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第42回 「懲りないモヒカンがでんぢゃーぱーぷる」

挿絵(By みてみん)




 火曜日。

 お気にのカフェ。ヴァルハラ市飲食通り一番街、カフェ・サニーメルト。

 テラス席に一人佇み、アイスティーのグラスを持ち上げる。

 今日はちょっと気分がいい。


 男を躱せない、とか。

 Thebesで殺せない、とか。ロザリーさんの話、とか。

 ここんとこ鬱々しいことばかりだったけど、今日はちょっとだけ気分がいい。


 グラスを置き、邪魔になると逆の手でたくっていた袖を放す。

 薄青色の着物の袖が、さらりと流れる。


 

 そう。昨日ついに新しい衣装の費用がたまり、かねてより予定していた着物と袴を購入できたのだ。

 薄青色の、よく見れば紫陽花の意匠の入った着物。少し青が強く入った紫の袴。ブーツに合わせて少し丈は短めというのは、素人にはありがたい。長すぎ絶対動きづらい。


 他にも襦袢とか胴幅合わせとか袴下帯? みたいなものだとか、その他諸々、え、何それそんなパーツあったの? ってオプションが次々と出てきたときは正直焦ったが。



 "着ることも出来ない"



 正直説明された矢先はそう思ったもんだよ。

 でもAges(エイジス)のサキさん曰く、Thebesでは締めた紐が勝手に(・・・・・・・・)緩むことはない(・・・・・・・)ので、途中で着崩れたりとかはない分格段に楽だし、個々の動作が半オートなのでうまく締められないとかもない。順番だけ覚えればよい。

 と、言うので、そこはちょっとがんばって覚えたよ。


 ところで前述のとおり、俺の髪はちょっと毛先がぱっつん気味にそろえられた、どストレートの黒髪だ。

 

 ……なんでそんな髪型なのかって?

 そりゃ、女の子になったあの朝、突然そうなって、そのままだからだ。

 もちろん髪は伸びるよ? でもだからどう、とかはなくって。他に思いつくものも、やりたい髪型がある訳でも無しに、髪を切る時にはいつも


 "前回と同じでお願いします"


 と、言い続けて早2年弱。

 そういや伸びてきたなって、転換後初めて"いつもの床屋に行ってきます"つって出かけようとしたら、母親にすごい勢いでぺっしー! ってチョップされた。


 初めて敷居を跨いだ美容院は何だか魔境の様だった。


 その話を後できゃみさまにしたら、またもすごい勢いでぺっしー! ってチョップされた。解せぬ。俺が何したってんだ。


 ……話が逸れたけど、まぁ俺の髪型はどちらかというと旧日本人的で、和装にはむしろ合ってるんじゃないかって事。

 漫画かなんかでたまに見る"大正ロマン"の女学生さんみたいでさ。ガラにもなくちょっとウキウキしちゃって。

 Agesの姿見の前で、思わずって感じで横にくるっと回転なんてしちゃったりして。


 "あら、女の子してるじゃない"


 なんて、サキさんに言われて、赤面して萎れるまでがセット。

 人に言われちゃまだ恥ずかしい。

 でも。出来てるのかな。俺、女の子、出来てるのかな。


 ──出来て無きゃ、いけないの、かな。



 内心は顔に出る。

 そんなに思慮深いわけでも、顔面芸が上手いわけでもない。

 夏日差しのカフェの、白いクロスの丸いテーブル。そこに一人掛け。


 いつの間にか俯いていることに、他の客が隣を通りかかることで。

 その視線を感じることで、思い出す。


 取り繕う様に、咳払いひとつ、背筋を伸ばす。

 なんだか不思議な気持ちだ。


 今も、人の視線を受けることに嫌悪がある。その視線が向く先が、性的な部分であればなおさら。

 こうして一人で喫茶してると、他に気が紛れる物もなく、見られていることを強く自覚して、時々ウンザリする。


 一方で、今は新しい衣装を見てもらいたい、という気持ちも、なくはない。

 通りかかった若い女性プレイヤーが隣の彼氏をつつきながら


 "わ、袴だよ、かわいー!"


