第41回 「ロザリー」
"あんまり気分のいい話じゃないかもしれないぞ?"
と、前置いて。
かくして伝説のギルドと謳われる"白羽根"の構成員にして、古参の街鍛冶師、"ケンちゃん"は語る。
「まず、何から話したもんかな」
「──オレ達は、今でこそ名が知れちゃいるんだが。最初の最初は、みんな初心者でさ。色々手探りだったよ」
「ゲーム自体がまだ新発売って奴で、今お前たちにあーだこーだ気を付けた方がいいって言ってるような諸々、俺たち自身もまだ知らない頃だよ」
ケンちゃん氏は懐かしむように、何だか自嘲気味に。
きゃみさま、高坂、俺。天幕の仮店舗。その周辺に丸太椅子を並べて、俺達は三様聞き入る。
「うちのギルドマスターはネカマだっつー事隠しもしない豪気な姐さんでね。今は"儚花の魔女"なんて二つ名で呼ばれることもあるが、あのころはただ原作リスペクトのキャラネームしたただの魔術師で。でもそんな彼女の不思議な魅力に、少しづつ人が集まって行ってさ」
「"伝説のギルド"真白の羽根はそうやって、なし崩しに出来上がった。"剣もて杯交わし、花に誓う"みたいなドラマはなぁんもなくって。ただただ、いつのまにか」
懐かしむように語るが、しかしそれとて2年以内の話。
なにしろThebesWorldOnlineのサービス開始は、実は俺の性転換よりも後の話である。
その実際、一年と半年前。
「新サービスに賑わう街の、よくある新参プレイヤーの集まりの、乱立するギルドのうちの一つだった」
「姐さんが、一人の女の子を連れてきたんだ。マーケットのど真ん中で、どこ行っていいかわかんなくなって、おろおろしてたから連れてきた。とかいって。お前らくらいの年頃の小柄な子でさ、長い金髪の、可愛い子だったよ」
「"ロザリー"って、キャラネームだった」
「快活な性格で、ロザリーはあっという間にギルドで人気者になった。気心の知れた仲間。当時半感覚型が主流だったとはいえ最新のVRゲーム。ギルドは順風満帆。毎日が楽しくて」
「そんなある日、ロザリーが申し訳なさそうに言うんだ。ギルド外のプレイヤーのことが好きになった。彼との時間を大事にしたくて、一旦ギルドを抜けたいって」
「悪びれることはない。ギルドを抜けたからってずっと仲間だ。寂しくなったらたまり場においで。何ならそいつもギルドに誘っちゃどうか。みんな口々に言って、二人を祝福して、いったん見送った」
「でも、そのあと少しして、姐さんに"ごめんなさい"って短いメッセージだけ残して、ロザリーがゲームから居なくなっちまった。らしい……ってのも、俺達が理由を知った時には、ロザリーはゲームをやめちまっていて、ほら、ネット上の付き合いだったからさ、それっきり」
「なんでだよ。って。みんな困惑した。理由を探って行ったら、ロザリーが騙されて"危険区域"へ連れ込まれて、アバターをぐちゃぐちゃに傷つけられた、って事がわかった」
初めて聞く単語が現れ、ケンちゃん氏がそこで一泊置いたこともあって、高坂が手を上げて口を挿む。
「──"危険区域"……と、いうのは?」
ケンちゃん氏はゆっくりと頷いて
「そう、この話でお前らに伝えたかったのはそれだ。──知らないよな?」
三様、俺達は神妙な顔をして頷く。
「このThebesには"危険区域"と呼ばれるエリアがあって、侵入するとテロップで表示される。そんで、ここからが重要な部分なんだが、その区域内で受けた傷は治らないって事になってる」
「治……らないって?」
ぐびりとつばを飲み込んで、聴き返す。
「言葉通りだよ。何でそんな場所を作ったのか、そのエリア内で痕の残るような傷を受けると、治らない。アバターに傷が残る。腕を斬られれば腕の無い、足を斬られれば足の無いキャラクターに、アバター情報がそうなっちまって、ライフポイントを回復しても元に戻らない」
「な、なによそれ!? 取り返しつかない奴じゃん!」
悲鳴じみた声を上げるきゃみさまに、ケンちゃん氏は苦い顔をする。
がりがりと。がりがりと後ろ頭を搔いて。
「そういうエリアは代わりにすげぇお宝が眠ってたり、無事にこなせれば見返りも多いように設定されてる。でもあまりにも取り返しがつかない。だから、お前ら、もし間違ってそういうとこ入っちまったら、なるべく早く引き返すのをお勧めするよ」
な、なんだよそれ!
