第38回 「誰かさんと違って」
なんで。
Thebes内で、どういうわけか、知り合ったばかりのバトルギルドの神官長さんが、向こうから俺の刀に刺さりに来て。
即死。
自殺? なんで?
何しろそれを目の当たりにした俺の精神は、ネガティヴな負荷に耐えきれなかったらしく。
以前から度々警告のあった安全機能によって強制的にログアウトさせられ、ゲームから除外された。
されたところで先程の記憶が、映像が消えるわけでもなく。
否応なしにこみあげる吐き気に、嘔吐。
何。何なの。何であんなことしたの。
何で、俺にさせたの。
ひとしきり吐き切って、わずかながらにも落ち着くかと思えば、それは怒りのようなものにすり替わって。
問いたださなければ。
理由を聞かなければ。
彼女が亡くなっているなら、同伴していた二人にでも。
聞かなければ、収まらない。
──Log in
◇◆◇◆◇
──予期せぬログアウト操作が実行されましたが、キャラクター情報が正確に読み込まれた為、前回座標での復帰となります。
そんな文言が一瞬目の前に現れ、すぐに視界が開ける。
数分前に見ていた、薔薇十字の陣営。戻ってきた。
死んだ人間の眼とは、本当にあんな風に光を失うものだろうか。
まるで涙にぬれた反射光沢すら失うようで。
それは、たしかに死んでいたように見えたが。
理不尽な状況に怒りはあれど、無事である望みにかけてまず──
「エリスさん!!」
何処ともつかず、きっとその辺にいるとあてずっぽうに、叫ぶ。
見れば。
芝生の上で何やら正座をさせられているエリス神官長。
それを叱りつけるように上から覗き込むカトリさん。沈痛な面持ちのサイードさん。
と、いう構図。
いや生きてた! エリスさん生きてた! でもなんで?
安堵と共に当然湧き上がる疑問。
俺の声にぎょっとしたように三様、目を丸くして。
次の瞬間、駆け寄ってきたカトリさんに抱きしめられ、勢いによろめいて膝をつく。
「ごめんね! ごめんね!」
なんか涙目で抱きしめられて、ログイン前に沸き上がった怒りなどすっかり毒を抜かれて。
「え? え?」
わけもわからずどうどうと、カトリさんを宥めつつも、遅れて駆け寄ってきたサイード氏に困った顔を向ける。
天パ半眼の青年はため息をつきながら。
「いや、すまない。ウチの神官長が。……まさか説明なしにやるとは」
「え、ええと?」
"またしても何もしらない神谷さん"
みたいな文言が頭に浮かんで。
だからと言って何がってわけでも無く消えて行った。
説明を求めるように、サイード氏を見上げると。
「いや、ええと。神官長の考えでは、キミの目の前で死んで見せて、目の前でリスポーンしてみせれば、キミの罪悪感は薄れるんじゃないかって……」
リスポーン。っていうのは。
同ゲーム内でミス、Thebesでいうなら死亡判定を受けた後、何らかのペナルティを受けるかわりに再度"復活"して、ゲームを続行する。みたいなことを言うわけなんだが。
サイード氏は心底ばつの悪そうに頬を掻き、いやまぁ、あんまり顔変わらないんだけどこの人。たぶん。
「その、まさか全くの説明なくやるとはオレ達も思わなくて。止められなかったんだ、申し訳ない」
「そうよぉ。殺しちゃったーってしょんぼりしてるなっちゃんの前に、"ジャジャーン! 無事でしたー!"って颯爽と現れる予定だったんだけど、まさか強制ログアウト食らっちゃうとは思わなくってぇ」
「だぁら、トラウマだっていう娘に予告なくやんなっつってんですよ!」
なにやら言い訳をはじめるエリス神官長に、ぴしゃりと、カトリさん。
エリスさんはしゅーんと小さくなって、正座したまま指をちくちくやり始める。
不憫。
とは思うものの。
なるほど。確かに一度死んでしまった、のだ。
で、復活? して、ここに居る。
俺だってそうだった。
狼に殺された後、何事もなかったかのようにセーブポイントのゲートクリスタルの前に立ってた。
なるほど、一連のやりとりは、俺に"取り返しがつく"ことをわからせるための茶番だった、という事か。
「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
安心。だろうか。
脱力するようにうなだれる俺の肩を、カトリさんが優しくたたいた。
◇◆◇◆◇
このThebesでいうところの瞬間移動要素というものは、とにかく高価い。
しかしながら、ケンちゃん氏の使用した、行ったことのない任意の一点に、複数人数でという代物はともかく。
その用途が限定されるほどお値段もそれなりにお求め安くなる。
"セーブポイントに帰る"なんてアイテムはその最たるところで、俺達の様な初心者でも運用が可能なレベルだ。
カトリさんの話では、このユリシャ連邦の何処かで地点登録しておけば"一度行ったことのある大型拠点"という条件が解放され、次からはもう少しまともな金額でのテレポート移動が可能だという。
何でそんな話になったかっていうと、先程の俺の"トラウマ克服プラン"には続きがあり、次は俺と一緒にヴァルハラへ行くというのだ。
この人たちいま別のギルドと戦争してるんじゃなかったっけ?