 とかなんとか。俺を指して言ってるのが聞こえて、ついにへら、と頬が緩まないでもない。

 可愛い。って、言われて。

 喜んでるんだ、俺。


 これは矛盾だろうか。

 見られたくないんじゃないのか。気持ち悪いんじゃないのか。


 これは、例えば、ケンちゃん氏に髪を撫でられた時のそれと、同じだろうか。

 どこまで許せるかじゃなくて、どこまで許せるほど気を許した相手か、ってやつ。


 "相手次第"


 と、短くいってしまえば、すこし聞こえ悪くなるかもしれないが。

 結局はその判断基準次第。


 顔が良ければ初対面で警戒を解いてしまう人もいれば、頑なまでに人を信用しない人もいる。

 悲しいかな、前者の比率はそこそこ多く"結局は顔かよ"なんてぼやきをよく耳にするが。


 まぁ、なんだ。顔の後に下がった視線が胸に差し掛かったとたん溜息吐かれる気持ちもわかってもろて。


 アイスティーのグラスが夏日差しに盛大に汗をかき。伝う水滴を指先ですくい上げる。

 冷たい。指先に水滴が残り。日差しにきらめく。

 緻密過ぎて時折Thebes(ゲーム)と現実の境界が曖昧になる。


 白いテーブルクロス。グラスの手前に水滴で線を引いて。



 俺の。ライン(・・・)は何処だろう。

 ふらついてやしないだろうか。

 それは、不誠実ではないだろうか。

 出来ればそう在りたくはない。



 ……髪は、結構な境界であった。

 出来れば他人に触れさせたくないと思う。思っていた。

 でもきっと、俺はきゃみさまに髪に触れられたとて何とも思わないだろう。

 ケンちゃんさんも、すこし"くすぐったい"くらいであった。


 だけどケンちゃんさんに、無遠慮に胸に触れられたりしたらどうだろう。

 いやらしく尻を撫でられるようなことがあったらどうだろう。

 俺は彼を跳ね除けるかもしれない。


 しかしごく短い付き合いながら、ここまでの態度が、彼の"今まで"が、きっと彼ならそうはしない、するはずがない、と、安心──油断? させる。


 そもThebesで男女の違いは曖昧だ。

 十中八九男性と思えるケンちゃんさんにしたって究極、その実はわからない。

 そういえば"虚象事件"の時に、中身が中年男性であると公言しているマリーさんに抱きしめられた。アバターが少女であったなら大丈夫か?

 いや、あれは状況もあったか。恐慌を来すほど不安な時であったから。だ。



 わからない。わからない。


 全部かっちり決めて生きてる人なんて、居るんだろうか。



 そんな葛藤、俺だから(・・・・)だろうか。

 もっと普通の(・・・)女の子は、こんな事で悩んだりしないだろうか。



 テーブルの縁が見える。

 袴が見える。

 嗚呼、また、下を向いている。



 と、そこに差す、影。

 いつの間にか、空いていたはずのテーブルの対面に人影。

 ハッとして顔を上げれば、なぜそこまで気が付かなかったのか、と自分を疑うような鮮やかな紫。


 紫。の、もひかん。

 たしかそういうやつ。あれちがったっけ。

 モヒカン。頭の真ん中だけトサカみたいに逆立った毛があって側面は綺麗にそり落としてるアレ。

 それに物々しいとげのついたショルダーアーマー。


 えーと、なんだ。一子相伝の拳法家で世紀末救世主の伝説のお話に出てくるやられ役みたいなヤツ。

 あんまりにもあんまりなソレに、驚いて何も言えないでいると、そいつは舐める様な視線で上から下まで俺を撫でまわし。



「よーぉ、(ネェ)ちゃ──」


 そこで、モヒカンの視線が下がり。



「──嬢ちゃん」




 あ? いま? どこみて? 言い直した?

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