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第35回 「薔薇十字の兄弟」



 ケンちゃん氏に連れられ、転移結晶(ポータルストーン)なる超高額アイテムによって、一瞬で大陸西部中央付近に位置する"ユリシャ"なる街へ。


 緑地面積の多い自然公園のような場所へワープアウトし、どこかのギルドが設営しているらしい戦中陣幕の最中。PvPの聖地だというから、おそらくバトル専門のギルドらしいそのメンバーたちの衆目の中、まるで意に介さないように迷いなく歩き続けるケンちゃん氏。


 陣営中央のひときわ大きな天幕に向かうその背中に、俺達としてはおっかなびっくり続くしかない。


 やがて、テントの入口にたどり着き、鍛冶師は寸部迷わず入口を潜ろうとして、中から出てきた長身の男と鉢合わせる。

 身長にして180センチ以上はある。そのくせ痩躯、さらに言えばそのうえでガッチガチのシノビ装束。所謂忍者コスチュームの男。


 俺達としちゃ思わず"うひゃあ"とか声漏れそうな威圧感なんだけど。相手はケンちゃんを見るやさっと横に身をよけ、深く頭を下げる。


「失礼、"剣十郎"殿。要件の程は聞き及んでおりませぬが、来訪だけは知らせてゴザル」

「いや、すまん。突然来た。迷惑をかける」


「滅相もない」


 長身の男同士で"頭上の会話"。しかしほんと、この鍛冶師はいったい何者なんだ。こんな屈強なバトルプレイヤーたちが、何だったら気を使った態度。

 有名ギルドのメンバーっていうけど。

 俺にはなんか実感がなくて。


 天幕の中へ入っていくケンちゃん氏に置いて行かれないようにって、くっつきながらも、おっかなびっくりすれ違いざまに"忍者男"を見上げる。

 覆面でほぼほぼ素顔なんてわからないんだけど、切れ長の目から想像するに、一見して細マッチョ感があって、きっと中の顔も強面なんだろうなっていうか。

 しかしながらそんな顔が。


 俺と目が合った瞬間、ファッ!? って感じで見開かれて。

 だいぶ手遅れな感じにすすすと目線が横に流れて行き。

 あからさまに顔見せない感じに逸らされる。


 う、うん? なんだろ今の。

 初対面。だよな?


 なんにせよ立ち止まってはケンちゃん氏に置いて行かれる、と。多分に後ろ髪惹かれながらも天幕内へ。


 中には袖口に赤の模様が入った、どこかで見たようなデザインの白いローブの魔術師たち。女性の多いそれらに囲まれるようにして、軽装の略式鎧に赤いマントの、貴族じみた金髪の男。

 すぐ隣の女性に外した籠手を預け、ケンちゃん氏の来訪に即座に立ちあがる。


「先輩!」

「悪いな。忙しかったか?」


「戦中ではありますが。まぁ何とかしますよ。今日はどういった御用件で──」


 そんなやり取りを見て、隣できゃみさまが息を呑む音というか、低い悲鳴みたいなのが聞こえてきて。

 いや今度は何、ってそちらを向くと。


「"華騎士"ジャンローゼ・ヴァルカ……」

「え、じぁ、じゃあここ"薔薇十字"の拠点!?」


 きゃみさまの呟いた名前に、驚愕の表情の高坂。

 いやあの。またしても俺だけ知らない奴?

 二人の反応を見るに、ここはプレイヤーズバーサスの聖地で。

 あの金髪赤マントは"薔薇十字"なる、その中でも有名なギルドの。

 二つ名で呼ばれるような有名人ギルドマスター。って、こと。かな。


 で、そんな実感すら持てない有名人が、なんならうだつの上がらない町鍛冶師だと思ってるケンちゃん氏に"先輩!"とかなんとか。


 え、と。

 なんなん? ケンちゃんまじなんなん?

 "白羽根"ってそんなにヤバいとこなの?


 なんだよ。なんだよもう。

 ただでさえ"殺しちゃった感"でわけわかんなくなってるのに。



 "重傷、だな"

 "オレより、そういうの得意な奴らが"



 薔薇十字(彼ら)が、そうだってこと?