なんだか本当に大事になっちゃったな。
こんなつもりじゃなかった。なかったんだ、けど。
そんなこんなで連れてこられたのは数時間前にも訪れた、所謂"ゴブリンの巣"
何でここに? って、当然のことながら不安げに見上げる俺に、カトリさんは優しく微笑んで。
「説明するね。──誰かさんと違って」
とげのある物言いに、後ろの方で何かが刺さったような"どしゅ"って顔したエリスさんが小さくなっている。
カトリさんはふんすと鼻で息を吐くと、残りを続けた。
「今から、なっちゃんさん、貴女が見たという"ゴブリンたちの今まで"が、あくまで自我ではなく、無数にあるパターンからの再現性のある動作だということを証明します」
なる、ほど。
確かに、それを見たら、なんというか、俺は救われるものがあると、思う。
比べちゃ申し訳ないが、先程のエリス神官長のそれよりはだいぶ、心にも優しい。
「で、あたしは今からそこのゴブリンを無数に。ほんっっっとうにいっぱい。殺します。えっと、だから」
そこまで言ってカトリさんは気を遣う様にもじもじと、言い淀んで。
「そこは、見たくなかったらそっぽ向いててね」
苦笑してそういう。
圧倒的配慮。最初からこうしてください。まじで。まじで。
で、まず最初に俺達がしたのと同じように、洞の中を覗き込む。
中には同じように、緑色の肌をした凡そ人間の子供の様な体躯の亜人、ゴブリンが4匹。
俺達の時とは違い、手前の二匹は肉を取り合って喧嘩などしておらず。片方が隠れて見えていなかった奥の二匹がボロボロの得物を自慢し合っている。
「ふむ。別パターンね。処理してくるから、なっちゃんさんはあっちの焚き火で二人と話してて。目当てがリポップしたら呼ぶから」
なんなら数時間前に全滅させたはずの徒党がまた洞に居り、外には死体もない、という点でだいぶ興ざめ? というか、冷静になるものがあるのだが。
しかし、その動きたるや詳細で、ありきたりに言えばまるで生きているかの様だ。
この時点でまだ、この数時間で別の集団が住み着き直したのだ。と言われた方が納得してしまいそうなほどに、それはリアルなのだ。
「おらー。かかってこいやー。手間かけさせんなー」
そんな軽口とも取れる煽り文句を吐き散らしながら、作戦もへったくれもない、ズンズカ洞に踏み込んでいくカトリさん。
いや高レベルにしたって魔法職系の人が大丈夫なのかと、流石に成り行き目が離せなくて。
奇声を上げて打ちかかってきた最初の一匹を、こともなげに木製魔杖の大きくなった装飾側の方でスパカンと張り倒す。
ゴブリンはなんかこう、重力とか慣性とかおかしい感じに壁まで吹っ飛んで動かなくなる。
ああ。
ああうん。そうだよね。
レベル制のRPGだもんね。
いやしかし。
いや、しかし。だけど。いや、だって。
ほかの二人が見てないからって、大胆にスカートから足を露出させて、振り上げたこん棒ごと次の一匹を蹴り倒し、木製の魔杖の尖った方で徐に亜人の頭部を刺し貫く。
まるで槍であるかのように頭蓋を穿ち、地面に突き刺さる魔杖。
高レベルプレイヤーの圧倒的な強さに、目を奪われるような、まだ見ていたい気持ちとせめぎ合いつつも。
決定的に生き物が死ぬ瞬間に、俺はそこで後ろを向いてしまった。




