第39回 「これはゲームなのよ」
てってって。
と、言われたように洞から出て来てみれば、サイード青年とエリス神官長が石囲いの焚き火を設営してて。
神官長にコイコイと手招きされるままに付近に腰を下ろせば、パーマ髪の青年からマグカップを差し出される。
「あ、ありがとうございます」
ホットココアのような物を受け取ると、パーマ髪の青年はそそくさとそっぽを向く。
あれ、なんでそんな態度? 俺なんか粗相した? って首をかしげていると、エリス神官長がくっくと含んだように笑う。
「リアルで普段アウトドアとかしない? 地べたに座るならちょっと気を付けてあげてね。座り方」
あ。
どうやら地べた迄腰を下ろしたことで、必然膝が上がっていたらしい。
ぶっちゃけていうと、スカートん中が見えそうな座り方してた、らしい。
正直最近は椅子に座るって方が多くて、油断してた。
ケンちゃんさんにも言われたのになァ。
女性になってもうそこそこ過ごした。
椅子に座る時変なシワになんないように膝の裏で織り込むしぐさだとか。
いまだって別に膝立てて座るのに、スカートの裾を股に挟んで見えなくするだとか、サッと出来ないわけじゃない。
でも油断が。
女所帯に男性一人が紛れ込んでいるのを、つい失念するくらいには慣れみたいなもんが。
いかん。いかんなあ。
だってほら。
見られそうだったって自覚したら、ちゃんと──
──ちゃんと?
ちゃんと。恥ずかしい。
恥ずかしい、のは。
晒しそうだった痴態にか。それとも、自身の迂闊さの方にだろうか。
"すみません" "い、いや"
なんて気の使い合いがあって。
そういや衣服に汚れは残らんゲームだったな、と思い切ってあぐらをかく。
「サイード君、むっつりだけど実はウブなんで気を付けてあげてねー」
「し、神官長っ!」
「カトリからちゃんと供給されてるでしょー。浮気はだめよ」
「怒りますよ!?」
やり取りにクスリと笑って、ココアのような飲み物を一口含む。
あち。
でも甘い。温かい。のは。やっぱり落ち着くな。
このココアに至るまで、配慮、なんだろう。
ありがたい。ありがたい。ありがたい。
この2年間。周囲の無理解にずいぶん腹を立てた。
きっとこうなんだろう。多分そうなんでしょう。そうに決まってる。
──勝手なこと言いやがって。って。
でも、ここ最近の周囲にはとても恵まれている、と思う。
ありがたい。でも。勝手な話なんだが。
勝手なこと言いやがるんだが、俺も。
気を遣われ続けるのも。配慮され続けるのも。
それはそれで、しんどいんだな。って。
そんな感慨浸っていれば、カトリさんが疲れた顔で戻ってくる。
「ごぶりん枯れたぁ~」
「枯れた?」
俺が言葉の真意を測りかねて、そう返してみれば。
カトリさんはサイードさんから同じようにココアを受け取りながら。
「えーと、普通のRPGにおけるモブの湧出とか再出現とか、そういう言葉は?」
「わかります」
「ふむ。えっとね。Thebesだと、ああいう雑魚モブみたいなのは基本3分くらいでリポップするんだけどね。あんまり定点で同じ奴狩り続けると、あるときふっと出現しなくなるのよ」
「で、一旦そうなると15分くらい出てこないのね。ゲームによって類似の現象は多々あると思うんだけど、Thebesではその現象を指して"枯れる"って言ったりするわね」
「なるほど」
「と、いうわけでー」
「わけでー?」
こてりと傾げられるカトリさんの顔につられるように、俺も同じ角度。
何やらインベントリをごそごそやり始めたカトリさんが、ほどなくして取り出したもの。紙袋。
徐に中身を広げて見せれば綺麗に個包装されたクッキー、ミニパイ、マシュマロ。つまりお菓子。
「お茶の時間でーす」
「へ?」
「なんだ、言ってくれれば甘くない奴淹れたのに」
「わーい! メルト? アーティ・アーティ?」
モブの湧き待ちのあいだ、おやつの時間にしてしまおう、という事らしい。
カトリさんの宣言に、サイードさんやエリスさんはいそいそとティータイムの支度を始める。
いや嬉しいが。なんというか。
焚き火を囲んでみんなで腰を下ろす。
メルトって、俺も知ってるあの"カフェ・サニーメルト"だろうか。
にっこにこなエリス神官長から串やらトングやら紙皿を渡されて。
「メルトです神官長。 ──ヴァルハラはお菓子美味しいとこ多いよねー?」
同意を求めるように覗きこまれながら、カトリさんにお菓子を手渡される。