 なんかもう心が追い付かなくて、目の前がぐるぐるしてきた。



◇◆◇◆◇



 ケンちゃんさんが事情を説明する間、俺達は紅白ローブの女性に案内されて、天幕の端にある椅子へ。

 その後も天幕内では頻繁に人の入れ替わりがあり。

 凡そ魔術師や兵士といった出で立ちで半ば統一されていた様相はゆっくりと移ってゆく。


 落ち着かない気持ちで、椅子に座って待ち続けていれば、ケンちゃんさんと話しを付けたらしい、例の赤マントがこちらへと。


「話は聞かせてもらったよ。ずいぶん怖い目に遭ったらしい」


 なんなら。

 ケンちゃん氏が"ちゃんとした格好してればイケメン"なのに対し、こちらはなんていうか"非の打ち所がないイケメン"ってかんじだ。

 そんな金髪長身の騎士様に覗きこまれて、俺はもちろん、彼が何者だかおよそ知っているらしいきゃみさまと高坂はたじたじだ。


「えっいやっあのっ怖い目っていうか」

「あ、ぼぼぼくはっ大丈夫でっ、守れなくて不甲斐ないっていうか」


 騎士風の男は、そんな二人ににこりと笑いかける。


「なるほど、こっちの男の子は確かに大丈夫そう。桃髪の子は──たしか、傷つくのが怖い、だっけ」


 ジャンローゼと呼ばれたそのギルドマスターの言に、きゃみさまはなんかハッとした様な顔になって。


「あ、たしは。なっつんのアレ見ちゃったら、自分のはなんか"軽い"気がしてきたわ。自信はないけど、ケンちゃんさんも慣れるしかないっていってたし」

「そこは、慣れたくなかったら(・・・・・・・・・)慣れなくてもいい(・・・・・・・・)さ」


「え、あ、の」


 きゃみさまの手を取って、慈しむ様な金髪の騎士。

 何ならイケメンのその態度に、あのきゃみさまが。

 あの。きゃみさまが。タジタジって感じで。


「できれば、自分や親しい相手が血を流すのなんて、見たくはない、です」


 きゃみさまがそう答えてみれば、騎士は深く頷いて。


「そこはデリケートに行こう。リカード、ザック、男の子を見てやって。アーシュ、このピンクの子を頼む。あとで俺も行くよ」


 顔を上げたかと思うと、てきぱきとその場にいた他のメンバーに指示を飛ばしていく。

 誰が誰やらわからないが聖堂騎士風の中年男性やら、先ほどの忍者、狩人風の赤い髪の女性などがそれぞれ高坂、きゃみさまを連れて行く。


 え、あ。なに。みんな一緒じゃないの?

 って、俺が焦ったように見上げれば、目の前にはその場に居残った金髪の騎士、ジャンローゼ。


「さて、キミは"殺すのが怖い"か。剣十郎先輩の話では一番重症らしいね」


 そんな風にいいながら。椅子に座ったままの俺の前にしゃがみ込む。


「え、あの。た、たしかに"ほんとに殺してるみたいで怖い"って、ケンちゃんさんに。で、でもあの。なんですか? ここ何処なんです? 貴方たちは?」


 たまりにたまった鬱憤というか疑問というか。ようやくって感じに、吐き出してみれば。

 目の前の金髪イケメンはキョトン顔。それからクスリと笑って。


「ごめん。他の二人はなんだか"知っている風"だったからさ。そうだね。自己紹介が先だ」


 イケメンは立ち上がり、仰々しい身振りでマントを翻し。

 ケンちゃん氏の仮店舗とは違う。ちょっとした運動くらいできそうな大規模な天幕。薄暗いその中でランプの逆光。


「我々はここ、プレイヤー同士が"戦争ごっこ(PvP)"を繰り返す旧ユリシャ連邦でトップ争いを繰り広げる片割れ、ギルド薔薇十字の兄弟(ローゼンクロイツ)という。オレはギルドマスターをやらせてもらっているジャンローゼ・ヴァルカ」


 プレイヤーバーサス。トップ、争い。

 大勢のプレイヤーが集まって戦争みたいなことしてるって事?

