第36回 「貴女は。多分。それを確かめる事さえできれば」
「あんま女の子ナメくさったことしてっと力づくでフォルセの教えを叩き込みますよォ?」
「いたいいたいいたいいたいいたい」
前回に引き続き対人ギルド、薔薇十字の兄弟の天幕の中で。
桃髪の魔術師風の少女は、可愛らしいデザインながらも程よく硬そうなブーツで、ギルドマスターだとかいう金髪イケメンの顔面をぐーりぐーりと踏みしめる。
俺がぎょっとしてその様子を見ていれば、少女はくるりと顔だけこちらを向いて。
「ごめんねぇ。空気読めないギルマスでー。おねぇさんがとっちめておくからねー」
「おねぇさん?」
「あ? 何が言いてぇんだ〇すぞアホんだらぁ」
ぐーりぐーりぐーり。
おねぇさん、というよりは俺よりももっと年下の、女子中学生くらいに見えるが。まぁネトゲの常として中身がどんなかわかったもんじゃないんだけど。
「え、えっと……?」
夫婦漫才みたいな茶番はしばらく続いた。
◇◆◇◆◇
「あらためましてー。ギルド薔薇十字の兄弟、神官長のエリス・ラフエーレです。貴女の事は剣十郎さんからだいたい聞いてます。大変だったね」
「え、あ、はい」
なんなら俺の"殺せない傷心"とかなんか半分どうでもよくなってきそうなほど、先ほどから色々ありすぎて。
「でねでね。アタシらも別にプロのカウンセラーってわけじゃないし、何ならただのゲーマーだからさ。大したことはできないんだけど、貴女のその辛さを、少しでも和らげるお手伝いができるんじゃないかって思うの」
「は、はぁ」
金髪の騎士、ジャンローゼは先ほど、"任せるよ"と言い置いて、席を外した。
くっきりとブーツの靴底の跡が付いた顔面から煙? を吹きながら。
俺はエリスと名乗る少女に天幕を連れ出され、陣営内を連れ立って歩いている。
目の前には女子中学生くらいの少女がフンスフンス言いながらそんなことを息巻いているのだが。
「だいじょうぶ。こんな見た目だけど"中身"は多分だいぶ年上なので」
「あ、やっぱり」
「でね。貴女の言う"殺すの怖い"って割とだいたいのプレイヤーが、少なからず思う事なの。そこに大なり小なりはあるんだけどね。だから安心して。普通。普通の事よ」
「そう、なんですかね」
「ね。お嬢さん」
「あ、なつぴこ、です」
「あら個性的なお名前」
「よく言われます」
「じゃあ"なっちゃん"」
え、突っこみなし?
さっきの騎士と言い、この人と言い、俺のこの素っ頓狂な一人称や名前をあまりに気にしないというか。え、何だったらこういう事って、ネトゲ界隈ではよくある事なの?
「──どういう所が、怖いと思った?」
歩く道すがら。
多分、目的地有って歩いてるんだと思うんだけど、その途中で。
となりでにへら、と笑う少女はどう見ても年相応の少女のように見えるが、実際には"だいぶ年上"だという。
いや逆に確信持ってそう言われるって事は、俺自身は見た目相応の年齢だと思っていると言われているようなもので。
きゃみさま以外ではゲームでしか見た事の無い様なピンクの髪。後ろ髪の一部だけをまとめたハーフポニーテールみたいなのが、傾げた小首に合わせて揺れる。
なんだかこんなゲームの中で、何度もお悩み相談みたいなことしてもらって。
なんなんだろう。ホント、このThebes。
「よくある。それこそ俺が今までやったことのあるゲームでは、モンスターっていうか、敵性NPCって、その、なんていうか"死にたがり"だったんですよ」
「おー、"オレ女"凄いギャップ。かっこいい」
「──えっと?」
「アタシもやったらカッコイイかしら。オ、オレ。フッ。フッ」
突然俺の横で顎に手をやってキメ顔しはじめる。
いや多分滑稽しかないと思います。──俺自身、も。
「あ、ごめん話それちゃうね」
「…………」
や、やりづらいっ。
「──なんで、"死にたがり"だと思った?」
──聞いとるやん。
なんだろう。緊張をほぐそうとか、そういう気遣い?