──これも、配慮だろうか。
「そうなんですか? 俺、まだ初期街もそんなに回ったことなくて。あ、でもサニーメルトなら知ってます。"粒餡トースト"とか"オレンジケーキ"とか好きです!」
「あはは、素直かー」
「カップ新しいの出そう。紅茶淹れ直したよ」
「クッキーとかパイもね、焼き菓子だからやりすぎると焦げるんだけど、焼き直すってんじゃなくてこう、生地の中のバターだけ溶かすの。ほら、フワって香るでしょ」
焚き火で軽く炙ったお菓子。
生地に練り込まれたバターが再び溶け出し、なんとも言えない香りが広がる。
たったひと手間で何倍も食欲をそそる。なるほどマシュマロ炙るのはよく聞くけど、バターのお菓子もめちゃ美味しそう。
ここはThebes。
森の中。次にモンスターが現れるまでの、15分の過ごし方。
凄い時代になったもんだよ。
しかもこの飽食の時代にうれしいヴァーチャル飲食。
ちょっとした幸せを感じながら、リンゴのミニパイを頬張る。
はた、とカトリさんに覗き込まれているのに気が付いて。
「え、と?」
「あ、ごめんごめん。詮索するわけじゃ──いやまぁ、詮索になっちゃうんだけど。メルトの好きなメニュー話す顔とか、お菓子食べるとことか。どっからどう見ても女の子なんだけど──」
「あ……」
「"俺"、なのよね?」
「す、すみません」
「うん? なんであやまるの?」
「き、気持ち悪く、ないですか?」
「ううん? 不思議だなーとは思うけど。"オレ女"でも別にいいと思うし、なんだったらThebesに居る時だけ女の子のフリしたい男の子でも、別にいいんじゃないかしら」
「"マナちゃん"なんかトンデモややこしかったしな」
「あー"歌姫"! あれは"ユージン君"でないと無理だわ」
「はは、あいつ"天然たらし"なんだよ」
途中で混ざってきたサイードさんに、話題をさらわれる形で有耶無耶になってしまったが。
薔薇十字の人たちが軒並み理解のある人ばかりで、救われるのと共に油断してしまうが。
俺の素性は。なんならネカマと勘違いされるにしたって。
反射的に嫌悪されてもおかしくないんだ。
事ある毎に、否応なしに思い出させられる。
俺は俺の中で、未だ"俺"であったとして。
口から吐き出される言葉はやはり"私"でなければいけないのだ。世間が、常識が、許さないのだ。
昔話に笑い合う二人の睦間を眺めて、目を細めて。
紅茶の味で誤魔化すみたいにして、少し。
苦い顔を、した。
◇◆◇◆◇
そんな茶の間を何度か繰り返し。
"再現来たよー"
なんていうカトリさんの声に、みんなで洞の前に集まる。
"ちょっと横隠れてー"なんて言われて横の茂みにすっ込んでいれば。
向こうの森の中から、狩猟したらしい兎を担いで現れる一匹のゴブリン。
俺達には気が付かず、そのまま洞の中へ入ってゆく。
洞の中から狩猟の成功を喜ぶような、他のゴブリンの声。
しばらく獲物を解体するような少しえぐい音が響き。
そして。
覗き込む俺の目の前で。解体したウサギの肉を取り合う。
まるで録画を再生するように。
よくわからない言語でお互いを罵りながら、緑色の肌をした亜人は揉み合って。
体よく肉を奪った方は、せせら笑いながらも肉に付いた砂埃に顔をしかめ。
取り上げられた方は憤慨する。
奥に見えている一匹がつまらなそうにそれを眺めながら、ひと口、木の実をかじるところまで。
再現、というよりも、再生。
目の前で繰り広げられる、全く同じ光景。
「ね。彼らの行動パターンはゲームプログラムとしてあり得ないほど、それこそ何十種類も用意されているけど、決して自我を持っているわけではない。あれはあくまで"設定された動き"で、これは"ゲーム"なのよ」
カトリさんが俺の横に並ぶ。
俺は、何だか体中から力が抜けて、崩れ落ちる様にその場に膝をつく。
「安心──ううん、落胆、した?」
「いえ──」
俺は。
──俺は。
なんだか涙がこぼれて。その場で顔を覆って。
相手はこちらを見かけたら問答無用で襲ってくる敵性NPC。
"お前ら生きててよかったな"
なんて、泣き笑って抱き合うわけでもなく、俺はその場から眺めるしか出来ないんだけど。
"殺せない"と思った、その両手を、もう一度目の前で。
握って。開いて。
最後に重ねて胸に当てて。
ひとつ。確かに消え失せるわだかまりがあって。
「あ、りがとう、ございます」