 え、薔薇十字って。白羽根と言い、薔薇と言い、なんだってこんなすごいギルドがつぎつぎと。

 ジャンローゼの自己紹介に、俺が呆けてしまっていると。


「お嬢さんの名前を伺っても?」


「え、あ、ナツ──」


 まよって。何ならここ最近の自己紹介、なんていつもこんなで。

 でも、なんだか、ケンちゃんさん以降、もう、いいやって。


「えっと。俺は、ナツヒコ(・・ ・・・・)っていいます」

「うん? ナツヒコ、くん? ちゃん?」


 何ならこのやりとりで一気に頭が冷える。ドライになる。


「──どちらでも」

「アバターと中身の性別が違う?」


「そう思いたいなら、そう思っててくれた方が楽、です」


 これから俺の心のケア? とか、そんなことをしようとしてくれている相手に。

 いっそ冷ややかに。

 失礼かな。突き放した言い方だったかな。


 そんな俺の心配をよそに、ジャンローゼ、さんは。

 ちょっとびっくりしたような顔の後


「なるほど、何だか事情がありそうだね。そういうのは"マナちゃん"以来かなぁ」


 俺が"誰?"って顔をしていれば、金髪の騎士はくっくと含むように笑い声を漏らし。


「なんならネカマネナベ(・・・・・・)くらいは我々ヘビーゲーマーにとっては当然(・・)の文化さ。まぁ手術してホントに女の子になっちゃったのはびっくりしたけど。そういやあの子も殺せなかった(・・・・・・)な」


 ちょ。まって。

 ネカマと思われるの癪っていつもの感想が出ないくらい情報量が多い。

 え? 俺と? 同じような殺せない子が? ネカマだったけど手術して? ホントの女の子に? きゃみさまもそうだけどみんな思い切りよすぎじゃない?

 そもそも十代で"切っちゃって"良いものなの? ホーリツは?


「そういや彼女は"ユージン(・・・・)"の為なら、殺せる(・・・・ ・・・)らしいね。キミ、彼氏とかいない?」


 何だかまた知らない名前が出たが。いやユージン? どこかで。

 いや今はそんな事どうでもよくて。突然のぶしつけな質問に。

 自分でも自覚するくらい目を丸くして。ただ首を振って否定する。


「あ、もしかして"彼女"の方が、とか」

「いません」


 余計な感繰りに、憮然とした顔になって、それだけ返す。

 椅子に座ったまま上目遣いに、でも睨みつけるように見て返せば。

 金髪のイケメンは飄々とした態度。

 

「そっかー。あ、でも、じゃあキミ、今フリーってこと? オレなんかどう? よかったら今回の事抜きに二人でお茶でも──」


 みし。


 突然の口説きモードに、反感より先に驚きが勝って。

 "なんでやねん"って顔で固まってしまう俺の目の前で。

 何処から現れたのかこれまた突然。吸い込まれるように、可愛いデザインの、でもそこそこ硬そうなブーツが。

 ジャンローゼ氏のにこやかな顔面に食い込む。


 え、なに? 誰? ってあわててその足の出所を追ってみれば、横手から例の紅白のローブを着た魔術師の女性がひとり。

 ひきつった笑顔で、自分とこのギルドマスターだとかいうこの金髪の騎士の、その顔面を足蹴にしている。


 え? 何この人ギルドマスターなんじゃないの?

 いいの? めっちゃ蹴ってるけどいいの?


「人の傷心につけ込んでなに口説いてるんですかァ? ジャンさん? あんま女の子ナメくさったことしてっと力づくでフォルセの教えを叩き込みますよ? あ?」


 見れば、きゃみさまもかくやという鮮やかな桃色の、セミロングぐらいの髪の紅白のローブ姿の女性。何とは言わないがどこかしらで見たような、ザ・白魔術師って構成。

 俺よりもちょっと小柄なくらいのそんな少女が、鉄杖を片手に、自分とこのギルドマスターを足蹴にしているという構図。 


 まって。まって。

 理解が。



 追いつかない。


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