第40回 「恋していたんじゃないだろうか」
"これはゲームなのよ"
実際に見せられて。あくまでデータであって。生き物を殺してるわけじゃない。
それを実感して。安堵して。気が抜けて。
呆けた様に膝をついた、その翌日。
2046年 8月 26日 日曜日。
俺は今日──
今日、も。朝から菓子工房。
それしか知らないからって、馬鹿の一つ覚えみたいに、クッキーを焼く。
試しに苺フレーバーを買うくらいの挑戦はしたが。
今日はきゃみさまはいない。
俺一人だ。
まぁ、でも、一度作っただけで覚えてるもんで。というかつい先週の話だし。
今回はつまみ食いする分を足すとかもなく、そそくさと。
化粧袋。ラッピングリボン。ピンクの奴。
インベントリに入れて、いそいそと。
◇◆◇◆◇
で、何処にって言えば。ここ。
"ケンちゃん武器防具店"
待ち合わせはしたが、申し合わせたみたいにほぼ同時に、きゃみさまと高坂。
くすり、と三人、苦笑し合って。
遠間から軽く手を上げて、店主の鍛冶師に会釈をすれば。
件の鍛冶師は気が付いて、大きく手を振る。
駆け寄って
「おは──」
「おかえり」
朝の挨拶をしかけ、でもすげぇやさしい顔でそんな風に返され。
なんだかむず痒い様な顔から。皮肉気に口の端が釣りあがって。
そう間もなく、それは破顔した笑顔に変わって。
「──ただいま!」
ケンちゃん氏が俺の頭を撫でる。
この人、ときどき二十歳過ぎには到底できそうにないほど達観した顔っていうか。優しい顔するんだ。
何度も言うようだが以前の俺なら、こんな頭撫でられるなんてセクハラくらいに思っても不思議ではなかった。
こういうのって"何処までしていいか"じゃなくて"相手次第"だなんて言うけれど。
その、元男としては理不尽というか、認めたくない気持ち半分、何だか実感もあるっていうか。
多分、だけど"相手次第"なのは結局"どこまで心許しているか"であって。
男が"許せない"と思ってるのはその心許す"基準"次第。
例えばそれが"顔"とか、先天的で覆しようのない物だったりすれば、男としては
"そんなァ"
ってなっちゃうわけだ。
で、多くの"内面に強みを持つ恋人たち"が
"いや見せる前に終わっちゃうっていうか、内面"
"そもそも恋愛の壇上に立たせてもらえないんですよね"
"顔見せた段階で落ちちゃうんすよ、面接"
なんてボヤいちゃいるが。
壇上に立てないつらさは別の意味でも思い知ったが。俺の場合。
"性転換? バカな。女の子のフリをしているオス丸出しの気持ち悪い何かに決まってる"
だなんて。
──話が逸れたが、なんだったら、昨今のこの「ネット社会」
そしてこの生身の肉体と何の遜色もない解像度の「Thebes」
その舞台の上で行われるコミュニケーションは、その"内面を先に見せる"という事になったりはしないだろうか。
──現実で顔見た瞬間に、ことわざ通り"百年の恋も冷める"だろうか。
なんなら頭撫でられる間にこんだけ想像してる自分もどうか、とか。
余計な自嘲が混ざったところで、上目遣いに相手を見返せば。
金髪の鍛冶師は、対面してる俺にだけギリギリ聞こえる様な、小さな呟きというか。半ば独り言みたいに。
"帰ってきてくれて、ありがとう"
ほんとにそう言ったのかすら、確信が持てない様な、小さな呟き。
でもそれを聞いた俺は、目を丸くする、というか、真顔。に。なって。
多分。だけど。
もし、俺が。
この神谷夏彦が、元々女の子で、そうであることに何の疑いも持っていなかったのなら。
最初から、神谷夏日子であったなら。
"俺は、この鍛冶師に恋していたんじゃないだろうか"
そんな風に、ふと、考えかけて。
でもそうではなかった。
そうはならなかった。
ありもしない空想に、なんだかカカオのきついチョコレートを噛んだような。
甘さと苦さが混在したような絶妙な気分で、少し。
少しだけ、口角を上げた。
◇◆◇◆◇
皆、今回のことで"ここまでしてくれたケンちゃんさんに"って、思い思いのお礼を渡して。
"馬鹿の一つ覚えクッキー"はひとまず棚に上げて置いて、きゃみさまがホットドッグで高坂が飲食街の有名店のショートケーキなの、性格が出てるというか。
いや、まぁいっそ笑えるんだけど。キミたち今日この場所でくらいそれ逆になんなかったかね? って笑ってしまうんだ。
"俺には可愛いラッピングがとか言っておいて、それはなくない?"
"あ、あたしは良いの!"
"あ、これ3番通りのお店の。なんか有名なとこらしいです。アーティ、ナントカ……"
おっとそれって薔薇十字組が言ってた、俺の知らない美味しいお菓子のお店じゃない?
"アーティ・アーティ"
……だっけ?
何しろ、ケンちゃんさんは三様の差し入れを抱えて、苦笑。
よかった。うれしそう。
「で。誤魔化されないわよ」
と、ひとこと、きゃみさま。
なんならケンちゃんだけでなく、これには俺も高坂もすこし、面食らって。
まぁ"険悪"ってほどもなく。何ならわかりやすく拗ねた様に、唇を尖らせて、きゃみさまが。
「な、なにが?」
聞いちゃう。俺が。
「もー。転移結晶よ! ケンちゃん! アタシたちが初心者だからって知らないわけじゃないのよ! あんなものタダで使われて、あ、ハイそーですかで済ませられないわ? どういうつもり?」
ああ、そういえば。たしか5万だの10万だの。
まるで無言のうちに寝返る様に、俺の目線はすう~っとケンちゃんの方へ向く。
「ど、どういうつもり、とは?」
向こうは向こうで思い当たる節がないのか、困惑顔で、降参するように両手を上げている。
その片方に、すでに包みを開けられたホットドッグが握られているのをみて。
あ、クッキー美味いとか言ってくれてたけど、彼とて若い男性。やっぱりなんだかんだジャンキーな食べ物に先に手が伸びるんだな、なんてズレたこと考えてる俺がいて。
「見返り無し、理由もなしにあんな高額アイテム使われたんじゃ、困惑だってするでしょ? アタシ、ケンちゃんの事疑いたくないの」
「──理由、ねェ」
ホットドッグを一口パクリ。
もぐもぐと、俺達をじらす様にゆっくり咀嚼して、飲み下す。
かと思ったら空いた手で後ろ頭をがりがり。
言いたく、無いヤツ。
「あんまり気分のいい話じゃないかもしれないぞ?」
「……かまわないわ」
「まぁこれも、そろそろいい機会、かなぁ」
おおっと?
今度はまた。どんな教訓が。




