第37回 「ぴ」
「カトリ~、居る~?」
そんな元気な挨拶と共に、天幕の入口を潜ってなかへ。
あ、いや天幕の入口って暖簾みたいなものだから仕方がないと言えば仕方がないんだけど。
ノック、みたいなこと、やり様がないんだけど。
「っ!」
「ひゃいっ!?」
エリス嬢に続いて天幕の中へ入ってみれば、ベンチみたいな長椅子に並んで座っている男女。どちらも薔薇十字では"魔法職"タイプのプレイヤーの制服の様に扱われているらしい紅白のフードローブ。ぴたりとくっついていたその肩がびくり、と離れるのが、ギリギリ視界に映り込む。
「ちょっと手伝ってほし──おじゃまさま?」
「え え と て も」
ピキピキと青筋を立てながら、女性──黒髪二つおさげの俺と同い年くらいの少女がゆっくりと振り返る。
明るいパーマ髪の青年は頬をかきかき、黙ってあらぬ方向に視線を逸らす。
はい、ごめんなさいすいません。
「ごめんてばー。でも"心の問題"なの。手伝ってくれない?」
後ろに連れ合う俺の方をチラ見しながら、エリス嬢。
彼女の言う"心の問題"がまるでギルド共通のキーワードでもあるかのように、そのとたん二人ははっとした様に表情を改める。
逢瀬を邪魔されたことなどすでにどこへやらといった風で、何ならすごく親身な感じに身を乗り出してくるふたり。
ありがたい。ありがたいの、だけど。
「初めまして。困りごとはどんな事? あたしたちで力になれるかしら」
「神官長にデリカシーの無いこと言われなかった?」
「ちょっとー! サイードくぅん!?」
「え、いや、あの、最初の"ギルドマスター"さんよりは全然紳士的と言いますか」
自身の扱いというか信用の無さに口を尖らせるエリス嬢。
サイード、と呼ばれたパーマ髪の青年の言に馬鹿正直に答えてみれば。
「えっ!? 何かされた!?」
「あ、えっと。"口説かれた"……んですかね。あれ」
自信なさげにそう返す俺の横で、肯定するように仰々しくうなずいてみせる、エリス嬢。
ふたりはゴゴゴゴゴゴって感じで黒いオーラを滾らせながらボキボキと指を鳴らしつつ。
「あんのスケコマシがぁぁぁぁっ!」
「すまん。キミ。あれで悪気はない男なんだが」
「悪気があったら許さんわ! ったく!」
「だいじょうぶー。もうアタシが蹴っといたからー」
だ、そうですよ? ジャンローゼさん?
おとなしそうな見た目に反してなかなか過激な二つおさげの少女に、言動と釣り合わないくらい眠そうな半眼でほぼほぼ表情が動かないパーマ髪。
神官長さまはやっぱりマイペースで。
マンガみたいな表現で言うなら、ひと粒のミカンみたいな楕円形に口を半開きにして。諦めた様な乾いた笑いも含みつつ。俺。
「や、多分、みなさん緊張をほぐそうとしてくれてる、の、かなって」
そんな風に言ってみれば。
他の三人はなんだか、すん。って顔して。
無言で顔を見合わせた後、またこっちを見て。
「ええ子」
「ええ子や……」
◇◆◇◆◇
「だからさー。この子の場合、Thebesの必要以上のリアルさに中てられてるだけだと思うのよね」
「だから、これはゲームだ。取り返しがつくってとこ見せれば、ある意味"冷める"んじゃないか、と」
狭い天幕から出て、外にあるテーブルの周りに陣取って、あーでもないこーでもないと。
俺の為にやってくれている。それがありがたい反面、何だか大ごとになっちゃったなって。
ケンちゃんさんは"オレよりこういう事が得意な奴らが"なんて言ってた。
"オレが何とかしてやりたいが"とも。