仏頂面で返すと、途端に焦ったように顔の前でブンブン手を振って。
「ごめんてば」
ホントに年上なんだろうか。
溜息を吐いて──
「どいつもこいつも。RPGで敵性NPC──雑魚モブっていったら、自分にかすり傷ひとつ負わせることに命かけてるっていうか」
「あー、所謂"ゾンビアタック"みたいなことしてくるわよねぇ。高攻撃力かつ低耐久のザコが無数にいる時のウンザリ感!」
「それひとつひとつにはなんか生死感なんかなくって、まるで舞台装置の裏で俺と敵対してる一人の誰かが放ってきてる、鉄砲の弾みたいで」
「うん、なんとなくわかる。コンピューターでRPGしてるのに、ボードゲームの卓を挟んで、誰かと一対一でコマを動かしてる感覚ね」
「あいつ。あの"ごぶりん"、みたいな奴。生きたがったんです」
「生きたがる?」
「刀を、引き抜こうとしたんです」
「どういうこと?」
「俺は、ゴブリンみたいな亜人系モンスターの肩口を刀で突き刺しました。ふつうゲームなら、鳴き声あげて仰け反るとか、所謂"ダメージ硬直"みたいなのの後、まるで刀が刺さってることなんて意に介さないで斬り返してくる。と、思ったんです」
「でもそいつ、すげぇ痛そうな顔して。自分に刺さってる刀を、手で引き抜こうとしたんです。痛い。この痛みから解放されたい。死にたくない。──みたいに」
「見た事のあるロジックでは、あるわね」
「でもあの時あの瞬間、俺が突き刺したのが"刀"だと判別しますか!? それが肩口であると認識しますか!? あいつは寸部違わず、俺の刀の峰を掴んだ! プログラムの当たり判定箇所ってんじゃなくて、刺さってるのを見たから知ってるみたいに!」
「それに戦う前に、そいつが自分の仲間と洞の中でじゃれ合ってるの見たんです。何のかわからない肉を別の奴と取り合って、肉を奪い取られて悔しそうな顔してた。奪い取ったやつはもみ合った時に肉に付いた砂汚れに顔をしかめてた。なんでそんな事するんです? これから殺す側に、こんなゲームで、知らせる必要のある事なんですか?」
「だから。俺がもう少し刀を持つ手に力を込めたら、こいつの"人生"はここで終わるの? こいつにはコイツの"今まで"がちゃんとあって。なくしたくない。失いたくない。死にたくないって。本気で思ってそうで。それが、全部無くなるの? 俺が、全部奪うの? ……って」
そこまで勢いで言って、でもその後が続かなくなって尻すぼみな感じに。
隣で途中から黙って聞いていたエリス嬢は、顎に指を当ててんー。って。
しばらく何か考えた後
「終わらない」
一言、そう言う。
"何の確信があって"と、思わず目を剥いて、そちらに身体ごと向き直る。
「終わらない。し、無くならない。だから、奪う事にも、多分、ならない」
呟くように、確かめるように、そう区切りながら、エリス嬢。
だから何でそう言い切れるのか。なんだか納得がいかなくてモダモダと。
意味なく手のひらを握ったり開いたりしながら、説明を求めるように、その先を促す様に彼女を覗き込む。
彼女は最初の自己紹介の時から一貫した、どこか飄々とした顔でにへら。と笑い。
「んー。多分貴女はそれを確かめる事ができればだいぶマシになるんじゃないかなー」
そんなことを言いながら、目的地らしい天幕を指さす。
最初のギルドマスターだとかいう金髪の騎士がいたところとは雲泥に小さい。が、人が数人集まって話すくらいはできそうなそこそこの大きさのテント。
へらりへらりとなんだか気の抜けそうな笑顔のまま、神官長の少女は天幕へと入って行った。