そんなことをされてはそこまで積み重ねてきたゲーム実績が、それこそ"台無し"って奴だ。
俺たちはそろって青い顔をしてぶんぶんと首を縦に振った。
と、またも高坂が手を上げて
「……ロザリーさんは、帰ってこなかったんですか?」
ケンちゃんは再度、苦い顔をした。
「当時、犯罪者プレイヤーの間で、行き先指定型のワープポータルをトラップ的に踏ませて"危険区域"に相手を連れ込む手口が流行ってて。ロザリーはその被害に遭った。連れ込まれた先で、顔を滅茶苦茶に切り刻まれたらしい。女の子だってのに」
「こんな姿では、オレたちにも、連れ添った彼氏にも合わせる顔がない、って。ロザリーは悲観してThebesを辞めちまった。いまでこそ、そういう傷は、ゲーム内通貨で途方もない大金を積めば、治すアイテムが手に入らなくもない。でも当時は本当に取り返しがつかなくて」
「オレ達は怒ったよ。ギルド真白の羽根を挙げて、その犯罪者プレイヤーたちに報復しようとした。でも襲撃の日、その犯罪者たちのたまり場には誰も居なくて。代わりに、ワープポータルの入口がぽっかりと開いてた」
「そいつらの手口が手口だけに、迂闊に飛び込めるはずもなくて。でもそのポータルの入口は発生時間が最長に設定されていて、なかなか消えなかった。俺達は罠である可能性を考慮して、すぐに脱出できるようにテレポートアイテムを用意してから、それでも残ってた入り口に飛び込んだ」
「その先で──」
金髪の鍛冶師はそこで言い淀んだ。
迷って、深呼吸するみたいに息を吐いて、から。
「その先は、たしかに"危険区域"だった。でも俺たちが侵入した時には、そこはすでに"血の海"ってヤツで。そこいらじゅうに細切れになった犯罪者プレイヤーの死体が散乱してて。まだ生きてる奴、虫の息なヤツ、見てる端から死亡判定で消えてくヤツ。その中心に男にしちゃ小綺麗な顔した金髪の優男が居て、返り血で全身真っ赤になりながら狂ったみたいに嗤ってた」
「遠目に一度見たことがあるだけだったし、名前も知らなかったけど、覚えてたよ。ロザリーの彼氏だった」
きゃみさまも。高坂も。
俺、自身も。
息を呑む。わずかな呼気が。
「そうやって"復讐"はロザリーの彼氏に先を越されちまった。オレ達は彼を責めなかったし、彼もオレ達に責任を問う事はなかった。ただ、全部終わった後泣きそうな顔で振り向いて"すみません"て、ひとこと」
ケンちゃんさんは、長く、長く、息を吐いて。
「──だからさ。オレ達はそのことをずっと後悔していて。このThebesで誰かが傷ついていたら。悲しんでいたら。出来るだけそれに寄り添うって、決めたんだ」
「だから──」
だから。つまり。
そのためには、ポータルストーンが如何に高価かろうがポンと出すし。
だから。
だから"帰ってきてくれて、ありがとう"なのか。
苦々しいケンちゃん氏の顔を見て、理由に納得して。
でも、最後に一つ。
「"彼氏"さんは──」
言いかけ、皆まで言うでもなく、汲んだように、でも鍛冶師は首を振って。
「それから一度も会ってない。風の噂じゃ、ミイラ取りがミイラになるみたいに、彼自身がキラープレイヤーになっちまった、なんて聞いたこともある、な」
「そう──」
なんだってそうする?
みんなみんな、少なからず。
つらい現実を忘れたくて、ゲームの世界に逃げてきている側面を持ち合わせているもんじゃないのか。
その逃げた先で、なんだってこんな仕打ちをする?
やさしくない。やさしくないよ。
「──ですか」




