそれに。

 正直嫌悪しかない。


 さて、困ったな。今は俺一人。

 助けてくれる仲間も、先達もそばにいない。

 どうやって撒くか。


「稼ぎ方は一通り知っている。それに初心者であったとして、見ず知らずに身を預けるほど無防備ではないよ」


 突き放す様にそう言って、席を立つ。


「おお怖っ」


 モヒカン男が仰々しく仰け反ってみせる。

 かまわず振り返ってテラスを去ろうとするも


「つれねぇこと言うなよ」


 その手を、とられる。

 その。瞬間。


 びくりと、自分の肩が跳ねるのがわかった。

 まるで電撃でも浴びたかのように、頭が真っ白になって。


 手首を掴まれ、そのまま顔の前まで持ち上げられる。

 その間成すが儘で、全く抵抗できない自分に、愕然とした。


 なんで。なんで。

 嫌なのに。こんな奴に触れられたくないのに。

 振り払って、何ならこちらからぶん殴ってしまいたいくらいなのに。


 腕を掴まれた瞬間から、まるで身動きができない。

 うまく、思考できない。


 大きな男の掌。俺の細腕を裕に一回り囲い込んで余りある。

 膂力(レベル)差はあるだろう。こいつがこのThebes(ゲーム)において如何な高レベルプレイヤーかはわからないが。

 それ以前に、一切の抵抗の意志が奮い立たないことに、そんな自分に呆然と。


 怖……い、のか。俺。

 こんな、こんな。ただ手首掴まれただけで、何も出来なくなってしまうのか。


 モヒカン男がニヤついた顔をさらに寄せる。

 俺は。今どんな顔をしているだろうか。

 怯えた顔をしているだろうか。

 こいつの余裕を見るに、きっと当たらずとも遠からず。


 自分の目尻に涙が、じわりと、にじむのを感じる。

 こんなことで泣いてしまうのか。

 こんな奴に、泣き顔を晒すのか。


 くやしい。くやしい。


 このまま何もできずに、手を引かれるまま何処かへ連れ去られたりするんだろうか。

 まさか。この衆人環視の中を。でも。

 なにも。できない。なにも。



 と。



「よ。面白そーなことしてんな! アタシも混ぜてくれよ!」



 そんな場違いな陽気な声と共に、忽然と、俺とモヒカン男の真横に現れる人物。

 健康的に日焼けした浅黒い肌、鮮やかな、それこそ染髪してこその、地毛ではありえないほどの金髪。長いそれを高くポニーテールにして。

 大きな金の輪の耳飾り。民族衣装の舞踏着の様な、陳腐な例えしか思いつかないが"装飾の綺麗なハーフトップに長ふんどし"みたいな露出の高い格好をして。


 俺の目の前でニヤついているモヒカンの真横で、ニコリ、と。


「お? お、おお、アンタか。情報ありがとよ。……しかしなんでぇ、この場に現れるなんてアンタも趣味が──」


 助け舟か、と期待しかけたが、モヒカンの反応で凡そ彼女が向こう側(・・・・)であると知れ、俺の心は上げて落とされたようにしん、と、深く、深く沈みこんでゆく。


 救いはない、か。



 しかし──



 モヒカンの問いかけともつかないボヤキに、乱入した彼女が何らかの反応を求められる空気が発生するその直前。


 ぽん、と。俺の目の前に青く透き通るメッセージウィンドウ。


 ──異性キャラクターが許可なく貴方に接触し続けています──


 あ。これ。


 これ。さえ。押すことができれば。

 簡単だ。掴まれていない方の手は空いている。

 "相手にペナルティを与えますか?"と、問いかけるそれに、その指先でもってYesの方を軽く押すだけでよい。


 でも。動かない。


 この身体は萎縮して、ただぶらりと下げられたこの右手の指先ひとつ、動かすことができない。

 こんなに。こんなことに。なるなんて。


 こんなに、弱く、なるなんて。


 くやしくて、くやしくて。

 ついには硬く目を閉じてしまい、目尻にとどまっていた涙が、はらりと。

 それが地に落ちる間もないほどの短い間。


 自分の右手に触れる感触に再び目を見開く。



 そこから起こったことを、俺は驚愕の眼で見ていることしかできなかった。

 狙ったようなタイミング。まるで意識だけが加速して世界がスローに感じる様に。


 何が、と思う間もなく右手を支えられ、ペナルティコマンドを押下していた。

 見れば乱入者の女性が俺の右手を掴み、正確にウィンドウの"Yes"ボタンに導いている。

 ばかな。このコマンドウインドウは俺にしか見えていないはずだ。


 この警告は俺と相手にだけ表示されていて、俺にしか押せない。はずだ。

 しかしケンちゃんさんも言っていた。

 "実に巧妙にすり抜けてしまう"のが犯罪者プレイヤーなのだ、と。


 多分にあてずっぽうだっただろう。

 でもできてしまうんだ。

 他者が俺の腕を、指を動かして、勝手にこのボタンを押してしまう事が。


 これは逆もまたしかりだろう。

 Noを押させることもまた、出来るはずだ。

 一度却下されたペナルティコマンドは、如何にすれば再び被害者を保護してくれるだろうか。


 驚愕に目を見開きながらも。

 未だ以て身動きできない俺。

 その俺の手を取って身を翻す、乱入者の女性。


 ペナルティコマンドは実行された。

 恐らく、現時点ですでに所謂"粛清キャラクター"が近場のいずこかに発生している。

 同情の余地はないが、モヒカンの運命は決したろう。


「「えっ」」


 疑問の声。俺と。モヒカンのそれが、重なる。

 そう。乱入者は悪漢側ではなかったのか。

 

「悪いね、ダンナ」

「な──んがっ!?」


 俺と、モヒカンだけにはギリギリ届いたろうか。そんな呟きと共に。

 振り返った後足でモヒカンの顔面を思い切り蹴り飛ばし、戸惑う俺の手を引いて、背後にいた取り巻きの二人を振り切るように走りだす。




 どういうことだ。

 彼女は、何のつもりで……?




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