きっと。これは俺が越えるべき弱さで。
下手でもいいから、ケンちゃんさんとのやりとりだけで済ませてほしかったな、なんて。
きっと我儘。きっと。
「神官長。それはギャンブル過ぎませんか」
「すぐ結果が見せられる、という点で解決早いと思うんだけどなァ」
ぼんやりとそんなことを考えていれば、目の前では話に動きが。
「ねーねーなっちゃん」
「へ? は、はい」
「ちょっとその刀構えて立っててー」
神官長さまは変わらぬ様子でへらりへらりと、軽い感じにそんなことを。
わけもわからぬまま従い、刀を抜いて正眼に構える。
両脇ではなんだか不服そうな顔をしながら黒髪二つおさげの少女と、眠そうな顔のパーマ髪青年。"カトリ"と"サイード"と紹介された。
徐に。でも狙ったかのように同時のタイミングで魔杖の先で石肌を打ち、芝居じみた文言を唱える。
これ、高坂もやってたけどThebesで魔法使う時の作法か何かだろうか。
派手なエフェクトと共に、細部は違えど獣の頭骨を思わせる頭部をした悪魔がそれぞれ現れ。
「えンちゃ テど ぴァス」
「エンチャん ド パわァ」
ざらついた、耳障りの悪い声で、それぞれ魔法みたいなものを放ち。
俺の持つ刀の刀身に、赤い光と黄色の光がまとわりつく。
"付与魔法"かな。
それ自体は他のゲームでもよくある。
俺のやってた昔のゲームでも、持ってる武器を強化して戦うタイプの魔法、あったよ。
でもなんだ。Thebesって、いちいち悪魔呼ばないと、魔法、使えないのかな。
そんな感想を、またもぼんやりと考えていると。
「いっくよー! ……とぅ!!」
そんな声が聞こえたかと思うと、少し離れたところからエリス神官長が俺に向かってダッシュしてきて。
何を思ったか両手を広げてジャンプ。ダイヴ。
どしゅ。
って。
なんか肉を貫く生々しい感触があって。
見れば、俺の刀がエリス神官長の胴体を貫いている。
小さな背中から、貫通した刃先が伸びていて。
「は……?」
わけもわからず。手元の重みに耐えきれず、刀を取り落とす。
貫かれたままの桃髪の少女が、ごろりと足元に転がる。
丁度、運悪く、心臓を一突き、といった感じで。
「か、は……ぁー」
か細い吐息と共に、唇に朱が伝い。
見る間に。
その目から。
光が。失われて。
死 ん ────
「ぴ」
そんな、素っ頓狂な声だったと思う。
最後に、残して。俺は。
ぶつん。って。音とともに。
暗転。
◇◆◇◆◇
──使用者の一定以上のネガティヴな精神状態と過負荷を検知しました。
──安全面の配慮から即時ログアウト操作を実行しました。
真っ黒な視界の中、鮮やかなまでに白い文字で。簡潔に。
ヘッドギア型のディスプレイにそれだけ表示されている。
あ、この安全装置。ちゃんと動くんじゃん。
実行されたとこ初めて見たー。
…………じゃない!
し、死ん……! お、俺が!
こ、ころ、ころ、ころしっ
俺っがっ !!!!!!
暗転の理由はわかる。
何も映さないヘッドギア型の装置に頭部がすっぽりと覆われているからだ。
それを乱暴にはぎ取って、ベッドのわきに投げ捨てる。
で、でも。なんだ、あれ。
俺何させられた。し、死んで! 死んでた!
神官長が何でかしらないけど自分で刀に刺さりに来て。
心臓貫かれて即死。してた。
こ、ころし! 俺が! 俺が! 殺して!
そこでなにかすっぱいものがせりあがる感覚があり、よろめきながら洗面所に駆けこんで。
吐いた。胃の中のもの全部。
涙目で吐きながら、混乱、する。
なんで。なんで。
なんで。




